第4章 空からの入国
森を離れ、飛び続けるユキに大翔は聞いた。
「それで、何処に向かっているんだ?」
「カイギルスという国に送ろうかと思っている。一番古い国だから訪問者のことも何か分かるかもしれない」
「確かに歴史が長いところなら色々と情報がありそうだな。この世界のこともまた何か知ることが出来るかもしれないし」
「風の噂では、勇者もいるらしい」
「勇者か、どんな感じなんだろうな。気になるけど会えたらラッキーくらいに思っておくか」
「それと、大翔は自分が訪問者だということは、あまり言わない方が良いかもしれない」
「まあ、誰彼構わず教えるつもりはないよ。訪問者がどういう存在なのかまだよく分からないからな」
「勇者と違って誰もが知っている存在では無いと思う。気を付けておいて損は無い」
「そうだな」
話しているとユキが首を振って下の方を見るように教えてくれた。下を見てみるとかなりの数の建物が建てられている。周りは円を描くように城壁で囲われているようだ。空高くから見ているので細かいところまでは分からないがかなり大きな国のようだ。
「そう言えば、大翔は魔法は使える?」
「魔法?」
「この世界では魔法は一般的なの。実は、今大翔にも魔法を掛けてる」
「そうなのか? 気付かなかったな」
「空は、地上とは環境が変わるから体調が崩れないように」
言われてみると、息苦しくもなく特別寒さを感じることもない。
「凄いな、ありがとう」
「どういたしまして」
「魔法か、使った事無いな。」
「魔獣を助けたときに特別な力を使っていた気がするけれど」
「ああ、あれは魔法じゃないんだよな。う~ん、何て説明すれば良いかな」
腕を組みながら頭を悩ませている。難しい話しでは無いと思うが、魔法との違いをどう説明すれば良いのかがよく分かって無かった。
「えっと、俺は気っていうのを使ってるんだけど、自分の中にあるエネルギーを使うと言うか・・・・」
「それは、魔力とは違うの?」
魔力というまた聞き慣れない言葉が出て来た。気と似たような物なのだろうか。素直に聞き返してみる。
「魔力っていうのは?」
「この世界に生きる物には皆少なからず体内にあるもので、その魔力を使って魔法を使う事が出来る」
「最初から持っているのが魔力ってことか。だったら気とはやっぱり違うんだよな」
また、頭を悩ます。教えて貰ってばかりではなく、こちらもせめて質問されたことにはキチンと返答したいが・・・・。
「う~ん、むむむ・・・・」
「無理に教えてくれなくても大丈夫だよ」
「わ、悪い」
結局どう説明したらいいのか分からず、ユキに気を遣われてしまい肩を落とす大翔。それにしても、ずっと空を飛んでいる。何処かに降りたりしないのだろうか。
「なあ、目的地には付いたんだろう? 降りないのか?」
何だか申し訳なさそうにユキが質問答える。
「いや、実は私国に降りることは出来ないの」
確かにいきなりドラゴンが現れればパニックになるのは目に見えている。
「それじゃあ、何処か近くに下ろして貰えれば・・・・」
「私の体の大きさだと、ちょっと・・・・」
嫌な予感がしてきた。運んで貰っておいて悪いが、ここまで来て森の近くまで戻るのは流石に困る。
「それじゃあ、どうするんだ?」
恐る恐る聞いた、大翔の顔には汗が出ていた。暑いから汗をかいているのでは無く、これから何が起こるのか分からない不安などによる汗だ。
「・・・・・・ごめん」
少しの沈黙があった後、ユキは一言謝り体を反転させ大翔を空に放りだした。大翔は一瞬何が起きたか分からなかった。いや、状況こそすぐに理解したがどうにか出来ることでは無かった。
「大翔は空を飛んでいるのを記憶で見た。だから、大丈夫」
「お前が言うなぁ~~~~~~!!!!」
ユキの言動に対してそれが正しい返答だったかはともかく、大翔の言葉は空に虚しく響き渡り大翔自身は地上に落ちていった。
