第13話_ちょっと過剰なくらいでも
怖気付いたけど、でもやっぱり、飲み込んで眠るのは無理だ。
「さ、最後までされてもって、その、えっちするのは嫌ってこと?」
「あはは」
いや私としては少しも笑い事じゃないんだってば。隣に寝そべってその身体に手を回したら、響ちゃんは少し困った顔をして笑い、肩口に振り返った。
「もう遅いって、
「……なら、明日なら良いの?」
私の言葉に、また響ちゃんが苦笑する。小さく唸る声がして、困った色をしていて、それは流石に否定なんだと思った。
「そんなに嫌?」
「嫌なわけじゃなくてね」
なのに、そうやって言う。嫌なら嫌って言ってくれたら、私だって譲歩できるのに。抱き寄せるように腕に力を込めても、響ちゃんは「こら」と優しく言って留めようとしてくる。私は少し唸った。
「今日は、涼しいから、ええと、明日にするよりはいいと思う!」
訳の分からない言葉が私の口から出てきた。今日は確かに涼しいんだけど。一瞬で恥ずかしくなって耳が熱くなったのを感じていたら、弾けるみたいにして響ちゃんが大きな声で笑った。笑い過ぎて身体が大きく震えていて、その振動が腕にも、ベッドにも伝わって揺れる。中々笑い声が止まらない。こんなに響ちゃんが笑うのは、初めて見た。恥ずかしい。笑われても仕方がないことを言った自覚はあるけれど。
「あー、あっつい……」
一頻り笑った響ちゃんは、目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら私を振り返った。泣くほど笑っていたのかと、更に恥ずかしい気持ちになる。それにどうせ笑うなら笑った顔も見せてほしかったのに、響ちゃんは笑っている間ずっと振り返らず、しかも両手で顔を覆って隠していた。
「それで、暑くなったから、嫌だとか言う……?」
「……ううん。言わないけど」
そう返す響ちゃんの口元は笑みが浮かんでいて、目が合うと目尻も柔らかく下がる。その返事だと、良いよって言ってくれてるみたいだよ。キスしてた時みたいに身体を寄せてきて、ぴったり引っ付いてくれた響ちゃんは、また私の肩に額を押し付けた。
「由枝ちゃんちょっと、急ぎすぎ」
「う、でも、嫌なら言ってくれたら、私だって」
「嫌じゃないんだってば。ただ、もう少しゆっくりしてほしかっただけ」
「ゆっくり……?」
逆に私が眉を寄せて聞き返したら、それを見た響ちゃんがまた楽しそうに笑った。こっちを向いてくれていたから、笑った顔も見れた。すぐにいつもの落ち着いた表情に戻ってしまったけど、どっちの顔も可愛い。
「概念から知らないみたいな顔しないでよ」
「え、いや、分かる、分かるけど、どうしてなのかなとか、どれくらい待ったらいいのかとか……」
響ちゃんがまたくすくすと笑う。問うほどに、やっぱり私の堪え性が無いだけのように思えた。黙って待つべきだったのかな。でも期間が分からないと、どうしても不安なの。黙り込む私の腕を、響ちゃんの手が宥めるみたいに撫でた。
「あんまり急ぐから、同じ速さで、私に飽きちゃう気がしてるだけ」
「え、えぇ……」
また私の顔と身体が熱くなる。その言い分だとまるで響ちゃんの方が、私を手放したくないって思って不安になってたみたいじゃない。これ以上無いくらい身体を寄せてくれているのに、もっと近くに来てほしくて、私は強く響ちゃんを抱き締めた。
「私そんなに飽き性じゃないし、響ちゃんに飽きるなんてことない。絶対に大丈夫だって証明する」
言葉をどれだけ重ねたって分かりようのないことを不安に思っているなら、じゃあこれから試してくれたらいいと思った。誰かを好きになって、告白して、恋人になったその先は、私は少しも知らない。これが初めてで、だから『飽きたりしない』なんて簡単に思うのかもしれないけど、でも今本気でそう思ってるんだから、信じてほしかった。
「本当、敵わないなぁ」
