第3章 始まりのための知識
目の前に現れた存在に今まで感じたことのないプレッシャーを感じ大翔は自然と身構えていた。逃げることは考えずドラゴンから目を離さずに、全ての行動を警戒していた。自分がこの場を乗り切り死なない為に。
時が止まったかのように森の中が静かになったように感じた。
その静寂を破ったのはドラゴンだった。ドラゴンは口を開き
「どうか、そう身構えないで欲しい」
と声を出した。
大翔は表情に出さなかったが、内心は驚いていた。はっきりとドラゴンの口から言葉を聞いた。人では無かったが言葉を交わせる存在がこの世界にいることが分かった。それでも、分からないことが多いため警戒は解かずにいた。
「貴方に危害を加えるつもりは無い、お礼を伝えに来た」
「お礼?」
何のことだか分からないままドラゴンは話しを進める。
「貴方にはこの森に住む生き物たちを救ってくれた、とても感謝している」
「救ったって、俺何もして無いんだけど」
少し強張った笑顔をしながら言葉を返す。
ドラゴンは首を横に振り
「救ってくれた。瀕死になったダークウルフの怪我を治し、自我を失い暴れていたニードルベアー止め殺さず、その子供を殺させもしなかった。」
確かに、力を使って治療をしたり、暴れていた魔獣を大人しくさせていた。
「ダークウルフが重傷になったのも、どうやら暴れていたニードルベアーと衝突してしまいその時に傷を負ったようだった」
「どうしてそんなことを知っているんだ」
「私が・・・この森の管理をしているからだ」
「管理?」
「私はこれでも、この森の中で一番強い存在。そのため、生態系を維持するために私がこの森を管理することになっている」
「だから、俺がこの森でしたことを知ることが出来たと」
「・・・その通り」
「管理するほど強いんだったら、暴れていたニードルベアー? を止めることが出来たんじゃないか?」
ドラゴンを前に身構え警戒していたが、話しを聞き少し憤りを感じていた。それほど強いのならさっきの魔獣を苦しませずに、大人しくさせることが出来ていたのではないかと考えていた。
「返す言葉もない。他の場所を見ている時に問題が生じていることに気付き、急いで戻った時には貴方が解決してくれていた。本当に感謝している」
「本当にこの森を管理しているのか怪しいものだな」
「確かに証明する物は何もないが、どうか信じて欲しい。」
ドラゴンの鋭くも、しかし何処か温かく、強い光を感じる目を見て、構えを解いて力を抜いた。
「分かった、信じる、それに俺が勝手にやったことだよ」
「ありがとう、・・・本当に、ありがとう」
ドラゴンは深々と頭を下げ感謝の意を示した。さっきまで警戒していた相手に感謝をされて嬉しくも何処か落ち着かない感じになった。
ドラゴンは顔を上げ、
「私に出来ることがあれば何でも言って欲しい」
「本当か? それは、助かる。右も左も分からない状態だったからな。色々情報が欲しいんだが・・・その前に、名前を教えてくれ」
「私のか?」
「ああ、森の管理人て毎回呼ぶのも何か嫌でさ」
「そうか、しかし、すまない私には名前が無いんだ」
「そうなのか?」
ドラゴンは静かに頷く
「その、こんなことを頼むのは変だとは思うのだが名前を付けては貰えないか?」
「俺が?」
「ああ、ダメだろうか?」
「いや、ダメじゃ無いけど」
大翔は色々と考えるが良いのが浮かばない。ドラゴンの姿をよく見ると全身綺麗な白色だった。それを見て
「ユキ、なんてのはどうだ?」
「ユキ?」
「そう、白くて綺麗な姿をしているからユキ、・・・気に入らなかった?」
「いや、ユキ、良い名前」
「そうか、それなら良かった」
「それで貴方の名前は?」
「ああ、そうだった。俺の名前は
「大翔、分かった」
「それで色々と聞きたいことがあるんだけど」
「私の知っていることなら何でも答える。異世界から来た訪問者」
「ああ、助かるよ、・・・ちょっと待て、今俺のこと何て言った?」
「大翔が異世界から来たと言った」