「ごめん大翔、魔法を掛けておいたから多分大丈夫・・・」
もう姿は見えなくなっていたが大翔が落ちていった方をユキは心配そうに見ていた。
「大翔がこの先、この世界を見て何を感じ、何を思い行動するのか・・・。どうか、この世界を・・・」
ユキは、体を翻しその場を離れていった。
大翔が空に放り出される少し前、カイギルスの街中では・・・。
「さあ! 今日も安くておいしい果物を揃えてあるよ。おひとつどうだい!」
「この店にある武器を使えばどんな奴にも負けないよ! 疑う人は是非自分の目で確かめて見て!」
「人が多いから勝手に離れたらダメよ?」
「は~~い」
どうやら市場であるらしく、屋台も多く並んでいるが人もかなり多い。そんな中一人の少女が大きな声で宣伝している果物屋の前まで歩いて行く。
「すみません、このりんごを一つ貰っても良いですか?」
「まいど! ん? 勇者様じゃないですか!?」
「“様”、なんて付けなくて良いですよ」
少し照れくさそうに答える勇者様と呼ばれた少女は、長く黒い髪を一つに結んでおり長いズボンと少し袖の短い服を着ていた。腰には刀を一本差している。
「何を言っているんですか。この世界を救う為にわざわざ異世界から来て貰っているのですから当然です」
「しかし、私は大したことはしていませんよ」
「またまたご謙遜を。知っていますよ、貴方が困っている人を助けて回っていることは。この間は、強盗を捕まえたんだとか。く~~っ! かっこいいな~!」
「そんな、偶然その場に居合わせただけですよ」
「分かった、分かった。とにかく勇者様がいてくれればこの国、いや、世界は安心だな。はっはっはははは」
「そう言って貰えると悪い気はしませんね」
少女は、笑いながら言葉を返す。
店主と話していると震動で地面が揺れるほどの爆発音が聞こえてきた。
「な、何だ?」
店主が爆発に驚く中、少女はさっきまでの穏やかな表情から真剣な表情に変わり、鋭い目つきで爆発がした方向を見た。すると、遠くの方であるが煙が上がっているのが見えた。
「私は、爆発がした場所を見てきます。今のうちに避難をしておいて下さい」
そう言うと、少女は走って爆発がした場所に向かった。大勢の人混みの間を上手く通り抜けながら目的の場所に近づいてくると人だかりが出来ていた。まだ、少し距離があったが密集していて通れそうな隙間が見当たらない。走りながらどうやって人だかりの中心に入るか考えていると声が聞こえてきた。
「ん~~、やはり外の空気は最高だ。じめじめとした牢屋の中の何倍も何十倍も素晴らしい」「そうだね兄貴、勇者に負けてからだからどのくらい経ったのかな?」
「やめろ! 勇者の話はするな! 思い出しただけで腹が立つ」
「ご、ごめんよ~」
兄貴と呼ばれた方は、背がかなり低く、逆に先程からおどおどしている話し方をしている方はかなり大きく体格もガッチリとしている。
「そ、それより早くここから離れようよ。また、勇者が来たら大変だよ」
「全く何をそんなにビビっているんだ。俺達がこの前やられたのは不意を突かれたからだ」
「でも、こっちの手の内もバレてるし」
「俺のはな、だが、お前のことは向こうは知らない筈だ」
「えっ? そうかな? 顔はバレてると思うよ?」
「そういうことじゃ無い! まあいい、それより随分とギャラリーが集まっているな。そんなに俺達の事が恋しかったのか?」
兄貴と呼ばれている男はじっくりと周りにいる人々を見渡していく。人々はその場を離れようにも恐怖で動くことが出来ないでいる。男は、不適な笑みでじっくりと見ていく。そして、男が目を付けたのは可愛い動物のぬいぐるみを持った小さな女の子だった。不適な笑みを浮かべていた口元はさらに口角が上がりゆっくりと女の子に近づいていく。
