第5章 勇者の行きつけ

 夕日が沈み始め空には、ちらほらと星が見えていた。飛鳥に案内された場所はあまり人が通っていない静かな場所で市場とは違い落ち着いた雰囲気があった。看板が立ててある店の前に立つと、とても良い香りが外の方にまで流れてきていた。ただでさえ空腹な大翔のお腹は堪えきれず大きな音を鳴らした。すぐに、お腹を抑えたが飛鳥の方を見ると聞かれていたのかクスクスと笑っていた。大翔は恥ずかしさで少し顔が赤くなっていた。

「ほら、入りましょう。ここのお店の料理はどれも美味しいから楽しみにしてて」

 飛鳥は扉を開けて店の中に入って行き、大翔はその後をついて行った。店の中も落ち着いた雰囲気で初めて来た筈の大翔も気を緩ませていた。人は少なく空席もあったが、楽しそうに話している声が聞こえてくる。

「大翔、こっちに来て」

 飛鳥に呼ばれた方に向かうとカウンターに座っていた。隣の椅子を叩いて大翔に座るように意思を示す。大翔は、飛鳥の隣に座りカウンターの方を見る。フライパンや包丁などの調理道具が揃えられていた。

「ここはね、カウンターで食事をすると目の前で調理しているところが見られるの」

「へぇ~、どんな風に作られているのか見れるのは面白そうだな」

「でしょっ!」

「あ、ああ・・・・」

 飛鳥はこのお店が随分と気に入っているらしく、大翔が興味を持ったことに喜んでいた。飛鳥の食いつきに驚き大翔は体をらせて、飛鳥から目を逸らしもう一度調理場を見る。

「そういえば、誰もいないみたいだけど――」

「それなら大丈夫よ。もうすぐ来てくれるから」

 飛鳥の言った通り、カウンターの近くにあった扉から肩幅が広いガッシリとした体格の女性が出て来た。

「いらっしゃい! うちの店によく来てくれたね! 思う存分食べていっておくれ!」

 どうやらこの店の店主らしい女性は豪快な人で大翔は、店主の存在に驚きを隠せずにいた。

「ドルネアさん、そんなに大きな声出すと初めて来た人は驚きますよ」

「おお~~、飛鳥ちゃん、また来てくれたのかい。ありがとうよ」

「いえ、ドルネアさんの料理美味しいですし、毎日来たいくらいですよ」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。ところで、そっちの隣にいる奴は知り合いかい?」

「あっ、はい、彼は――」

「なるほど! 飛鳥ちゃんの男か!」

「はいっ!? 違いますよ!」

「恥ずかしがらなくても良いじゃ無いか。大丈夫、他の奴らには言わないからさ」

「だから、違いますってば!」

 店主の勘違いを顔を真っ赤にしながら否定する飛鳥、その様子を静かに見ている大翔。大翔は、自分には何も出来ないと考え誤解が解けるのを待っていると

「大翔からも何か言って!」

「えっ? 俺?」

 いきなりのキラーパスに困惑する大翔。ドルネアも大翔の方を向き

「あんた、本当に飛鳥ちゃんの彼氏じゃないのかい?」

「あっ、はい、そうです」

「そうかい、残念だね~」

「ドルネアさん、もういいでしょ? それより料理を――」

「いつも一人で来ている飛鳥ちゃんが男と来たから、もしやと思ったんだけど」

「ドルネアさん!」

 ドルネアの一言で落ち着いていた飛鳥の顔がまた真っ赤になっていった。飛鳥は顔を真っ赤にしながら注意しているが、ドルネアはその言葉を笑いながら全部受け止めていた。大翔は、そんな二人の会話を見ながらドルネアが悪い人ではないのだろうと思った。そして、飛鳥がいつも一人で来ていたことは、聞かなかったことにしようと決めた。

「はっはっは、悪かったよ。その分しっかり調理させてもらうよ」

「よ、よろしくお願いします」

 飛鳥は注意している筈が逆に恥ずかしい話しを多く語られてしまい頭からは湯気が出ていた。大翔は、飛鳥の為に途中から自分の耳を塞ぎ聞かないようにしていた。

「それで、何にする?」

「ドルネアさんのオススメでお願いします」

「はいよ」

 ドルネアは、一言返事をした後すぐに調理に取りかかった。流石というべきか、凄いスピードで手際よく調理を進めていく。そして、一品、二品と出来上がりテーブルに並べられていく。

「さあ、温かい内に食べな」

 出来たばかりの料理はまだ湯気が出ている。手を合わせた後、最初に出て来たシチューを選び一口、口に運ぶ。口に入れた瞬間、美味しさが口いっぱいに広がった。野菜は甘みが出ていてお肉は口の中で溶けてしまうほど柔らかかった。空腹だったこともあり無言で食べ進め、あっという間に容器の中を空にしてしまった。

