第6章 一冊の絵本
朝日が昇る前に目を覚ました大翔。そこには知らない天井があった。昨夜のことを思い出す。
「そうだった。今、異世界にいて飛鳥の家に泊めてもらったんだったな」
昨夜はドルネアの店から飛鳥が借りている家に案内してもらい、大翔は空いている部屋で寝かせてもらった。まだ、頭が少しはっきりとしていないが体を起こして軽くストレッチをする。その後、飛鳥を起こさないように外に出て走り込みをした。走り込みが終わると朝日がゆっくりと昇り始めていた。
「いつもならじじいと組み手をするんだけどな。仕方ない、もう少し走り込むか」
大翔は、祖父である清志と毎朝組み手をして体を動かしていた。
「じじいが居なければ修行とかサボる気で昔はいたけど、今、サボると後で痛い目見るかもしれないからな」
一通り体を動かして一息ついていると、飛鳥が刀を持って外に出て来ていた。飛鳥はまだ大翔がいることに気付いていない。大翔は声を掛けようとして一度止めた。飛鳥が集中していたからだ。
飛鳥は、木の近くに立ち刀を腰の位置に持っていき、柄の部分に右手を置く。そのまま目を閉じ深呼吸をして全身の力を抜く。その状態を数秒間保っていると、木が揺れるほどの風が吹き、葉っぱが落ちてきた。ヒラヒラと落ちていく葉っぱが飛鳥のいる高さまで落ちて来た瞬間、飛鳥は目を開き一瞬で全て切った。切り落とした葉っぱはほとんどが縦に綺麗に切られていた。
「今の凄いな」
飛鳥はいきなり声を掛けられ驚き振り返ると、大翔が立っていた。
「大翔か、驚かさないでよ」
「悪い、そんなつもりじゃなかったんだが」
「まあ、良いわ。それにしても随分と早いのね」
「それは、飛鳥もだろ。朝早いんだな」
「私は、いつも鍛錬しているからね。力が足りなくて国を守れなかったら意味ないでしょ」
「なるほど、しっかりしてるな」
「別に、大したことじゃ無いわ。それよりも大翔の方こそ何でこんな早起きなの?」
「早起きと言ってもさっき起きたばかりだぞ。飛鳥が外にいるの見えたから俺も外に出たんだよ」
大翔はあまり自分のことを知られないようにと嘘を付いた。飛鳥は、大翔をじっと見つめる。大翔は、一度視線を逸らそうとしたが返って怪しまれる思い目を逸らさずにいたが
「嘘ね」
「何で?」
「汗、かいてるわよ?」
「あっ」
大翔は、さっきまで自分も鍛錬していたことを忘れていた。それほど飛鳥の剣技が素晴らしいものだったのだが、おかげで自分の首を絞めることになってしまった。
「寝ている時に汗をかいたのかもな」
「・・・ちなみに大翔に貸した部屋からはこの場所見えないわよ?」
「・・・・」
自分で墓穴を掘っていたことに気付かされる大翔。飛鳥からすれば分かりやすい嘘だったため呆れたような目で大翔を見る。大翔は、これ以上は無理だと思い正直に話すことにした。
「はぁ~、俺も鍛錬をしていたんだ」
「大翔も? それって、武術とかってこと?」
「まあ、そうだな」
「どんなのか聞いても良い?」
「いや、口だと説明しにくいし――」
「それじゃあ、組み手をしてみない?」
大翔は、悩んでいた。飛鳥が優しい心を持った良い人間だというのは何となく分かるが、それでも会って間もない相手に自分のことを簡単に見せたり、話したりしても良いものかと。しかし、何故か大翔の心の中で飛鳥なら大丈夫と感じている部分があった。大翔自身、不思議ではあったが少しだけ教えることにした。
「やっぱり、嫌? それとも、聞いたりしちゃいけないことだった?」
「いや、大丈夫だ。多分、飛鳥になら大丈夫だと思う」
「どういうこと?」
「さあ? 俺にも分からん」
「何それ? 本当に良いの?」
「俺が大丈夫って言ったんだから、気にするな。それとも負けるのが怖いのか?」
「なっ、人が折角気を遣ってあげたのに。いいわ、その代わり全力でやらせてもらうから」
「負けても泣いたりするなよ?」
「そっちこそ、後悔しないようにね」
触れてはいけない部分に触れてしまったかと思っていた飛鳥だったが、大翔の挑発に乗り勝負をすることにした。
「ルールはどうするの?」
「そうだな、俺は素手で飛鳥は刀を使う、それで先に相手に当てるもしくは相手が負けを認めたら組み手終了ていうのはどうだ?」
「私はそれでも良いけど、大翔は何か武器使わなくて良いの?」
「ああ、とりあえず素手で良い」