「やあ、お嬢ちゃん。可愛いぬいぐるみだね。おじさんもぬいぐるみが好きなんだ。もっと近くで見せてくれないかい?」
女の子は、視線を逸らそうとするが怯えてしまい体が思うように動かない。怯えながらもゆっくりと首を横に振った女の子の体は震えており、目には今にも零れそうなほどの涙が溜まっていた。首を横に振ったのを見た男は、歩みを止めて女の子に背を向ける。
「そうかい? 残念だな。おじさんそういう可愛い物を見ると心がとても熱くなってくるんだ。熱くて、熱くて、どうしようもない時どうすると思う?」
女の子はずっと怯えたまま声が出せないでいる。
「答えられないかい? 正解はね、燃やすんだよ。こんな風に!」
男は、片手に火の玉を作り女の子に向けて放った。火の玉は真っ直ぐに女の子のところに飛んでいき誰もが残酷な結果になると思い目をそらしていた。しかし、火の玉は女の子に当たる直前に二つに割れ人々の頭上で爆発した。人々が目を開けて確認すると、勇者と呼ばれていた少女が刀を抜き女の子の前に立っていた。まだ、状況が飲み込めていない中、少女は
女の子に傍に近づき
「怪我は無い?」
と聞いた。女の子はゆっくりと首を縦に振り大丈夫であることを伝えた。少女は、微笑み
「そう、良かった」
と言った。
状況を少しずつ理解してきた人々は勇者が現れた事に気付くと、先程までの恐怖で静かになっていた時とは空気が変わり、
「勇者様? 勇者様が現れたぞ!」
「本当だ。私達を助けに来てくれたのね!」
その場にいた人々の表情に笑みを浮かべる者も出て来た。
少女は、女の子から離れ爆発を起こし、火の玉を放った男の方に体を向ける。
「爆発を起こしたのはあなた達ね。遂この間、騒ぎを起こして私にやられたばかりなのに。反省していないようね」
「ふん、誰がするか。俺達はお前のせいでじめじめした場所でくそ不味い飯を食わされ続けて我慢の限界なんだよ」
「自業自得でしょ? 悪いことをしなければそんな場所に行くことも無いのよ」
「うるさい! お前さえ居なければ俺達はこの国の人間が恐怖し続ける悪党になれたものを~」
「そんなものになって何が良いのよ? それに私が居なくたってあなた達はいずれ捕まって同じ目に遭っていたわ」
「この間は油断していただけだ、借りは返させて貰うぜ。何倍、何十倍、何百倍にしてな!」
「反省する気は無いようね」
「あるわけ無いだろ! ぶっ殺してやる!」
「そう。なら、もう一度痛い目に遭って貰うわ」
「ほざけ!」
男は声を荒らげ少女をにらみつける。
少女は、男に刀を向けて静かに構えを取る。
男は、両手を前に出し、手のひらを上にむけ炎を出した。
「燃え尽きろ! <<ファイアーボール>>!!」
そう叫ぶと、男は両手を振り下ろし二つの火の玉を少女に向けて投げつけた。勢いよく投げられた炎の玉を少女は冷静に切り捨てた。切り捨てられた火の玉は空の上で爆発した。
「無駄よ、あなたの魔法は私には効かない」
「お、おのれ~~」
「覚悟は良い? もう一度牢屋に送ってあげる」
少女は、鋭い目つきで狙いを定める。男はその目を見てたじろいだ。額には汗が出ており、唇を噛み締めながら睨みつけるが、怯えているのか体は少し震えていた。
「くっ・・・・、くっくく、ふっはっはははは・・・・」
「何が可笑しいの?」
急に笑い出した男を奇妙に思い仕掛けようとしたタイミングを改める。
「いや~、こんなに簡単にいくとは思わなくてな」
「どういうこと?」
「気付かないのか?」
「? はっ! もう一人は何処に?」
少女は、相手が二人いることにはもちろん気付いていた。しかし、目の前にいる男とは違い、前回捕まえたときも、そして少女がこの場に現れた時も誰かを襲うような行動を取っていなかったため、警戒が薄れていた。
慌てて辺りを見回すが見当たらない。あれだけ大きな体が動けば流石に分かるはずだが、何処にも見当たらない。
