8月17日
「これでよし、と」
鞄に最後の荷物を詰めて立ち上がる。入り口から自分の部屋を見渡すと、いろんな思いが込み上げてきた。
たった四日間しかいなかったというのに、また新たな思い出に満たされたような気分だ。
ゆっくりと部屋の扉を閉じる。ドアが完全に閉まりきる直前、部屋の備品に「また来年」と別れを告げた。
そう、また来年。来年も、またここに帰ってくるだろう。
家を出る前に姉さんの元に向かう。ずっと世話になった姉さんには、感謝してもしたりない。
洗濯物を干していた姉さんが、荷物を持った俺を見て近寄ってくる。
「もう、帰るんだね」
「うん。ありがとう姉さん」
「また、いつでも帰ってきなさいね? 次は年末とかに」
「来年のお盆は必ず帰るよ」
「年末、ね?」
姉さんと二人で笑い合った。それから、ゆっくりと通りに向けて歩を進める。
道まで姉さんが見送りに来てくれた。最後に大きく手を振って歩き出す。時々後ろを振り返ると、姉さんがいつまでも手を振ってくれていた。
フェリー乗り場に向かう前に寄る場所がある。そこは、佳澄が眠っているお墓だ。
駄菓子屋でラムネと佳澄が好きだったお菓子を買って墓地に向かう。
墓地には、他に誰もいなかった。俺と佳澄の二人きりの世界。
真夏の日差しを受けていては暑いだろうと水をかけてやる。それから、買ってきたお菓子の袋を開けてお供えしてやった。自分の分と佳澄の分のラムネも開栓する。
墓石の上に置き、倒れないよう勢いを弱めて瓶をぶつける。カラン、と心地よい金属音が鳴った。
ラムネを一気に飲む。爽やかな炭酸が夏の暑さを吹き飛ばしてくれた。
刻まれた佳澄の文字をなぞりながら語りかける。
「俺、帰るよ。でもまたここに戻ってくる。約束したもんな」
涼しい風が吹き抜けた。優しく背中を押されている気分になる。
「だから、絶対にまた会おうな。嘘はつくなよ」
風が近くの木を揺らす。上下に優しく揺れる木の枝はまるで、佳澄が返事をしているかのようだった。
最後に手を合わせてその場を離れる。
フェリー乗り場に移動すると、もうすぐフェリーが入港するところだった。乗船チケットを買って待合室で待機する。
乗船が可能になった。
俺は、船に乗り込むとすぐにデッキに出る。フェリーはすぐに出港した。
甲板に立っている。島からゆっくりと離れていく。
と、その時、港の端に見知った顔を見つけた。瞳の奥がじんわりと滲む。太陽の光が目に染みた。
彼女は、港の端でフェリーに向かって――甲板で立っている俺に向かって手を振ってくれていた。片手に、ラムネ瓶を持ちながら。
だから、俺も応える。
「また! 遊ぼうなー!」
鳥の群れが飛んでいた。行きとは違い、島から離れていくように。
あの鳥たちはきっと遠くに行くんだろう。けれども、またあの島に帰っていく。帰る理由があの島にはある。
だから、また来年を楽しみにしよう。それが、俺と彼女の約束でもあるのだから。
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