 あまりの美味しさに浸っていると、隣から視線を感じる。よほど、夢中になって食べていたのか少し驚いた顔をしていた。

「わ、悪い。全部食べてしまって」

「ふふっ、大丈夫。お腹空いてたんでしょ? それで食べてみた感想は?」

「凄え美味しかった! こんな美味しいもの食べたことないぜ!」

「夢中になって食べてたもんね」

「そんなにか?」

「うん、何だか子供を見ている感じだった」

 大翔は、急に恥ずかしくなり手で顔を覆った。

「飛鳥ちゃんだって、最初は夢中になって食べていたじゃないか。いや~、あれは可愛かったね~」

「ドルネアさん!」

 またしてもドルネアにより飛鳥の恥ずかしい話しを聞いてしまったが、少し助かったとも思った大翔だった。

「さあ、まだまだ私のオススメ料理は続くよ。残したら許さないからね」

 それぞれ恥ずかしい思いをした二人は顔を見合わせ笑った。

「それじゃあ、私もいただきます」

「俺も、今度はこれだ!」

 ドルネアの料理はこれでもか、と言うくらい大量に出て来たがどれも美味しく、二人は見事完食した。

「いや~、食べた食べた。どの料理も美味しかったな」

「本当、何度食べても飽きないわ」

「嬉しいね。そんなに褒めて貰えると作った甲斐があるってもんだよ」

 大翔は満腹で幸せになっていた。異世界に来てからの初めての食事がこんなにも素晴らしい物だとは思ってもいなかった。食事をしながら話しを聞くはずが食事に夢中になってしまっていた。

「私は片付けをしてくるから、あんた達はもう少しゆっくりしていきな」

「ありがとう」

 飛鳥がお礼を言うと、ドルネアは入って来たドアの奥に戻っていった。

「この場所にはよく来るのか?」

「そうね、毎日ではないけどよく来てるわ」

「俺も常連になりそう」

「ふふっ、そんなに気に入ったの?」

「いや、自分でも驚いてるよ。それだけ美味しかったわけなんだが」

「良かった、気に入ってもらえて」

「これだけ美味しい料理が出るのに、あまり人いないよな」

「この時間帯はね、でも、お昼とかに来ると空いてる席がないくらい人がいるわ」

「なるほど、それじゃあ今みたいにゆっくりしてられないな」

「だから、私はこの時間帯に来ることが多いわね。あまりがいなくてゆっくり出来るし」

 飛鳥は椅子の背もたれに寄りかかり大きく伸びをした。伸びをした時に飛鳥の大きな胸が服の上から強調されていたのを見て大翔は慌てて目を逸らす。

「どうかした?」

「いや、何も」

 故意に見たわけでは無いが飛鳥に失礼だと思い目を逸らしたまま質問をする。

「そういえば、勇者だって言ってたよな」

「ああ、そうだね。その話しもするつもりでここに来たんだったね。え~と、何から話そうか」

「どうして勇者に?」

「どうして・・・というか、私も分からなくて」

「ん?」

「私も異世界から来たんだけど、この国の王様に召喚されて『勇者よ、どうかこの国をお救いください』て言われて、そのまま勇者に」

「よく、そんなすぐに受け入れられたな」

「いや、すぐって訳じゃ無かったよ。不安もあったし」

「元の世界に帰ろうと思わなかったのか?」

「えっと、何だか話しを聞いて放って置けなくなって」

「随分とお人好しだな」

「あはは、そうかも・・・・というより、元の世界に戻っても私は――」

「ん? 何か言ったか?」

「いや! 何でもないよ」

 大翔は、飛鳥が下を向きながら小声で何か言ったような気がしたが、表情が少し暗くなったのを感じたので追求をしないことにした。

「勇者って具体的に何をするんだ? 国を救って下さいて言われたんだろ?」

「私が聞いたのは魔王を倒すことで救われるって聞いた」

「魔王か」

 ここまでの話しで、ユキから聞いていたことと飛鳥が言っていることは大体同じであることが分かった。勇者が魔王を倒して世界を救う、よくある話しの一つだと思った大翔だが少し不思議に思うことがあった。