「もう一人は何処にいるの?」
「さぁな、一人で逃げたのかもな。俺を置いて逃げるなんて酷い野郎だぜ全く」
先程まで追い詰められていた男の表情には嫌な笑みが浮かんでいる。その表情を見て男の言っている事が嘘だという事には気付く。しかし、何処にいるのか分からない状態でいる。辺りに気を配りながら目の前の男への警戒も忘れてはいない。
「どうした? 俺に痛い目に遭って貰うんじゃなかったのか?」
むやみに動けばもう一人が現れて攻撃を受けるかもしれない。上手く避けたとしても周りに被害が出るかもしれない。かといって、今人々に避難するように言ったとしても、人混みに紛れて逃げられる可能性も出て来る。被害を出さずに済む方法を考え続けているが良い案が浮かばない。
険しい表情には汗がにじみ出て来ている。少女が葛藤している様子を見ていた男は、
「ほらほら、どうした? 来ないのか?」
手を招き攻撃を誘い挑発をしてくる。罠だと分かっている為、挑発には乗らないが動けない状態が続き苦しんでいると
「大きな悪い人は土の中に入っていったよーー!」
声のする方を振り返ると先程助けたぬいぐるみを持った女の子が必死に震えた声を出して教えてくれていた。
「ちっ! 余計なことを。だが、もう遅い」
女の子のおかげで地面への警戒をしようとしていたが、少女が反応するよりも早く大きな男が地面から現れた。大きな男は、自分の両腕で少女の両腕を押さえ、そのまま持ち上げた。
「しまった!」
少女は、不意を突かれ反応が遅れてしまい、刀も落としてしまった。両腕を押さえられ体が少し宙に浮いている。どうにか抜け出そうとするが、抑えられている力が思ったよりも強くビクともしない。足は動く為、蹴りを入れてみるが上手く力が入らずあまり効いていない。
「全く、あれほど勇者本人じゃなく、近くにいる一般人を人質に取れと言っておいたのに」
「あれ? そうだったっけ? ご、ごめんよ、兄貴」
「いやいい、俺も予想外だったんだ。こんなにもあっさり勇者様が捕まってしまうなんてな。あっはっはっはっは!」
勇者の身動きが取れない状況を見て高らかに笑う。
「しかも、刀が無ければ大したことないようだ」
「このっ! 放せ!」
少女は、必死にもがいているが抜け出せそうにない。
「無駄、無駄。そいつはかなりの怪力でな、一度捕まったらそう簡単には抜け出せない」
背の低い男は少しずつ少女に近づいていく。
「散々俺達のことをなめてくれたようだから、お仕置きをしてやらないとな。さぁて、何が良いだろうか」
「えっと、朝ご飯を食べさせないとか?」
「お前は少し黙っていろ」
「ご、ごめん」
「俺の魔法で丸焦げにしてやるのも良いし、そのままそいつの怪力で潰してやるのも良いな」
不適な笑みを浮かべながらどういった仕返しをするか考えている男に、少女は今までの中で一番鋭い目つきで睨む。
「おお~~、怖い怖い。そんな顔をするなよ、怖すぎてその綺麗な顔をどんな顔だったか分からないくらい燃やし尽くしてやりたくなる!」
余裕を持った感じで話しをしていた男だったが急に怒りの感情が表れ声を荒げた。
「あ、兄貴落ち着いて」
「そうだな、落ち着こう。クールにいこうじゃないか」
男は、一度深呼吸をし息を落ち着かせた。
少女は、怯むこと無く睨み続けている。
「ふぅむ」
男は、少女の体を良く見ながらこう言った
「ほうほう、勇者様は体も素晴らしいようだ。脚は細く、腰もくびれていて、そして出るところはしっかりと出ている」
「そんな汚い目で私を見ないで」
「いや~、かなり気も強い。そうだ! 勇者様の体をこの国の男共に差し上げよう!」
「っ! 本当に下衆野郎ね」
「何を言っているんだ、これはお前の好きな人助けだよ。男達の疲れた体をお前の心と体で癒やしてあげるんだ」