「・・・どうして、それを」
「大翔はこの世界のことを何処まで知っている?」
「悪いけど何も、質問し出したらきりがないくらい」
「・・・・・少し待って」
「ん?」
ユキは、目を閉じ集中し出した。すると、ユキの体が光り出し徐々に小さくなり形を変えていく。大翔より少し小さくなると光は消え、そこに立っていたのは銀色の髪をした少女だった。
大翔は何が起こったのか分からず、目を大きく見開いている。
「えっと、ユキか?」
「うん、久しぶりにこの姿になったけど、上手くいって良かった」
大きな魔獣やドラゴンを見ても冷静に状況を把握しようとしたが、今回は驚きを隠せずにいた。
「ドラゴンって皆、ユキみたいに人の姿になれるのか?」
「ううん、私は特別、私は龍神族だからこの姿になれるの」
「そ、そうか、龍神族か」
正直、龍神族と言われてもピンとは来なかったが今は詳しく聞かないようにした。
「それよりも、どうしてその姿になったんだ?」
「この姿の方が話しやすいんじゃないかと思って、それにこの姿じゃないと出来ないことがあって」
姿が変わったからそう感じるのか、ユキの口調はさっきよりも柔らかくなっているように感じた。
「何をするんだ?」
「大翔の記憶を少し見せて欲しい、この世界についてどれだけ知っているのか、何を教えればいいのかがはっきりするかもしれない」
「なるほど、そういうことか」
ユキの話しを聞き少し考える。記憶を見られるということは、自分の過去も知られてしまうのではないかと思った。
「記憶って、全部見られるのか?」
ユキは首を横に振り
「関連するかもしれない記憶だけ、それに本人が見られたくないと思う記憶は見ることは出来ない」
「そうか、それは良かった」
「迷惑?」
「いや、そうじゃなくて、俺にも知られたくない恥ずかしい過去とかもあるからさ」
そうやって軽く笑いながらユキに話す。笑い方が不自然だったのか、ユキは不思議そうに見ていた。大翔は、ユキから目をそらし心を落ち着かせ、
「それじゃあ、この世界のこと何も分かってなくて教えるのが大変かもしれないけど宜しく頼む」
「うん、分かった。それじゃあ、大翔の記憶見させて貰うね」
ユキは、大翔に近づき右手を頭に乗せた。思っていたよりも近くに来たため、心臓の音が早くなる。落ち着かせようとするが、さらさらとした髪に透き通るような肌、そして綺麗な顔が目の前にあれば、落ち着かせようとしても無理な話である。
この世界で目が覚める前にみたあの時の少女とも似たようなシチュエーションがあったことを思い出し、さらに鼓動が早くなってしまう。
「大翔、目をつむってくれる?」
「えっ?わ、分かった」
ユキに言われ、慌てて目をつむった。気味悪がられるような行動を取っていなかったかと不安に思いながら。
大翔が目をつむったのを確認し、ユキも目をつむり集中し、記憶を見ていった。
お願いしている側がいつまでも集中出来ていないのは悪く思い、一度深呼吸をした。早くなっていた鼓動は落ち着いていき、そのまま集中した。
記憶を見終わったのか、ユキは大翔の頭から手をどかし少し後ろに下がった。
「もう、目を開けても大丈夫」
「どうだ? この世界のことは何も無かっただろ?」
自分がこの世界について何も知らないことは事実だ。何か知っていたであろう祖父からは何も教えて貰えずにこの世界にやってきた。一人だけ少女に会ったが会話が出来ず何も聞けなかった。それから、ユキに出会うまで言葉を交わせる存在に会うことが出来ずにいた。
大翔は、目を開けユキを見る。ユキの目からは涙が流れ頬を伝っていた。それを見た大翔は驚き
「ど、どうしたんだよ、急に」
「・・・ごめん、あまり深くまで見たつもりないはずなんだけど」
ユキ自身も分からない事で少し驚いていた。
「何があったのかまでは分からないけど、昔とても辛いことがあったってことだけは感じることが出来た」
「記憶を見ただけなんじゃないのか?」
「うん、記憶だけを見た筈だったんだけど、大翔の奥にある記憶から見てもいないのに感情が流れ込んできて・・・」
