いつか食べ終わる

 そういえば、彼とブランチをとるのは初めてだ。昨晩は彼の誕生日のお祝いに、もつ鍋のコースを予約して、学生の私にできる最大限のお祝いをした。二人で迎える数少ない朝を、愛おしく思いながら、昼前にはブランチをとりに出掛けた。

「これが食べ終わったら今日は終わる」別に別れ話をした訳ではないが、彼といるときは今日が最後かもしれないと、いつも心のどこかで自分に言い聞かせていた。

 食べるのが遅い私を、自分のメインディッシュにナイフを入れながらちらりと見る。食事から私へ、滑らかに視線を上げた後、目尻を緩めてはまた一口と食べ進める。大学生の私には少し高めの、サラダバーが付いたメインディッシュの選べるイタリアンのお店。ブランチにしては高すぎるグリルチキンをちまちまと食べ進める私と違い、彼はサラダをお皿いっぱいに盛りつける。きっと彼は一生変わらない。きっと私も、もう簡単には変われない。

 先に食べ終えた彼が話しかけてくるものだから、食べ進めるのがさらに遅くなる。冷たくなり始めたチキンを、鉄板に添えられた焼き石で温めながら食べていると、時間が経っても随分と熱を持ったままの焼き石が羨ましく思えた。美味しいものを食べていると、最後の一口がたまらなく切なくなる。腹八分目ならなおのことだ。

 「ねえ、この後どこか出掛けない?」

 「ごめん、今日中に片付けなきゃいけない仕事があるんだ」

不意に寂しくなった私の提案はあっけなく却下されたが、上手にわがままを言う自信も無いのであっさりと引き下がる。

 「送ってあげるから、午後からは学校に行きなよ」

宥めるように言う彼の声色が好きだ。こうしていつも上手く妥協点を提示してくる彼に甘やかされるのは心地よい。しかし、先ほど一口もらったハンバーグは間違いなく美味しいのだが、私の前ではいつも大人な振る舞いを見せる彼には似合わないと思った。

 小さな歪みは、愛情が育っていくのと比例して、むくむくと心の内に広がっていく。いつかこの人を愛し愛される人は、こんな歪みなど感じずに、もしくはそんな些細なことは気付かぬふりをできる人だろう。サラダやハンバーグを美味しそうにもりもり頬張る姿を、愛おしそうに、優しい目で見つめる。そういう女だろう。

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