「あなた達みたいな人は、この国にはいないわ」
「どうしていないと言える? この国の人間は勇者が大好きなんだろう? そういうことを考える奴もいるんじゃないか?」
「悪いけど何を言っても私の心が折れることは無いわ。それに、もうすぐこの国の警備隊が来るわ。そうなったら逃げ場は無いわよ」
「はっはっは、流石勇者様だ。こんな状況でもまだ俺達を捕まえることを考えている」
少女は、強気なままでいるが身動きが取れない事に変わりは無い。心には微かではあるが焦りも出て来ていた。人々には男が何を話しているのか、勇者がどうなっているのかよく見えていない。人々は、勇者が勝つことを信じ
「勇者様、負けるな!」
「そんな奴らやっつけろ!」
「勇者様なら大丈夫です!」
勇者に向かって出来る限りの声援を送る。その声は、少女にしっかりと届いている。少女も声援を裏切らないよう、人々を守る為にと気持ちを高め、腕がちぎれても構わないというほどに力を入れ抵抗するが一向に緩む気配が無い。
「無責任な奴らだ。自分達は、『頑張れ~』だの『負けるな~』だのと声を送るだけで勇者がピンチになっても誰も助けようとしない」
「当たり前よ、ここには力が無い人々が大勢いる。だから、力を持つ者が守らないといけないのよ」
「当たり前だって? 流石勇者は言うことが違う、俺ならごめんだ。もし、俺が勇者だったとすれば良いように使われて最終的には捨てられるんじゃないかと怯えながら過ごしていただろうな」
「私は・・・」
「おっと、それ以上はもういい、勇者と話すのもそろそろ飽きた。さて、体で奉仕して貰う話しだったが・・・・、商品にする前に俺が味見してやろう」
男は少女に近づいていき、手を少女の体に伸ばしていく。
少女は、最後まで諦めず必死にもがき続ける。男の手が徐々に近づき、少女の体に触れようとした、その時
「あああ~~~~!!!」
という声が何処からか聞こえてきた。その声は、その場にいる全員に聞こえていたが何処から聞こえてくるのか分からない。少女は、その声が聞こえてくる方向を誰よりも早く気付き空を見る。
少女が見た先には、凄い早さでこちらに向かってくる何者かが見えた。その距離はすぐに縮まり、そして、少女を捕まえていた男の顔面に蹴りを入れながら倒してしまった。男が倒れたことで土煙が起き、少女は上手く抜け出す子が出来た。中には大きな男と少女と空から振ってきた何者かがいる状態だ。
少女は、何が起きたのか分からなかったが近くにあった刀を拾い、すぐに構えを取る。
「おい、何がどうなってる!」
土埃の外にいた男が仲間に声を掛けている。少女は、大きな男が気絶しているのを確認し声がした方に、意識を集中させ
「空(そら)月(つき)流・夏空・二の型・<<一陣(いちじん)の雨(あめ)>>」
少女が横に振った刀からは水の斬撃が飛ばされた。水の斬撃は、勢いよく土煙を出てそのまま、外にいた男を斬りつけた。
「ぎゃあーーーーー!!!!」
何が起こったのか分からないまま男は、斬撃に軽く飛ばされ背中から地に倒れた。
「殺しはしないわ。生きて、ちゃんと罪を償いなさい」
土埃が晴れ、勇者の姿が見える。そして、大の字になって倒れている大きな男と斬撃をくらい倒れた小さな男に気付くと
「やったー!」
「流石勇者様!」
少女は、二人とも気絶しているのかを確認すると、刀を鞘に収め
「ふぅ~」
と空気を漏らした。一時はどうなるかと思っていたが人々への被害は無く犯人を無力化させることが出来て表情も少し緩んでいた。
「そうだ、さっきの人にお礼を言わないと」
思い出したように、空から振ってきた人を探すが見当たらない。
「あれ?」
首をかしげ何処に行ったのか考えていると
「すみません! そこを通して下さい!」
興奮冷めきれない状態の人々の奥から警備隊が現れた。数は4~5人程でその内の一人が少女に話しかけてきた。