「怪我しても知らないわよ?」
「う~ん、ちょっと待ってて」
そう言うと、飛鳥は家の中に入って行き少しして2本の木剣を持って出て来た。2本の木剣の内1本を大翔に渡す。
「私はこれを使って攻撃するわ。大翔は使わなくても良いけど身につけておいて、いざという時に使っても良いわ」
「それだと今度は、俺が有利になると思うが」
「とりあえずやってみましょう。私が刀使って取り返しのつかないことになっても嫌だし」
「随分と慎重だな」
「組み手だもの、怪我のリスクは出来るだけ下げないと」
「(初めてだな、組み手でこんなに心配してもらえるの)」
清志と組み手をしていた時は、生きるか死ぬかというギリギリのところでやっていたため、大翔は少し感動していた。
「それじゃあ、始めるわよ」
「ああ、いつでもいいぜ」
二人は少し距離を取ってから組み手を始めた。最初は、二人とも動かず様子を見ている。時が止まった状態から先に動いたのは飛鳥だった。一気に踏み込み大翔の胸に突きを入れていく。大翔はその突きに反応し後ろに下がる。飛鳥は、その後も二撃、三撃と続けて攻撃を仕掛けていく。大翔は、どの攻撃も紙一重でかわしていく。
「やるわね、最初の一突きでやられる人が多いんだけど」
「こう見えて、厳しい修行とかやって来てるんだよ」
「それじゃあ、少し本気出すわよ」
「ん?」
飛鳥は、もう一度大翔から距離を取り集中し構える。一見隙が多いように見えるが、安易に飛び込めばやられてしまうことを大翔は感じていた。大翔は次の一撃を防いだらカウンターを決めて終わらせようとしていた。
「空月流・春空・三の型・<<
飛鳥の姿が急に揺らぎだし、大翔の視界から消えた。飛鳥はいつの間にか大翔の背後にいて木剣を振り降ろそうとしていた。もし、この組み手を見てるものがいれば後ろを取った飛鳥が勝ったと誰もが思っただろう。飛鳥自身も完全に虚をつけたと思っていた。しかし、
「悪いな、見えてるぜ」
後ろに回った飛鳥をしっかり追っていた大翔は、木剣が振り降ろされる前に腕を止めて動きを封じ、拳を突き出した。飛鳥はその反撃に反応出来ず、攻撃を食らう覚悟でいた。大翔は、飛鳥の顔に当たるギリギリで止めデコピンを当てた。
「痛っ!」
「はい、俺の勝ち」
「はあ~、まさか、反応されるなんて思って無かったな」
飛鳥は、おでこを擦りながらそう言った。さっき使っていた技には自身があったようで破られたことがショックだったようだ。
「正直驚いた。一瞬でも気を抜いてたら負けてたな」
「本当にそう思ってる?」
「実は、余裕だったって思ってる」
「う~~、悔しい~、負けたから何も言い返せない」
「これからの鍛錬はもっと頑張らないとな」
「見てなさい、次は勝つから」
「ああ、いつでも相手してやるよ」
組み手をしたことでお互いに相手のことが少し分かったような気がした。二人が組み手をしている間に太陽がしっかりと顔を出していた。大翔のお腹から大きな音がなる。朝の鍛錬や組み手で体を動かしたからエネルギーを求めているようだった。そのお腹の音を聞いた飛鳥は
「なるほど、お腹が空いた大翔は負けた私に早く朝ご飯の用意をしろと言っているのね」
「いや、これは――」
「分かってます。勝った人の言うことはちゃんと聞くわ。仕方ないわ、負けたのは私なんだから」
「おい、その言い方は卑怯だぞ。それに、朝は俺が用意するつもりだったんだが」
「大翔って料理出来るの?」
「それなりにはな」
「・・・無理はしなくていいんだよ?」
「どういうことだよ」
「私にお世話になりっぱなしだから恩を返そうとしてるんでしょ?」
「それは、当たり前というか・・・」
「気にしなくていいのに、それに大翔がちゃんと料理出来るか不安というか・・・」
「なっ、それを言うなら飛鳥の料理だってちゃんと食えるものが出て来るかどうか」
「私は、ちゃんと料理出来るわよ!」
「よし、ならお互い一品ずつ作ってどっちが上手いか勝負だ!」
「なんで勝負することになるのよ」
「怖いのか?」
「良いわ、その挑発乗ってあげる」
かくして組み手が終わった後は、大翔と飛鳥の朝食対決が始まったのだった。
「くそっ、負けた」
「料理は私の勝ちみたいね」
朝食対決はどうやら飛鳥に軍配が上がったようだ。
「でも、正直大翔の料理も美味しかったわ」