大翔は下を向く。ユキが感じたであろう記憶にはもちろん心当たりがある。それは、いくら時間が経とうと消える事の無い記憶。しかし、その記憶は奥底にしまい込み表に出さないようにしていた。
「・・・悪い、抑えてたつもりだったんだが」
「大丈夫、もう落ち着いたから。それに、記憶を勝手に見たのは私だから」
ユキは、深呼吸をし大翔に笑顔を見せた。大翔は、記憶のことを話すか迷った。ユキには悪いと思いながら話さないでおくことにし、両手で頬を軽く叩き気持ちを切り替えた。
「よし! それで、俺の記憶を見て何か分かったことはあるか?」
「大翔自身、やっぱりこの世界について知らないことが多いみたい」
「まあ、そうだな」
「それで、まずはこの世界について少し教えようと思う」
ユキは、近くの切り株に座り、手を招いて大翔にも向かい側に座ってもらうようにした。大翔は、言うとおりにユキの向かい側に座った。
「この世界には、異世界から来た人間はあまり珍しい存在じゃないの。ものすごく多いかと言われるとそういう訳ではないのだけれど」
「てことは、俺と同じような奴らが他にもいるってことか」
「異世界から来たていう意味ならそうなるけど、立場的には違う」
「立場?」
「異世界から来た人達は大きく3つに分けられるの」
ユキは、指を3本立てて説明する。
「一つ目は、迷い人と言われる人達。この人達は、この世界と別の世界が繋がった亀裂に偶然入ってしまい、この世界に現れた人達のこと」
「ふむふむ」
「二つ目は、勇者。勇者は、人々を守る為に異世界から召喚された人達のこと」
「勇者って一人だけじゃないのか?」
「その時によって違うみたい、一人だけ召喚することもあれば、複数人召喚することもあるんだとか」
「そんな頻繁に召喚されるものなのか?」
勇者という言葉を聞いて少し関心を示していたのだが、大翔自身が思っていたものと違うような感じがした。
「昔は、魔王を倒すという目的の為だけに召喚されていたみたいだけど、最近だと国の力を示すために召喚する場所もあるみたい。ただ、何度も使えるものじゃないし一度に召喚出来る数にも限りがあったはず」
「そうなのか、勇者って何となく格好いいイメージがあったんだけどな」
勇者と聞いて少し期待する部分もあったが話しを聞いていると思っていたものと違うようなので少し落胆し肩を落としていた。
「私も詳しく知っている訳では無いから本当かどうかは知らないけれど」
「自分で確かめてみろってことかな」
「それで、最後の三つ目が・・・」
「訪問者?」
ユキは、コクりと頷く。
「そう。訪問者は、さっき話した二つと違って現れる場所が決まっているの」
「それって・・・」
「この森、細かく言うなら<<始まりの樹>>がある場所に現れるの」
「<<始まりの樹>>?」
今は、他の木々があって確認出来ないが、恐らく大分離れたと思うこの場所でもその存在感は伝わって来る。
「記憶を見せて貰った時に、始まりの樹の根元で目を覚ましたのは分かってる」
「それはそうなんだが、俺のことを訪問者って言った時はまだ記憶見てなかったろ。どうして分かったんだ?」
「そもそもこの森には、人は入ることが出来ないの」
「どうして?」
「始まりの樹は、この世界の中心なの。もし、始まりの樹が枯れたり倒れてしまうようなことがあればこの世界は消えてしまうと言われているわ」
「そんなに重要な存在だったのか」
「だから、この森で貴方を見つけた時点で訪問者だと分かっていたの」
「なるほど」
ユキから聞いた話を頭の中で整理してみる。その中で疑問に思ったことを質問してみる。
「なあ、どうして訪問者と呼ばれる奴らはこの森に現れることになってるんだ?」
「勇者は、人に呼ばれて召喚されるけど、訪問者は、世界に召喚されていると言われているの」
「世界に?」
「この世界の中心は始まりの樹だってことは説明したでしょ?」
「ん? ああ」
「始まりの樹が世界の危機を感じた時に召喚するのが訪問者なの」