「勇者殿、今回もこの国の人々を守って下さりありがとうございます。代表して、お礼を言わせてください」
「そんな、頭を上げて下さい。警備隊長だって毎日この国の為に動いているじゃないですか」
少女は、いきなり頭を下げられて少し困っていたがきちんと対応した。
隊長と呼ばれた人は、深々と下げていた頭をゆっくりと上げた。隊長は、肌は茶色で、少し年を取っているように見える男性だが、その体は日々の鍛錬が服の上からでも分かる程のものだった。
「それに、私がこの場に居たのは偶然なんです」
「しかし、我々がもっと早く駆けつけていれば少しはお力になれたかもしれません」
「終わったことを気にしても仕方ありません。それに、私は勇者ですから。誰かを守ることは当然です」
「そう言って頂けるとは、本当になんと感謝すればいいのか」
「気にしないで下さい」
「それでは、後のことは我々にお任せ下さい」
「はい、よろしくお願いします。あっ、すみません」
「どうなされました?」
「えっと、ここに来る途中人とすれ違いませんでしたか?」
「どういった特徴を持った人でしょうか?」
「えっと・・・」
少女は、何か覚えていることが無いか考えるが一瞬の出来事だった為、特徴などは記憶に残っていなかった。
「すみません、特徴とかは・・・恐らく男性だったとは思うんですが」
「男性ですか、この場所に来る途中は避難誘導などもしていたため、かなりの人を見てはいるのですが、何か手がかりがないとやはり・・・・」
「そうですか」
「お力になれず申し訳ありません」
「いえ、私の方こそ無理なことを言ってすみませんでした」
「それでは、失礼します」
隊長は、軽く頭を下げ倒れている二人の男の対処に向かった。
「一体何処に行ったんだろう。まだ、遠くには行ってない筈だけど」
もう一度見回して見るがいないようだ。
空から降ってきた人物は、少女の言うように遠くには行っておらず近くの路地裏で身を潜めていた。
「はぁ~、危なかった」
空から降ってきた人物の正体は大翔だった。
「まさか、空を飛ぶために集中してたら鳥達がいきなり来るんだもんな~」
大翔は、ユキから空に放り出された後、いきなりのことで驚いてはいたが冷静に対処しようとしていた。下を見て地上までの距離をおおよそ予測しどのくらい時間がかかるのかまで計算していた。全身に気を巡らせる為に集中し空を飛ぶ準備が整うとしていた時、無数の鳥の群れが大翔のいる方に向かって来ていた。
「やばっ!」
鳥達の接近に気付いても上手く避けられないと判断し体を丸くして身を守ることにした。鳥達は大翔がいることなんて構いもせず次々と通り過ぎていった。大翔は、鳥の群れが通り過ぎていったのを確認し、とりあえず空中に留まろうとするが
「しまった、さっきので気が分散したかな。かといって、もう一度溜める時間は無いし」
時間が無いと考え、残っている気を足に集中させ空気を踏む感覚で空を飛ぶことを考えた。判断事態は間違っていなかっただろう。しかし、今からやろうとしていることは初めてのこと、さらに
「最初は軽く・・・」
軽くと言いながら蹴り出したものは思ったよりも力が強く、勢いよく進み出した。
「ちょっと、力強かったかな。・・・・ん?」
大翔は、足元を見て不思議に思った。本来、国の建物が見えている筈が広い青空が広がっている。そして、青空が広がっている筈の上を見てみると、建物がどんどん近づいているのが分かる。
「・・・・しまった」
実は、鳥達の群れが通り過ぎていった際に体の向きが変わってしまっており、その事に気付かないまま行動してしまったのだ。勢いを止めようにも上手くいかず、せめて頭から落ちる事だけは回避しようとした結果、落ちる寸前、正確には少女を捕まえていた男の顔面に蹴りをいれる前に体の向きを変えることが出来、勢いそのままに落ちた。