響ちゃんはそう言うと、私の肩に手を当てて押し返してきた。言葉だけ聞くと行けそうだと思ったのに……駄目ってことかな……。響ちゃんから押し返されたのは初めてでちょっとショック。だけど無理やりする度胸も無くて素直に力を緩めれば、自由の利く空間を得た響ちゃんは少し身体を上にずらして私の唇にキスをした。驚いて目を瞬く私のことも知らんぷりで、軽く噛み付いたり、私の耳に指先で触れたりしてくる。堪らず細い腰を引き寄せれば、目尻を下げて私を見つめた。
「あの、してもいいって、受け取るけど……」
そう言っても、響ちゃんは何も返してくれない。覆い被さるように体勢を変えても、私の頭とか、頬を撫でながら微笑んでいた。これで嫌だとは流石に言わないんだろうけど。出来ることなら。
「言葉で聞きたい」
「はは、嫌だよ」
ちょっと調子に乗ったらばっさり斬られて項垂れる。ですよね。はい、ごめんなさい。私の反応を楽しそうに見つめている響ちゃんの瞳を、覗き込むみたいに距離を詰めて見つめる。そしたら響ちゃんの方からキスしてくれたから、私はそれを深め、彼女の服の中へと手を入れた。
途中、響ちゃんは女性とするのは初めてだって零したものの、つまりこういう行為自体は初めてじゃないんだろうから、先に進むほど、戸惑いらしい戸惑いは見せなかった。時々それが腹立たしいけど、それでも私を選んで、許してくれていることを嬉しく思う。
「由枝ちゃん」
「ん?」
不意に、吐息を混ぜた声で響ちゃんが私を呼ぶ。顔を上げたら、目を潤ませた響ちゃんが私を見つめていた。
「やっぱり暑い」
「あー……」
そりゃそうだと思う。いくらいつもより少し涼しい日だからって、冷房も効かせずに身体を重ねていれば、どうしたって。だけど響ちゃんは額に汗を浮かべながらも笑っていて、だから手を止めろと言う様子は無い。いやもしそう言われたとしても今の私が手を止められるかって言われると困るんだけどね。私の心の方が、今はよほど、上せていた。
「冷たい麦茶、後で持ってくるから」
機嫌を取るようにそう呟けば、響ちゃんの身体がくつくつと震えた。笑ったらしい。結局、抵抗を見せなかったので、私は熱くなったままの身体をまた、同じだけ熱い彼女の身体に重ねた。
「はぁ~……」
「え、なんでそんな溜息吐くの」
私の気が済んだ後、約束通り冷たい麦茶を持って戻ると響ちゃんに盛大な溜息を吐かれた。何故。私は今かなり幸せいっぱいで、響ちゃんに対する愛おしい想いに溢れているのに。それはそれとして、手渡した麦茶を受け取って、一糸纏わぬ姿でグラスを傾けている姿が美しくて疑問が消えそう。呆けて見つめてしまった。
「改めて考えると」
「え、はい」
何だか不穏な空気を感じて背筋を伸ばす。手に持っていた自分の麦茶をベッドボードに置いて、彼女の隣に正座した。
「触り方とか色々慣れてるのが腹立つなぁ。由枝ちゃんって遊んでた?」
「ひぇ……」
手慣れているだけで心外ですそんな、と言える立場であれば良かったんだけど、少しも否定が出来ないので変な声が出た。響ちゃんが私をじろりと見つめる。怖い。思わず、身体を縮めた。
「いや、ええと、ちょっとだけ、経験は人より多めなんだけど、その、好きな人とするのは、初めてです……」
私の言葉に、響ちゃんは首を傾けて、片眉を器用に上げた。氷の入った麦茶のグラスから、からんとそれが動く音がする。
「はあ、ずるい。そういうのも手の内なの?」
「いやいや本当だから!」
慌てて両手を振れば、響ちゃんはもうすっかり笑っていて、怒ってる様子は無かった。良かった、許されたかな、セーフ。
どうあれ、もう私が関係を持った子は何処にも居なくて、きっと響ちゃんの過去の人も誰も居なくて、壊れる前の世界と同じ形でやきもちなんて、大して意味は無いのだろう。私よりずっと響ちゃんの方がそれを分かっているから、わざとらしくこんな会話を楽しもうとしたのかもしれない。空のグラスを置いて、裸のままで私の腕に戻った響ちゃんを抱き止めながら、何となく、そう思った。
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