「その言葉は素直に嬉しいが負けたことに納得がいかない」
「人の料理完食しといて、何言ってるのよ」
飛鳥が大翔に出したお皿には恐らく料理があったのだろうが、大翔が綺麗に完食し何も残っていなかった。
「気付いたら消えていたんだ、何かの魔法か?」
「どんな魔法よ。素直に褒めてくれない?」
「美味しかったです」
「よろしい」
二人が朝食を済ませ、一休みしていると、ドアのベルが鳴る音が聞こえた。
「誰だろう? ちょっと見て来るわね」
「おう」
飛鳥が誰が来たのか確認に行っている間に朝の組み手のことを思い出していた。飛鳥の攻撃するときの構え、技の名前、この世界のものでは無い気がした。
「(飛鳥も俺みたいにこの世界に来る前から何か力があった存在なのか、流派について詳しくは無いが、何処かで聞いた気もする。本人から話しを聞けたりしたらいいんだろうが)」
勇者は皆すでに何らかの力を持った存在なのか、それとも飛鳥が特別なのか、考えて見るが推測の域を出ない。
「この事は一度忘れるか、俺も話して無いことはたくさんあるしな」
この世界の事では無く、個人の事を調べると話しがまた変わってきてしまう。これ以上は無粋だと大翔は考えた。
しばらくして、飛鳥が戻って来た。その表情は、さっきよりも暗くなっていて、少し複雑そうな顔をしていた。様子が気になり大翔は声を掛けた。
「何かあったのか?」
「あ、ちょっとね。今、お城の人が来て、勇者が今日帰還するって話しを聞いたの。それで、一度勇者全員に集まって貰いたいから城に来て欲しいって」
「飛鳥以外の勇者って、魔王を倒しに行ったんじゃ無かったっけ? もしかして、倒したのか?」
飛鳥は首を横に振る。
「それが、魔王がいるところまで辿り付く前にやられたって」
「分からない。一瞬の出来事で何をされたのか、正体が何なのか、確認することが出来なかったって。死者が出なかったのがせめてもの救いだったって」
「それで、体制を立て直す為に戻ってくるってことか」
「そうみたい」
「正体が分からないっていうのは痛いな。少しでも情報があれば対策を立てられるかもしれないが」
「・・・うん」
飛鳥の返事は小さいものだった。大翔は、飛鳥の雰囲気が少しおかしい事に気付く。恐らく魔王討伐に向かった勇者達の話しを聞いて思うところがあるのだろうと大翔は思った。
「城には、いつまでに行かなきゃいけないんだ?」
「えっ? えっと、確かお昼を過ぎる頃には来るようって言われたと思う」
「じゃあ、まだ時間あるな」
「?」
「飛鳥、お願いがあるんだけど」
不思議そうにしている飛鳥に大翔のいうお願いが何なのかを話した。
「へぇ~、ここが武器屋であっちの建物が薬屋か」
「何をお願いするのかと思えば、街の案内とはね」
「そもそもこの世界に来てまだ一日しか経ってないからな。早い内に色々と知っておきたいのさ」
「わざわざお願いしなくても、案内してあげたわよ」
「悪いな。そうだ、この国って図書館ってあるか?」
「ええ、確かあったはずよ。私も行ったことは無いけれど」
「場所分かるか?」
「大丈夫よ、図書館に行きたいの?」
「ああ、少し調べたいことがあって」
「確か、こっちの道を行けばあったはずよ。行きましょう」
飛鳥の案内で図書館に向かう道中、二人は少し会話をしていた。
「大翔は図書館で何を調べるつもりなの?」
「えっと、色々あるんだが、ざっくり言うとこの世界のこと?」
「本当ざっくりね」
「だから、そう言っただろ」
「でも、大翔は凄いわね」
「何だ、急に」
「だって、異世界に来たばかりなのにすぐに行動してるでしょ?」
「じっとしてるより、すぐに行動するタイプなんだよ」
「不安になったりしないの?」
「別にならない訳じゃないさ。ただ今は、何か行動しとかないとと思ってな(本当は、自分がどういう存在なのか、何をすれば良いのか知りたいから必死なんだけどな)」
大翔が本当のことを隠してはいるが、実際不安を感じている暇は無いことも事実だった。質問に答えた後、飛鳥が静かになったので大翔は様子を見てみると、笑顔ではあったが何処か悲しそうに感じた。飛鳥は、大翔に何とか聞き取れるくらいの小さな声で
「大翔は凄いね」
「何が?」
「私なんて・・・」
飛鳥の言葉の続きを聞く前に図書館に着いた。図書館には小さな子供達がいて飛鳥を見つけると手を振っていた。子供に手を振り替えした飛鳥の表情はさっきの悲しそうなものではなく明るい笑顔だった。