上手く受け身を取りすぐにその場の状況を確認する。近くに人がいるのは分かったがどうやら土埃が起き誰にも認識されていないようだったので、そのままバレないようにその場を離れて現在に至る。
「元の世界の時はもう少し上手くやれたと思うんだが、魔法だったっけ? やっぱり、こっちの世界のことをもっと覚えていかないと、もしもの時危ないよな」
路地裏に隠れて一息ついていると、体の周りに薄いオレンジ色のような光が出ているのに気付く。
「これって、ユキの言ってた魔法かな? 一体どんな効果があったんだ?」
弱々しく光っていた光は更に薄くなり、消えてしまった。
「消えた。怪我をしないように、みたいなものだったのか?」
結局どういった魔法だったのか分からないまま光は消え、自分にどんな魔法が掛かっていたのか考えていると
「誰かいるの?」
声が聞こえた。一瞬驚いたが、まだ正確な位置までは捕まれていない様子だった。
「どうする、一旦ここから離れるか。いや、でも、この国のこと何も知らないしな」
誰かが近づいて来るのが分かり、この場を離れるか、姿を見せて話しを聞くか考える。考えた結果
「えっと、何でしょうか?」
姿を現すことにした。何か話しが聞ければラッキー、悪い方向に向かいそうなら逃げればいいと考えた。すると、予想外の反応が返ってきた。
「あっ! 貴方は!」
「ん?」
「先程は助けて頂きありがとうございました!」
「えっと、何のことでしょうか?」
いきなりお礼を言われたが、何を感謝されているのか分からない。
「私が捕まっているときに空から降って来て、私のことを捕まえていた男を倒して私を助けてくれたんです」
「空から降ったのは・・・・はい、俺です」
誰かを倒したかどうかはともかく空から降ったのは間違いなく自分だと思い正直に答える。
「もし、助けて貰えていなかったら今頃どうなっていたか」
「ただの偶然なんで気にしないでください」
「良ければお礼をさせてください。あっ、私は、
「俺は、世良大翔です」
「世良さんですか」
「ああ、大翔で良いですよ」
「それじゃあ、私も飛鳥で」
「後、敬語はやめてもらえます? 何だかむずかゆくて」
「分かり・・・・分かったわ、お互い敬語は無しで」
「うん、それでよろしく」
「そうだ、大翔は異世界から来たの?」
「どうして?」
「この世界で日本人の名前を聞くのは珍しいから」
ユキから異世界から来た人間は少なくないと聞いていたが名前で分かる程珍しい存在だとは思って無かった。
「まさか、名前だけで分かるなんて思わなかったよ」
「半分は勘だったんだけどね」
「勘だったのか」
半分勘で言った言葉に対してすぐに言葉を返してしまったことに少し反省した。あれほど注意深くするように心掛けていたのに。
「そうだ、お腹空いてない?」
「言われてみれば」
思えば、この世界に来て何も口にしていないことを思い出す。急にお腹が空いてきた気がした。
「それじゃあ、何か食べに行きましょう」
「でも、俺お金とか持ってないぞ」
「大丈夫、お礼も兼ねて私が奢るわ」
「そうか、それじゃあ、お言葉に甘えて」
「任せて、勇者に二言は無いわ」
「えっ? 勇者なのか?」
「あっ、まだ言うつもりじゃ無かったんだけど、詳しい話しは美味しい物でも食べながらにしましょ」
「あっ、ちょっと、待っ」
飛鳥は大翔の腕を引っ張りその場を走り出した。大翔は、最初転び掛けたがすぐに体制を立て直し、飛鳥に腕を捕まれたまま走った。
大翔がこの国で初めて出会った人物は勇者だった。世界を救う力を持った二人が出会ったのは偶然か必然か。この時、世界の運命の歯車が回り始めたことを大翔は微かに感じていたーー。
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