第4話 猫っぽい使い魔

「あーもうミリエのやつは猫使いが荒いですにゃ! 猫の手は忙しい時に貸すものですにゃ! 大して忙しくないくせにやどりを遣うなんていい度胸ですにゃ!」


 ――と、外見は特に猫らしさのない、猫のような雰囲気だけが特徴のは文句を垂れながら知らない異世界の平原を歩いていた。

 つい先日、彼女の上司、或いは飼い主のような存在であるところの赤い髪の魔女ミリエが、あろうことか破滅の魔王を取り逃がしたという話は聞いている。

 あの魔女は基本的に舐めプをするので、また格下に一杯食わされてやんのぷーくすくす!と物陰で笑っていたのがやどりの運の尽きだった。

 特にお仕置きを喰らったりということはないが、この主従関係は決して暴力的支配関係ではないのだが、しかしそうであり続けることを人質に取られると、やどりとしてはその命令に背けないのである。

 かつてみすぼらしい一匹の野良猫だった自分が、今やあともう少しで、あの百万回の世界を渡った伝説の先輩猫に並び立とうとしているのは、ミリエのおかげだ。或いはミリエのせいだ。その感謝か恨みのどちらか、或いは両方を返すまでは、この関係は続けたい。

 人に使われるのは嫌いだが、頼りにされるのは嫌じゃなかった。

 そんなわけでこの異世界にやってきた。

 破滅を司る魔王が逃げ込んだという未知の世界に、半分くらいは自分の意思で、やってきたのだった。


「あー、それにしてもお腹空いたですにゃ。下層世界で受肉すると途端にこれですにゃ……魔力強度の高い設定も考え物…………にゃ?」


 すると突然、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

 どこかで嗅いだことのある、懐かしい海産物の焼ける、実にいい香りだった。


「にゃ、にゃ、にゃん? 海が近いですにゃ? あぁ、いい香りで、ついふらふら~っと…………」

「――へいラッシャイ!!」


 屋台だった。

 平原の真ん中に、屋台が建っていた。

 やどかり、ののぼりが風に揺れている。それはどう見ても日本語で、やどりにとっては故郷の文字だが、この世界には存在しない文字列だった。しかしそれが逆に異界ウケしているのか、大繁盛であった。


「いんやァ、こいつはうめぇ!」

「酒が進むぜぇ! おっちゃん、やどかりの皿盛り三つおかわり!」

「あいよ! ちょっと待ちな!」


 恐らく近くに村があるのだろう。そしてこの美味しそうな匂い、或いは不思議な匂いにつられて集まって来たのであろう、現地民と思しき人間を数えるには、両手の指を合わせても足りない。


「うわぁ、賑やかですにゃ。こんな時は片手で31まで数えられる二進法を使うといいって、七つ前のご主人が言ってたですにゃ。ひーふーみー……あぁっいい匂いで集中できないですにゃっ! おっちゃんさん! やどりにもやどかり料理の、一番おいしいやつ!」

「へいまいどあ…………ぁぁぁあーーーーーッ!? 貴様その髪その角その雰囲気ッ、まさかあの魔女の手先か!?」

「あーーーーーーーー!! おっちゃんさん、まさかおまえが破滅とやどかりを司る魔王ですにゃ!?」


 屋台でやどかりを焼いていたのは、やどりが追いかけることになっていた件の魔王その人だった。

 まさかのタイミングとシチュエーションでの出会いに硬直する二人。

 先に沈黙を破ったのは、やどりだった。


「…………とりあえず、やどかりを寄越すですにゃ! 話はそれからですにゃ!」

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