第8場 美しく快い音楽の響きは愉悦を誘う喜楽(2)

 これは後期バロックのオーボエ協奏曲では重要な曲に位置づけられる。のちにヨハン・ゼバスティアン・バッハが非常に強い関心を持って研究したという曲の一つ。それほどに、アルビノーニの名は大きい。それを代表するような作品。

 この曲は、作曲の仕事でも多大な利益を得ていた一七二二年に出版された曲集の中に収められていて、その前年にゲーム用カードを製造している家業が行き詰まり収入が絶たれたのだが、彼自身は全く困窮していない。出版の同年にミュンヘンの選帝侯カール・アルベルトの結婚式でのオペラ上演の依頼をけているという事実からも、その名声は不動のものとなっていた。

 そうして専業音楽家となっても、宮廷にも教会にも属さず、自らの望みを最大限に優先しながら作曲し続けた。だからこそなのかもしれない、彼の作った曲は、悲しげな調子の短調であっても侘しさとは無縁だ。匂い立つような気品と流麗さが絶望をも美しくいろどる。

 夢見るような悲痛のモーツァルトともまた異なって、アルビノーニの音楽に表れる悲しみは、上流の澄んだ世界のものなのだ。無残にむしられて捨てられた花ではあっても、川底に沈んで泥や砂に埋まった花ではなく、水面みなもをただ果敢はかなげに流れていく花。得られない恋の悲痛と不遇の我が身への訣別に川に身を任せたオフィーリアやエレインのように。そこに汚れはない。汗臭さも、生活の倦み疲れもないのである。たとえあったとしても、ヴェールや扇で隠される。貴族的に。

 年下であるヴィヴァルディよりも先に協奏曲の三楽章形式を一般化させた、偉大な作曲家。ヴァイオリンと声楽から音楽の世界に入っていった彼の妻はオペラ歌手である。それもあって、彼にとっては旋律を〝歌う〟ことが前提であっただろう。独奏ソロを支える斉奏ユニゾンすら歌っている。そして、それは指示にも明確に提示されていて、『協奏曲』ではなく、『協奏曲』だとしているのである。

 独奏で旋律を奏でるのはオーボエだ。しかし、決して合奏を従えて立っている訳ではない。脇を支えるヴァイオリンも、主役と共に高らかに歌い上げる。通奏低音さえも、時には単に隙間を埋めるだけではない音の動きで歌うような音の流れを見せる。そういった価値観の作曲法はヴィヴァルディと共通し、バッハやモーツァルトに技術の一つとして引き継がれる。ヴィヴァルディの場合、名人芸的技巧ヴィルトゥオジティが独奏部に全面に出てくるが、アルビノーニは独奏部を突出させるのではなく、古典的に均整の取れた形姿で全体を調和させて旋律を共有させる。

 結架は「オーボエが主役」と断言するし、当然ながら曲として成立する演奏をしているし、協奏曲においてチェンバロに求められる役割からしてもその言葉は決して間違っているわけではないのだけれど、“名脇役”ばかりが揃っている舞台も素晴らしく味わい深い。オーボエより強く鮮烈に目立つことは避けるものの、各々が各々に歌うものなのだ、アルビノーニが完全体とさせたイタリア・バロックの作品は。

 集一は、客席の聴衆の顔を見た。見渡した限り、皆、聞き入ってくれているように見える。集中するためか、或いはリラックスするためか、目を閉じて音楽に心身を浸している男性。両眼を輝かせて演奏者たちの動作を一心に見つめている女性。全身でリズムを取りながら曲と一体化している子ども。

 ──素敵な聞き手たちに恵まれたみたいだ。

 集一は喜びに震えた。

 第二楽章の艶やかな色気。

 弦合奏のアルペジオと通奏低音の刻むリズムに寄り添われて、オーボエの歌が、ゆったりと緩やかに、どこまでも遠くに響き渡っていくかのように広がっていく。

 カナル・グランデを揺蕩たゆたう御座船に乗って移りゆく景色を長閑のどかに眺めている心地。穏やかで、心を掻き乱すような煩わしい悩みの種など何処にもなく、優しい陽光に煌めく水面と美しい古い街並みを茫乎ぼんやりと目にしつつ、波に上下する船の揺れに午睡を誘われて、うとうとと微睡まどろむ。そんな、平穏に安らぐ曲調。

 船体に打ち付ける波の音。流れる水の中に立つ泡の弾ける音。日差しの降り注ぐヴェネツィア湾。作曲家自身も、窓からそんな景観を見ながら音符を記したのかもしれない。

 第三楽章は、まるで謝肉祭カーニバルの夜。節制前のお祭り騒ぎで踊る、着飾った仮面の男女が身分や性別をも隠して自由を謳歌する。模倣進行する五声の通りすぎる旋律が、行きつ戻りつ街路を巡り、二度と会えない相手と思いがけずに再会するさまを思わせる。

 ルネサンス・ファッションに身を包んだ人々の姿が、街を数百年前の懐古に染める。

 ヴェネツィアの謝肉祭カルネヴァーレの起源は一一六二年。世俗の権力をも主張したアクイレイアの総大司教が神聖ローマ帝国から封建領主に認められ、さらに都市国家の自治は神聖ローマ皇帝フリードリヒ一世の時代には六度にも及ぶイタリア征服遠征の危機に晒されて、一一八三年の『コンスタンツの和』で自治都市コムーネの地位と諸権利を皇帝に認めさせるまで、北部の諸都市は、一一六七年に教皇の支援を受けて結成されたロンバルディア同盟に加入し防衛対抗していた。

 アクイレイアの総主教との抗争に勝利したことを祝って始まったという、ヴェネツィアのカルネヴァーレ。以降も神聖ローマ皇帝からの脅威は続いていたが、商業活動の発展と地中海貿易の活発な成長で富と経済への影響力を築いた『アドリア海の女王ヴェネツィア』の都市力は強固で、一三八〇年には東地中海の頂点に立った。

 政治や軍事の繁栄は陰りを見せていくが、文化面においてはゴシック様式の開花から凄まじく爛熟していき、建築、美術、音楽、演劇の分野で常に最先端を行ったヴェネツィアは、欧州でも随一の観光都市となり、一八世紀の最盛期のカルネヴァーレには三万人もの訪問者が記録されたとか。七歳差で生まれたヴィヴァルディの前を歩いたアルビノーニは、そんな頃の人物だ。富裕な家に生まれ、豊かに咲き誇るヴェネツィアの文化を浴びて育った彼が、ひたすらに絢爛な音楽を生み出すのも、不思議ではあるまい。

 今回の演奏会では、『五声の協奏曲集』作品九と作品七から、オーボエ協奏曲のみを抜き出している。そして、アンコール曲は、ヴィヴァルディのオーボエ協奏曲を二曲とした。二回ある休憩も入れて、開演から終演まで二時間ほどのプログラムである。平均的な長さだ。そして、長いようで、あっという間だろう。なにしろ演奏が楽しくて仕方ないのだから。

 そして、会場内の誰もが酔っていく。稀有で不世出な演奏者たちが生み出す、美しい音楽に。

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