「世界の危機って、そういうのは勇者が救うって話しじゃないのか?」
「勇者は、魔王を倒すという意味では人々を救っているのかもしれないけれど、それでは世界を救ったことにはならない」
「何が違うんだ?」
「始まりの樹が亡くなったら世界が消えるの。そこには魔王なんて関係ない」
「勇者が聞いたら泣きそうだな」
「始まりの樹が世界を救うと感じた人間をこの世界に召喚する」
「他にも訪問者っていたのか?」
「伝説という形で語り継がれているけれど・・・」
「あくまで伝説だから確証は無いってことか」
ユキの話しを聞いて少なくとも自分がこの世界でどういう存在なのかを知ることが出来た。それでも、謎は多いまま。
「俺がその訪問者だっていうのは分かったけど、具体的に何をすれば良いんだ?」
「それは私にも分からない」
「参ったな、これじゃ結局どうしたらいいのか分からないままか」
「伝説では、声が聞こえるらしい」
「声?」
「そう、始まりの樹からの声が」
そう言われて、この世界で目を覚ます前の場所で見た少女を思い出した。
「もしかして、あの娘が・・・」
「何か、心当たりでもあった?」
「ああ、少しだけ。でも、声は聞こえなかった」
「もしかしたら、これから聞こえるかもしれない」
「そんなに悠長に構えてて良いことなのか?」
「分からない、けれど大翔がこの世界に来たのには必ず意味がある。だから、この世界を救って欲しい」
ユキは、立ち上がり大翔に深々と頭を下げた。その姿を見た大翔は少し困った表情をしていた。
「どうしてユキが頭を下げるんだよ」
「世界を救ってくれる恩人への感謝の気持ち」
「まだ、何もしてないんだけどな」
いつまでも頭を上げてくれないので肩を軽く叩いて、頭を上げて貰った。
「まあ、何か起きたときは出来る限り頑張るよ」
「うん、ありがとう」
不意に向けられた笑顔にドキッとしながらも、大翔は冷静を装った。
「しかし、これからどうするかな」
「何処かの国に行ってみるのはどう? 私からは教えられ無かったこと分かるかもしれない」
「そうだな、それじゃあまずこの森を抜けるとしようか」
「それなら私が送り届けてあげる」
「それは、有り難いけど、管理人が森を離れても大丈夫なのか?」
「大翔のおかげで今は落ち着いているから。それに、この森を歩いて抜けるのは普通の人間なら一週間くらいはかかると思う」
「そ、そんなに?」
「うん」
「・・・頼む」
「うん、任せて」
流石に一週間歩き続けるのは厳しいと判断し、ユキに頭を下げてお願いした。ユキは、了承すると大翔から少し離れ集中した。ユキの体を光りが覆い徐々に始めに会ったドラゴンの姿に変わっていった。最初に出会った時の威圧感などは、もう感じていない。
「さあ、背中に乗って」
ユキは、大翔が乗りやすいように体制を低くした。先程まで少女の姿をしていた背中に乗ることを考えると少しためらいもあったが、その行為に感謝し背中に飛び乗った。
「しっかり、捕まって」
「おう」
ユキは、大きな翼を広げ空に向かって真っ直ぐ飛び始めた。そのスピードは徐々に上がって行き、風が体に思いっきりぶつかってくる。かなりの高度に来たのか、ユキは一度空中で止まりその後ゆっくりと進み出す。下を見てみると森全体が見渡せていた。さっきまでいた場所が分からない。森の広さにも驚いていた大翔だったが
「これだけ大きかったら、そりゃあ世界の中心になるよな」
太陽がかなり近づいたと感じる高さまで飛んでいたが、始まりの樹の高さはそれよりもまだ上に伸びていた。近くにいても分かるその存在感は遠く離れてもなお消えなかった。
「あの存在を守れって、一体これから何が起こるっていうのかな」
まだ、見えない未来に不安な気持ちを抱いている筈の大翔の顔には少し笑みが浮かんでいた。綺麗な青空の中をゆっくりと進むドラゴンの背中には心地よい風が流れていた。
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