「さあ、着いたわよ。中に入りましょう」
飛鳥の様子がおかしいと感じていた大翔だったが、今は明るい笑顔でいたため話しの続きを聞けないでいた。少し心に引っかかるものがあったが図書館の中に入っていった。図書館は外から見てもかなり大きな建物だったが中もかなりの広さだった。天井は高く、建物の端が見えなかった。
「はいこれ、先に受付を済ませておいたわ」
「これは?」
飛鳥から貰ったのは図書館のカードだった。
「図書館の出入りを管理したり、立ち入り禁止の場所に近づいたりしたら教えてもらえるものらしいわ」
「へぇ~」
大翔はカードを表、裏にしたり、上にかざして光を通したりするのかなど色々な角度で見ていた。
「他にも用途はあるみたいだけど、図書館にいる間はこれは必ず持って置くようにして欲しいて言われたわ」
「そうなのか」
「何から調べるの? これだけ広いから闇雲に探すのは大変よ」
「歴史についてまとめられてる本がある場所を探そう」
「歴史ね。私も一緒に探すわ」
大翔は、係の人にどの場所にあるのか聞き奥の方に進んだ。一応、他の本棚も見て欲しい情報がないか進んで行く。目的の場所に近づくと、魔法のことや魔獣について書かれているものもあった。その中で大翔が不思議に思ったのが
「これ、絵本だよな?」
「本当ね、でも、絵本は子供達が見つけやすいように入り口の近くに置かれてた筈だけど」
「間違えてここに置かれたのか?」
「そんなミスするとは思えないけど」
「内容が子供には不向きだったのかもしれないな」
「この場所、ちょうど歴史がまとめられてるところに入ってるわね」
「歴史か・・・」
大翔は、絵本の内容が少し気になり見ることにした。タイトルは、『世界と影』と書かれていた。ページを開き、飛鳥も大翔の横で読み進めていった。本の内容は、この世界が魔王に支配され勇者が倒しに向かう話しだった。勇者は仲間を集め、無事に魔王を倒した。何処にでもありそうな物語だと思っていた大翔だったがまだ続きがあった。魔王を倒した勇者は仲間と別れ、ある森に入っていった。森の中心には大きな樹があり、その樹は天にまで届いていた。
「(これは、もしかして<<始まりの樹>>のことか?)」
更に読み進めていく。勇者はそこで謎の女性から、世界は救われていないことを聞かされる。世界は、影に覆われて光を失い崩壊してしまうと。勇者は自分が何とかしてみせると立ち上がったが謎の女性は、その力はあなたにはないと言われてしまう。それでも勇者は諦めることが出来ず、影の存在を消そうとしたが何も出来ずに倒されてしまった。それ以降、勇者の姿を見た者はいない。
物語はここで終わっていた。絵本を読み終わった後、飛鳥が絵本の内容に触れた。
「何だか最後が悲しい終わり方だったね。確かにこの内容じゃ、子供達には見せられないかも」
「・・・影か」
「ああ、最後に出て来ていたわね。でも、影って何なのかしら? よく分からなかったわね」
「なあ、ここの本は借りられるのか?」
「ええ、確か借りられたはずよ。受付まで持っていってお願いすれば出来ると思うわ」
「そうか」
絵本の内容の後半に書かれていたものの一部は、大翔がこの異世界に現れた場所と似ているように思えた。確証は無いが訪問者について知ることが出来るかも知れないと思い、絵本に書かれていた影についても調べることにした。
「それじゃあ、本来の目的である歴史について調べましょう?」
「ああ、でも、飛鳥そろそろ時間じゃないか?」
「あっ、本当だ。ごめん、私行かなきゃ」
申し訳なさそうにしながら飛鳥は城に向かおうとする。大翔は、あることを思いつき飛鳥を呼び止める。
「なあ、飛鳥」
「ん? 何?」
「俺も城に付いて行っても良いか?」
「えっ?」
大翔の急なお願いに驚く飛鳥。影以外にも、飛鳥以外の勇者やこの国について大翔は知りたいことがあった。城に行けば少しは何か分かるかもしれないと考え、飛鳥に付いて行くことにした大翔だった。
「良いけど、入れるかは分からないわよ」
「まあ、その時はその時だ」
少し頭を悩ませた飛鳥だったが了承し、二人は図書館を後にして城に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます