第10章 飛鳥の本音
真田と宝条を元の世界に帰す為に決闘をすることが決まった飛鳥は、城から家に帰って来ていた。夕食を済ませ、大翔と飛鳥はそれぞれの部屋に入っていた。大翔は、灯りを付けずにベッドに仰向けになって寝ていた。部屋の中には窓から月明かりが入って来ていて、特に何をする訳でもなく天井を眺めていた。
「はあ~、何だか今日は上手く頭が働かないな」
ベッドから体を起こして、窓の外を見る。雲1つ無い空に綺麗な満月が輝きを放っていた。
「勇者とは違い世界自身を救うのが訪問者。世界の声を聞くことが出来るってユキは言ってたけど、今のところ声が聞こえたことは無いんだよな」
この世界に来てからのことを思い返してみるが、やはり声を聞いたことは無く、何か感じることも無かった。
「ダメだな。今日は、考えるの止めて夜風にあたりに行こうかな」
上手く集中出来ない大翔は気分転換に外に出ることにした。外に出ると心地良い風が流れてきた。家の周りを歩くことを決めて進んでいると、誰かが素振りをしている音が聞こえた。大翔は、音のする方に向かい汗をかきながら鍛錬している飛鳥を見つけた。
「いつもしていないことをすると、却って体の動きが悪くなるぞ」
「大翔・・・」
「夜は、体をしっかり休めるんじゃなかったのか?」
「そうなんだけど、明日の決闘に向けてもう少しやっておいた方が良い気がして」
「・・・不安なのか?」
「えっ? ま、まさか、確かに少し緊張しているかもしれないけど、大丈夫だよ」
大翔の言葉に慌てて言葉を返す飛鳥。自分がやってきた事を信じ、真田にも宝条にも勝てると確かに感じていた。しかし、
「ううん、やっぱり不安かな」
「・・・・」
「体を動かしておかないと何だか落ち着かなくてさ。きっと勝てるって思っているのに明日のこと考えると急に怖くなってきちゃって」
飛鳥の体は震えていた。恐らく恐怖から来るものだろう。大翔には分からないようにと背中を向けて飛鳥は、自分の体を両腕で強く抱きしめていた。
「明日負けたらどうしようって、もしかしたら殺されるんじゃないかって、どんどん悪いことが浮かんできちゃって」
飛鳥は、より一層体が震えだしていた。初めての決闘への不安と恐怖が飛鳥を蝕んでいる。
「勇者なのに、おかしいよね。もっと、堂々としていなきゃいけないのに、こんなに怖がってるなんて・・・」
「別に、おかしくないだろ」
「えっ?」
大翔の言葉に、はっとした表情をする飛鳥。大翔は、背を向けたままの飛鳥に言葉を掛け続ける。
「勇者だって人間なんだ。怯えたり、怖がったりするだろ。勇者になったからって感情を捨てる必要なんて無い」
「でも・・・」
「そもそも飛鳥の良いところは誰かに寄り添って相手の気持ちを考えることが出来ることだ。恐怖や不安も自分が知っていないと相手が苦しんでいても気付くことは出来ない」
「・・・・」
「別に怖がっても良いし、泣いても良い。少なくとも俺はバカにしない」
「・・・ふっ、・・・うっ」
「だから、まあ、そのなんだ。そんなに我慢しなくて良いと思うぞ」
「うん・・・うん」
飛鳥の目からはぽろぽろと涙が零れていた。大翔の言葉は、飛鳥の心の中に深く刺さり抑えきれなくなった感情があふれ出していた。勇者だからと、仕方のないことなのだと誰にも見せられないでいたその姿は、大翔によって表に出て来ることが出来た。今まで溜まっていたものを全て出すかのように飛鳥は泣き続け、大翔はその姿を不器用にも温かい目をして見守っていた。
全て出し切って、落ち着いた飛鳥が大翔に話しかけた
「ごめんね、何か弱気なところ見せちゃって」
「別に良いさ。可愛い女の子が泣いているところを見ることが出来たしな」
「うっ、変なこと言わないでよ」
大翔がからかって言っていることだと分かっていた飛鳥だったが、恥ずかしさで顔が赤くなっていた。
「どうした? 顔赤いぞ」
「な、何でもない」
「それなら良いけど」
「・・・私さ、元の世界に帰りたくないって話ししたことあるっけ?」
「いや? まあ、帰りたくはないのかなとは思っていたけど」
「私の家、空月家はね、代々続いて来た剣術の名家だったんだけど、時代が変わって剣術が必要無くなり衰退していったの」
「まあ、向こうの世界じゃ戦うこと自体がもう無くなってるしな」
「空月家の1人娘として生まれた私は、厳しく育てられたわ。認めて貰えるように必死で頑張ったの。でも、誰も褒めてはくれなかったわ」
「でも、何か1つくらいは良いことがあったんじゃないか?」
飛鳥は、首を横に振る。
「何も無かった、家族の思い出すら。1番ショックを受けたのは、私には才能が無いと判断した両親が無理矢理結婚させようとしてきたことだった」
「跡取りか」
「そう、せめて元気な男の子を産めって言われたわ。それを聞いたら怖くなって慌てて逃げ出したの」
「その後は?」
「逃げた後は、優しいおばあちゃんに会って匿って貰っていたわ。でも、長い間は居られないと思ってお別れを言ってまた逃げようとしていたらこの世界に召喚されたの」
「そんな状態で召喚されるって大変だったな」
「私からしたら運が良かったわ。もう、向こうの世界に私の居場所は無いし、勇者として頑張ろうって思ったの」
「そうだったんだな。でも、飛鳥は空月の技を使っているけど抵抗は無いのか」
「もちろんあったよ。でもね、匿ってくれたおばあちゃんに言われたの、苦しいことや辛いことがあっただろうけど、それはきっと、いつか自分自身の為になる筈だから大切にしなさいって」
「そんなことを」
「実際この力で助けることが出来た人達もいる。だから、今は感謝してるの。空月流っていう剣術を教えてくれたことに」
「そうか。それだけ苦労してきたなら明日の決闘なんて大したこと無いんじゃないか?」
「ううん、そんなことない。きっと、辛い戦いになると思う」
「おい、飛鳥」
「だから、油断せずに全力で戦って勝ってみせる!」
力強い言葉を発して飛鳥の目には確かな光が見えた。恐怖に怯えている様子は何処にも無く、その様子を見た大翔は優しい表情で飛鳥を見ていた。
「そういえば、飛鳥は誰か助っ人連れて行くのか?」
「そのことなんだけど、大翔にお願いしたいことがあるの」
「ん?」
大翔は、首をかしげ飛鳥の話を聞いた。飛鳥のお願いに少し驚いた大翔だったが、その願いを聞き入れることにした。
「そこまでして負けたら許さないぜ?」
「大丈夫、絶対勝つって約束するわ」
「それじゃあ、もし負けたら何か美味い物でも食わせて貰おうかな」
「私が負けると思ってるの?」
「残念なことに負けるとは思えない」
「何で残念なのよ。本当失礼しちゃうわね」
飛鳥の表情にはもう何処にも不安の影はない。大翔の冗談に笑顔で返せる余裕も出て来ていた。大翔が出してきた拳を飛鳥も拳で返した。
感情が大きく揺れた夜も次第に更けていった。そして、それぞれの運命を決める決闘が遂に始まる。
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