第7場 対面(2)
いつの間にか隣にいた旧知の人物が、明らかに面白がっている口ぶりで呟いた。独語のようでいて、そうではなさそうだ。集一は目線を下ろす。小柄な女性が楽しげな笑みで弦子たちを観察していた。否、観賞していた。
「お久しぶりです、蓮見さん」
短く切り揃えられた艶やかな黒髪のサイドには、赤紫のメッシュが入っている。鮮やかな色彩ながらも煩く感じないのは、その毛束の量が控えめなのと、全体が美しく梳かされ整えられているためだろう。伊達眼鏡の細いフレームにビーズのチェーン、耳にはメタルリングの連なった小ぶりのピアスと、お洒落に力が入っているのが感じられる。服装も、落ちついた色合いの茶系や淡いベージュではあるが、身体に合ったデザインとサイズで、総合的な印象としては若々しい。母と同級生であると知らなければ、実年齢を問われても当てられないだろう。芸術家であることを知っているので、その個性的な装いに当人の拘りが窺える。
「久しぶりね。なんだか、ついこの間まで、反抗期真っ盛りです!──って雰囲気だったのに、随分と大人になったじゃないの」
そう言われても仕方ないていどには、少年期の色々な話を知られてしまっているので、反論できない。集一は意識的に、注意深く、表面的には朗らかな笑みをつくった。
「そうですか?」
しかし、常人とは違い、彼女は怯まない。
「自覚はあるでしょう? 日頃の弦子は表に出さないから分かりにくいけれど、夫と息子が対立関係でいることが、悲しくないわけがないわよ」
集一は返答を避けた。横目で見た母と結架は すっかり打ち解けていて、笑顔で親しげに会話しており、こちらに意識は微塵も向けていない。この会話を拾い聞きしていることもないだろう。
「でも、まあ、安心したわ。貴方の、その激烈な性格を、彼女は完璧に穏和に変えてくれているようで。貴重で得難い子ね」
「……べつに、僕は変わっていないと思いますよ」
本心をおくびにも出さず、にこやかに、礼儀正しく、柔らかな語調で言ってのける。だが、相手も只者ではない。堂々と正面から受け止めただけでなく、さらに鋭い舌鋒で返してくる。
「そのようね。でも、利もないのに無理して猫を被るような子じゃないのも変わっていないのでしょう。そうやって、周囲から見れば殊勝な態度でいながらも相手の言葉を否定することで壁をつくって、距離を空ける準備を早々に始めるような短気なところもね」
「お見通しだと仰りたいのですか」
「どうかしら。そう聞こえるのなら、そうかもしれない」
集一は小さく笑った。和やかに受容する雰囲気は保ったまま、不快は打ち消し、それでいて瞳には非友好的な光の膜を張って。
「
「やっぱり貴方、大人になったわ」
満足げな笑みだった。
「守りたい人が傍に居るなら、周りに武器を見せるも隠すもタイミングが大事よ。自分だけの身を守るほど簡単じゃない。侮られてもいけないけれど、無暗に戦意を煽るのは臆病者のすることだわ」
その言葉の意図を測りかねて、集一は黙る。
「欠点のない美貌を備えた清廉な人柄は、大勢を惹きつけるでしょうね。でも、争いも引き寄せる。純粋に無私の善とは、俗悪の前では呆れるほど無力なものなの。すぐに無遠慮に踏みにじられてしまう。あの子は、私にそう見える」
実際、集一にも、そう見えるときがある。
だから、彼は否定しなかった。
「ああいう子を守るのは覚悟がいるわ。独善や悪意を必ずしも敵としない、汚れる覚悟がね。だから、貴方が、もし自分が善人でいたいと思うのなら、難しいでしょう」
それを聞いた集一が小さく、けれど可笑しそうに笑いだすと、彼女は瞬きを止めた。
「
不遜な表情をする集一に、懐かしげな視線が向けられる。
「いま私の前では虎を被っているのか、あの子の前では猫を被るのか、どちらなのかしらね」
「さあ……自分でも分かりませんが……どちらであっても、彼女の前には伏すと思います」
母の友人は吹き出した。
「それどころか、甘えきって、お腹を見せて転がるんじゃないの? ごろにゃ~んって」
集一は澄まして答える。
「否定はしません」
笑い声が大きくなると、流石に会話を止めた母が訝しげに見上げてきた。集一が静穏に微笑むと、何かを察した彼女は苦笑しながら友人の名を呼ぶ。
「
すると、眼鏡の奥で茶色の目が躍る。
「あら、私、お邪魔じゃない?」
「紹介するだけだもの。でも、もし、それ以上お邪魔してくるとしても、結架さんに近々うちへ来てくださるよう お願いする口実に出来るから、いいわよ。遠慮しないで」
本人を前にして明け透けに言う弦子の澄まし顔が先ほどの集一のそれとよく似ている。
そう見て取ったわけでもないが、結架の抑制されつつも
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