「飛鳥は魔王を倒すために呼ばれたことになるんだよな?」

「そうね、その筈よ」

「なら、どうして今、飛鳥はこの国にいるんだ? 本当なら魔王がいる場所に向かっていてもおかしくないんじゃないのか?」

「ああ、それはね、勇者が私以外にもいるからなの」

「勇者は一人じゃないのか?」

「ええ、私以外にあと二人、勇者がいるわ」

「その残りの二人は?」

「二人とも魔王討伐に向かったわ。国の兵士達を連れて」

「勇者だけじゃダメなのか?」

「この世界の地形を分かっていない勇者だけだと道に迷ったりして余計な体力を使ってしまうかもしれないからって言ってたわ」

「それだと国はどうするんだ?」

「うん、勇者全員と兵士を連れて行ったら国を守る者がいなくなる。だから、勇者の中から一人国残って欲しいという風に言われたわ」

「それで、飛鳥が国に残って今この場にいると」

「そういうこと、3人の中で私は魔力が一番低かったみたいで魔王討伐には魔力の高い二人が選ばれたってわけ」

「なるほど」

「ちゃんと伝えられたかしら」

「ああ、大丈夫だ。話しが全部本当ならな」

「ちょっと、それどういうこと」

「飛鳥が妄想の激しい女の子じゃなければってこと」

「何よそれ」

 冗談を交え笑いながら話しをする。他の勇者についてももう少し聞きたかったが、一度別の話を聞くことにした。

「そういえば、魔力って言葉をさっき聞いたけど」

「魔力については私も詳しくは知らないんだけど、魔法を使うために必要なものらしいわ」

「ふむ」

「魔力は生まれながらにして持っているもので、生まれた時点で魔力量は決まるらしくて使える魔法も変わってくるんだって」

「でも、俺達は異世界の人間だろ?」

「環境や文化の違いだって、私は聞いたわ。使う機会が無かっただけで元々持っているはずのものだって」

「そうなのか。飛鳥は何か魔法使えるのか?」

「初級魔法なら全部覚えたわ、後、魔力感知も」

「魔力感知?」

「名前の通りよ、魔力を感知して近くに誰がいるのかとかが分かったりするの。大翔を見つけたのも魔力感知を使ったの」

「俺も魔力出てたのか・・・」

「いきなり現れたから少し驚いたけどね。気になって見に行ったら大翔がいたわ」

 飛鳥が大翔の近くに来るまでに何か異変があったかどうか。飛鳥は、いきなり現れたと言った。それは、大翔に掛かっていたユキの魔法が解けたタイミングと同じだった。その事に気付いた大翔は、ユキの魔法は気配を消すためのものだったのかもしれないと思った。

「早く効果に気付いとくべきだったかな」

「どうかした?」

「あ、いや、何でも無い」

「そう? なら良いけど」

「なあ、魔力や魔法、この世界の知っていること教えてもらえないか?」

「別に良いけど、そんなに詳しいわけじゃないわよ?」

「俺よりは詳しいだろ?」

「それは・・・まあ、そうだけど」

「魔力って自分で調節出来るものなのか?」

「ええ、出来るわよ。同じ魔法でも魔力によって威力や効果が変わってくるわ」

「なるほど」

「口で説明するより実践してみた方が分かりやすいかしら」

「良いのか?」

「ええ、でも今日はもう遅いから明日ってことでいい?」

「分かった。それでお願いするよ」

「うん、それより大翔って、何処か泊まる場所あるの?」

「・・・・あっ」

「まあ、そうだよね」

 大翔は最悪野宿でも構わないと考えていたが、知らないうちに国の方を犯し捕まってしまったら身動きが取れなくなってしまう。どうすれば良いのか悩んでいる大翔の姿を見た飛鳥は

「私が住んでいる場所に空いている部屋があるけど・・・使う?」

「いや、待て。それは、流石に」

「でも、宿の場所知らないしお金も無いんでしょ?」

「・・・・・・すまん」

「まあ、来たばかりだもんね。仕方ないよ」

「・・・・・・ありがとう」

 大翔は、自分が情けなくなりお礼の言葉もまともに言えない状態だった。飛鳥はそんな大翔に優しい笑顔を見せてくれていたが、むしろ大翔の心を余計に苦しめてしまった。

 気を落としていた大翔だったが、この国が飛鳥や他の勇者に対して取った行動について考えていた。

「(勇者を別々にした理由・・・・、自分達で召喚したのに何故?)」

「そんな落ち込まないで、私も助けて貰ったしお互い様ってことで」

「あ、ああ、助かるよ」

「よし、それじゃあ付いてきて」

 飛鳥は席を立ち店の外に向かう。大翔もその後を付いて行く。先に外に出ていた飛鳥は夜空を眺めていた。

「今日は星が綺麗に見えるかなって思ったけど、雲があってはっきりと見えないわね」

 大翔も夜空を見ると、確かに空全体に掛かっている訳ではないが所々薄い雲があった。雲は月にも掛かろうとしていた。まるで光を飲み込むように――。


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