史上最弱の勇者だけど仲間が“バカ”最強ならなんとかなりますか?

猿鳥いばら

プロローグ

 俺は目を開けた瞬間全てを察する。ここは“魔王城”。俺はレベル1。ろくな装備どころか武器すら持っていない。




〜〜〜



 暗い部屋の中で1人ゲームに没頭している青年がいた。

 それがこの俺、吉川勇希よしかわゆうき。 至って真面目な高校生だ。ちょっとばかり学校に行かないで毎日近所のゲームショップに行き、目に止まった全てのゲームを買い漁って、家に帰って眠気とモンスターと戦う という俗に言うニートのような日々を送っているのだが、別にニートではない。


 俺はこの日をずっと待ち侘びていた。もう1時間近く貧乏ゆすりが止まらない。ずっと楽しみにしていた新作RPGゲームがようやく今日発売するのだ。


 早く行って店に並んでおきたいところだが、少し今日は朝から張り切りすぎた。店の開店は朝9時。しかし、現在は朝5時。移動時間を含めても最低でも2時間近く暇がある。


 なぜネットで頼まないかって…?

答えは至って簡単。誰よりも早くゲームをプレイしたいからだ。それに俺の住んでいるところはかなり街から離れた田舎。もはや秘境だ。最低でも一週間は遅れて家に届く。こんな場所に生まれてきた自分を呪う。


 家を出る時間まで2時間。もちろん普段から四六時中ゲームのことしか考えていない俺はその暇をゲームで潰すことにした。

 そしてモニターの前にあぐらをかいて座り、コントローラの電源ボタンを押す。

 

「よし…よし」

 着々とモンスターを倒していき、ようやくラスボス戦“魔王”との対決だ。本来なら弱点を探し出し攻略しなくてはいけないのだが、俺はこれで13回目。弱点や繰り出してくる技を全て暗記し尽くしている。


 ようやく魔王のHPが残り半分を切った。額から流れてくる汗が口の中に入る。しょっぱい。

 あともう少し、ゲームクリアまであと一踏ん張りだ。

 

 しかし、その瞬間は突然起こる…。



 つい先ほどまで目の前に悍ましい魔王が映ったモニターがあったのだが、なんといつの間にか2本の細長い棒にすり替わっているではないか。


 2本の、棒…?いや違う、これは脚だ。羽二重肌の綺麗な脚。

 母さんが部屋に入ってきたのだろうか。いや、母さんの脚はもっと太くて色黒なのでおそらく違う。

しかし、不思議と俺はこの脚が誰の脚なのかなど、1ミリたりとも気にならなかった。今はただこの脚を見つめていたい。少しぐらい舐めてもいいだろうか。

 そんな犯罪者じみたことを考えながら手に握りしめたままだったコントローラを一度床に置き、あぐらをかいたまま頬杖をついてじっくりとその脚を観察してみることにした。

 するとその脚が小刻みに震え始める。


「あ、あの、そろそろ立ち上がってくれませんかね…」


 「しっけいしっけい」と言いながら立ち上がる。

 その綺麗な脚の持ち主はおそらく俺より年下の美少女。○学生といったところだろうか。彼女は薄暗い部屋の中、顔を真っ赤にして、プルプルと体を震わせ、頬をフグのように膨らませながらこちらを上目遣いで睨みつけている。ストレートな金髪は腰のあたりまで川が流れるようにさらさらと流れ落ちていて、まるで芸術作品を見ているようだった。


 金髪美少女はコホンと咳払いをし、こう言う。


「私の名前は女神ライラ、そしてここは神々が住む、天界です。貴方は異世界を凶悪な魔王から救うべく選ばれた勇者なのです。さぁ異世界へ行って魔王から世界を救うのです」


 流石に俺でも流石にここに飛ばされた時からなんとなくこの展開は予想していた。


 よーし、ここでゲーム生活と異世界生活を天秤にかけてみるとしよう。

 もし異世界行きを諦めゲーム生活を取った場合、またあの暗い自室に篭ってクズニートの生活を続けていくことになる。まぁ自分の意思で篭ってたんだけどね。

 しかし異世界に行くことを選んだ場合、剣や魔法の世界を体感することができる。ゲームオタクとしては体験しないと一生後悔することだろう。


 しかし、ここで一つ重大な問題を思い出す。

実は俺は信じられないほどの運動音痴なのだ。近所のマラソン大会では毎年最下位。異世界に行ったところで仲間に荷物持ち、またはそれ以下の扱いを受けるに違いない。

 ここは異世界行きを断って帰らせてもらおう。そうしよう。


「あの、お言葉ですが、貴方はこの世で一番偉〜い神様である 上位神ナスラ様に直接選ばれた勇者なのです。神の掟上、貴方をここで帰すことは不可能なのですよ。わかりますか?」

 心が読まれとる!!


「もし、俺がどうしても無理と言って帰ったら…?」


 なんとなくこの後ライラの口から出る言葉は想像できるのだが一応確認する。するとライラがジト目で俺を睨みつけながらこう言う。


「私が即クビになります」

「ああぁ…」


 そう言った途端ライラはクルッと回って俺に背を向けたまま先程同様プルプルと体を震わせる。そして泣いているのか声を震わせながら。


「私の母親は今、不治の病にかかっているのです。現在もどんどん悪化していて、ついには医者の手に負えなくなり、父は『コンビニに行く』と言って出て行ったきり帰ってこず……」


 ああもう正直聴いてられない。あまりにも可哀想すぎる。もし俺のせいでこの子が女神をクビになってしまったら…。ってか天界にもコンビニってあるんだ。


「ああ、もうわかったよ。異世界に行けばいいんだろ行けば!」


 その言葉を聞いた途端、ライラはピタリと泣くのをやめ、こちらに振り向き「ふへへ」と鼻につく笑みを浮かべる。


「ふへへじゃねぇよ!さてはおまえ嘘泣きだったのか! こうなったらマジで帰ってやる。こっちはなぁ、ゲームで魔王ラスボスと戦ってたんだぞ!一大事なんだぞ!!!」


 どうにかして逃げ出す方法を探るためあたりをグルっと見回す。

薄暗い四畳半ぐらいのクッソ狭い空間。会社のデスクのような机の上にはパソコンのような物が置いてあった。それも俺たち人間の世界の物とすごく似ている。にしても部屋が汚すぎやしないか。

 下を見ると床に大量のゴミが散乱している。それもギリギリ俺とライラが立っていられるスペースがあるぐらい。

 この女神、なんだか俺と同じ匂いがする。


 俺が逃げ出そうとドアノブに手を掛けた瞬間、ライラが俺のジャージの裾を引っ張ってこう言う。


「ひぃ、嘘でしたごめんなさい。許して!帰らないでくださいぃ!」


 膝から崩れ落ちたライラは汗と涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。女神とは一体なんなのだろう。


「わかったよ。わかったから、俺のジャージで鼻をかむな。行くよ異世界!」


「ほ゛、ほ゛ん゛と゛て゛す゛か゛?゛」


 安心した様子のライラは肩から掛けた小さめの革製のバッグから桜色のハンカチを取り出し涙と汗を拭き始める。最初からそれで鼻かめよ……。


「よし…。それでは召喚の準備、始めさせてもらいますね」


 拭き終わったと思ったら瞬時にスッと素の状態に戻る。もう俺はこいつの情緒がわからない。


 ライラが詠唱を始めた途端、俺の足元が白く光り初める。


「今からユウキさんをモンスターの居ないな場所へ召喚します。少し眩しいですが辛抱してください。それでは、貴方に神のご加護が在らんことを……」


 ライラは手を口の前で組みそう言う。


 異世界なんて所詮RPGのゲームと変わらない。ちゃちゃっと攻略して元の世界に帰らしてもらお。



――やがて白い光が俺の視界を遮る。



ーーー



 目蓋を開ける。そして戦慄が走った。

映画などで見るような城の大広間を思わせる薄暗くて広々とした部屋。目の前には巨大な玉座が置かれている。掃除が行き届いていないのか天井に巨大な蜘蛛の巣が放置されておりひどく不気味な雰囲気だ。

 廃城かとも思ったが、今まで数々のゲームをやりこなしてきた俺だからわかる。絶対そうだ。ここは紛れもなく……。



「魔王城?!?!?!!!!!」




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