褪めゆく秋

「ごめん。本当に、本当に好きだったの。」


私の隣で俯くこはるは、もう何分こうして謝り続けているだろう。かさかさと沈黙を埋めてくれる落ち葉に、こういう環境音もいいもんだなぁなんて思えるくらいには冷静に時間が経つのを待っている。


先日こはるに呼び出されたカフェで私を出迎えたのはこはると晴人さんだった。

「僕たち、想い合っているんだ。だから…その、君には申し訳ないけど…。」

まるで儚く弱い彼女を守るように、まだ何も言えずにいる私へ確かな意思を持った言葉をぽつりぽつりと投げつけてくる。儚く弱い彼女を守るようにではなく、晴人さんからしたら儚く弱い彼女なのかも知れない。いっこうに私と目を合わせないこはるは、涙を浮かべながら頬を薄ピンクに染めて、隣に座る晴人さんの足に微かに触れている。

「そう、わかった。お幸せに。」

精一杯声を振り絞って出た言葉は本心なのか自分でもわからなかった。頼んだコーヒーを待つことなく、二人それぞれに微笑みかけて席を立つ。なるべくゆっくり、落ち着いた風を装って。私は決して逃げ出すわけじゃ無い。


週明け、学校で顔を合わせたこはるに呼び止められ、今こうして公園で何の救いにもならない謝罪を聞いている。

「実はさ、私も謝らなきゃなんだ。」

自分が全て悪いとばかりに謝り倒していたくせに、ふっと何かを期待した様な顔を私は見逃さなかった。

「薄々気になってはいたんだ。なんか、前とは違うっていうかさ。前は子犬みたいに好き好きって伝えてくれて。何をするにも、同じのにしようかな、ってさ。そんなんだった。」

「それは…。」と言い淀むこはるの話を聞いてあげる余裕はない。

「でもね、慣れって言うのかな。いつまでも付き合いたてじゃ無いし、お互い初恋だったし、こうやってゆっくり時間を重ねていくのかなとか。良いようにしか考えられてなかったんだ。浮かれてたわ。」

自嘲気味に笑う私を、涙をボロボロと落としながら見上げる。そんな顔、なんの慰めにもならない。


「じゃあね。また学校で。幸せにね。」

そう言って立ち上がる私のセーターの裾を掴むこはるの手に指輪を握らせた。

「これ、待ってて。」

最後に一つくらい意地悪をしても許されるだろうと今思い立った。ポケットに入れてあった安物の指輪。私が持っていてもなんの重荷にもならない軽さの指輪。


じゃあ、と再び別れを告げて歩き出す私の背後でわんわんと恥ずかしげも無く泣くこはる。そういう人なのだ。自分の感情に正直で、いつだって100パーセントで笑って泣いて。少々他人を振り回しても許される様な、愛される女なのだ。あの指輪を買いに行った時もそう。「結婚するみたいだね。いつの日か、そういうのが当たり前の時代になればいいね。」だなんて、人目も気にせずはしゃいでいた。


本当に、本当に好きだった。そう言ったこはるの言葉は嘘じゃ無いと知っている。でも長い間解けなかった違和感の正体がやっとわかって、寧ろ私はせいせいしていた。漠然とした不安や人目を気にしてしまう私と、そうでは無いこはる。紅葉を綺麗だとはしゃぐこはると、切なくなる私。同じ様で違う。全く違うんだ。そう気づいてしまえば途端に、心から彼女の幸せを願えた気がした。

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鈍色と淡色 白櫻詩子 @shrozakura_utako

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