第2場 帰来を待ちわびていたことに気づく心(1)
録音プロデューサーの合格が得られ、一日早くに録音が終了した。ジャケットは
本番まで日数が少ないため、会場販売数は非常に少ない。そこで、カヴァルリ氏の商魂が発揮された。本番でのライブ録音バージョンを含めたジャケットも異なる盤を、後から販売するのだ。会場で予約すれば、特典として集一のサインもプリントされた肖像写真のカードが付く。
「ほんと、美形は得よねぇ」
マルガリータの容姿で言われても、笑うしかないが。
「そういうマルガリータも、写真集とか売れそうだよね」
さっきまで結架が持ってきたチョコレートを一人占めしていた大の甘党であるカルミレッリが笑いながら、炭酸入りのリモナータをぐびりと飲む。
「あら、全部ひとりで食べちゃったの、カルミレッリ? ほんとに甘いものが好きね」
「日本のチョコレートってどんなだろうと思ってたけど、美味しかったよ。ちょっと
すると、結架は嬉しそうに笑った。
「あれは手づくりなの。チョコレートそのものは日本の製菓メーカーのものだと思うわ。鞍木さんの事務所の社員さんが趣味で作ってくれるのをいつもご馳走になっていて、今回はたまたまオーストリアに行く仕事の前に休日が取れたからと、こちらに寄って、持ってきてくれたのよ」
「へえ、すごい! 中に詰まってたジャムも、いいシェリー酒を使ってたみたいで、美味しかったよ!」
「あら、カルミレッリったら、そんなこと大っぴらに言うと、レーシェンに叱られるわよ」
彼が幼いころからシチリアの銘酒を嗜んでいて、既に酒類に詳しいことは、マルガリータには筒抜けとなっている。しかし、レーシェンは未成年の飲酒に厳しい。知られれば、きっと、くどくどと、お説教を受けることになるだろう。
カルミレッリは一瞬、ぎくりと表情を強張らせたものの、レーシェンが離れたところで甲斐甲斐しい夫が運んできた食べ物や飲み物を楽しんでいる姿を見て吐息を放った。
「今日はマルガリータの誕生祝いの集まりなんだから、レーシェンだって、お小言は遠慮してくれるよ」
周囲の皆は、そんな彼の幼げな可愛らしさに忍び笑いを堪える。
マルガリータの誕生日が近いので、皆で食事しながら祝いたいと結架が言うと、本人が張り切って準備を始めた。フランス人は誕生日パーティを当人が取り仕切ることが多い。会場も料理も、手配はすべて主役自身がするのだ。サプライズで家族が準備することもあるが、基本的には祝ってもらってありがとうという感覚で主役が皆をもてなす。確かに会場や飾り、料理、余興など、本人の好みであることが第一なので、自分で準備するのは間違いがなさそうだ。
とはいえ、ここはマルガリータにとって地元ではない。自分の宿泊しているホテルの小さめの宴会場を予約して料理や飲み物なども手配してもらうという選択をした彼女は、鼻歌まじりに招待状を書いて共演者たちに配った。動きが早い。手伝おうとした結架だったが、あまりに手際の良いマルガリータが手早く終えてしまったので、招待状を入れた封筒の封を閉じるくらいしか、させてもらえなかった。
そうして食事と歓談を楽しんでいると、近づいてきた集一が結架の肘にそっと触れた。
「そろそろ、どうかな」
「ええ、そうね」
「あら、なに?」
マルガリータも
集一が振り向いて、目配せをする。頷いたのがフェゼリーゴだったので、マルガリータは笑みを消した。
両手に箱らしきものを持ったフェゼリーゴが近づいてくる。だが、金色のリボンが留めているのは包装紙ではなく、柔らかそうな緋色の
「マルガリータ。君に、この品を受け取ってほしい」
表情を強張らせた彼女は、戸惑いの目でフェゼリーゴを見る。
「誕生日祝いのプレゼントなら、さっき、皆と一緒に、貴方もくれたじゃない」
「これは贈り物じゃない」
「は?」
あまりそうは見えないのだが、フェゼリーゴは、かなり緊張している。そう見てとった結架がマルガリータの隣に移動して、寄り添うように立った。その反対側にレーシェンも近づく。
「開けてみて、マルゴ。私も見せてもらったけど、とても素敵だったわ」
穏やかな微笑みに押し切られるようにして、マルガリータはテーブルに置かれた包みのリボンを解いた。ふわりと広がる柔らかな布を開く。
透明なガラスドームのカバーで覆われたそれは、精緻な飾り時計だった。丸い文字盤の下に、彩色された
「……これ!」
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