第2場 生が二人を分かち、生が二人を阻む

 闇というものには、人間の負の感情を高める作用があると、男は思う。だから、人は光に焦がれ、輝きに憧れる。

 湿った空気に悲鳴を上げる肺。

 澱んだ世界に嗚咽を続ける心。

 それらを無視して、男は生きることに執着する。たったひとつの望みを抱いて。そして、絶え間ない責め苦のような独白に埋もれて。

 光を追い求めるのは、常に弱者だ。強い者は灯火あかりを独占し、自分の内部に闇をつくる。そして、弱者の一部は、自らの人生を見捨てた哀れなる敗北者。慈悲を求めて光に追いすがり、それが闇が持つ灯りか、闇を持つ灯りなのかも判らず、汚れた者の持つ人工的な光に希望を見出そうとする。

 ──この世界を支えるのは、己の進む道すら見つけられぬ、柔弱にゅうじゃくな愚民ども!

 下劣なる灯火ともしびに照らしてもらえなければ、一歩も動くことが出来ない。そんな屑のような下衆に、世界を正しく動かすことなど、出来やしない。いずれ、この世は破綻する。

 ──だが、それでもいいさ。

 男は、この世の破滅を待ち望んでもいた。

 たったひとつの願いも叶わない世界に、なんの魅力も、執着心も感じない。こんな、価値のない、無味乾燥した世界は、消えてしまうのが一番いいのだ。

 塵が塵に還るだけ。

 そして、それは男も例外ではない。

 しかし、男は悲嘆に暮れたり涙したりはしなかった。世に蔓延はびこる邪悪と共存したいとは思わないし、また、その存在を容認したくもないからだ。変化と複製、性能の復権をねがう、黒と灰色の者たちの欺瞞に、理解する気など、起きない。彼らの存在すら、信じたくないのだ。彼らに関する事柄が受け入れられるわけがない。この大勢の知的生命体とやらの中には、進んで享受し、信じ、崇める者も居るのかもしれないが。

 ──自己過大評価を電飾で宣伝するような屑などに構ってはいられない。

 男は皮肉をこめて宇宙を見上げる。

 銀河に潰されるようなら、自身の存在意義を見つける意味もないし、その手段すらない。まして、自分の価値を少しも信じられなくなったなら、待っているのは死のみだ。

 男が信じているのは、自分の持つ思慕、ただそれだけである。そして、その受け入れを求めている。だが、死によってそれを貫くのは卑怯だ。

 果てしない広がりの中で、無限を探る男の主張だけが、星々の中で偽りの輝きを放つ。

 ──破滅するのなら、するがいい。この身を呑みこみたいのなら、呑めばいい。溢れる前に吐き出すのが、オチだ。

 男は、闇に紛れて嗤笑ししょうした。

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