第2章 認識
目を覚ますと開けた森の中にいた。まだ、意識が朦朧とする中辺りを見回す。誰かがいる気配は無く、どれだけ遠くを見ても木々しか見えなかった。意識がはっきりし始め、違和感を覚える。眠っている間、何かを背中に預けていた。ゆっくりと背中を預けていた方を見ると、
「スゲー、何だこれ」
そこには、大きな樹が立っていた。幹はかなり太く、その幹から伸びている枝は太陽の光をほとんど遮ってしまっている。そして、樹のてっぺんは何処にあるのか分からないほど空に伸びていた。
「ははっ、こんなバカでかい樹は初めて見るな。」
もう一度辺りを見回してみる。
「正直、異世界に来たとか実感なかったけど、これは俺がいた世界じゃ見ること出来ないよな」
樹に触れてみると、今までに感じたことのない物が体の中に入って来た。とても大きく力強い、しかし、とても温かく優しい。
「何だか、不思議な感覚だな」
少し樹から離れ、まだ不思議な感覚が残っている中、清志から言われたことを思い出し、考えていた。
「さて、ここは恐らくじじいが言ってた異世界なんだろうな。そして、俺にしか見えなかった扉? でここに来た。でも、俺がここに来た理由は自分で考えろと。・・・はあ、まじで何をすればいいんだ。情報がなさ過ぎるぞ」
ふと、最後に清志が言っていたことを思い出す。
「『時間がない』か、一体どういうことだ? もしかして、あの扉は長い間開いているものでは無かったのか、それとも他に・・・」
何か少しでも情報を得られないか集中し考えるが、
「ああーー、ダメだ、分かんねえ。・・・仕方ない、とりあえず何か行動するしかないか」
そういうと、森の方に歩みを進めていき、森に入る一歩手前で一度立ち止まった。
「そう言えば、あの娘は一体・・・」
振り返り、自分が目を覚ました場所を見る。そこには、この世界に来る前に出会った少女が立っていた。
「なっ!」
目をこすり、もう一度見る。しかし、誰もいなかった。
「・・・気のせいか、いきなり幻覚を見るとか先が思いやられるな」
軽く頭をかきながら森の中へと入っていった。
森に入って少したってから、
「しかし、最初にあの大きな樹を見てなかったら異世界って気付かなかったかもな」
森に入ってから見てきたものは、大翔がいた世界と何も変わらないように見える。生き物も何度か見たが、ウサギやリスなど、あっちの世界でも見ることが出来る動物だった。
「異世界といっても、何もかもが違うって訳じゃないのか」
さらに先に進んで行くと、何かのうめき声が聞こえてきた、恐らく人の声では無いだろう。声がする方に向かうと
「あれは、オオカミか? いや、それにしては少し大きいか」
見つけた生き物はオオカミよりはやや大きく、全身黒い毛に覆われていた。
「もしかして魔獣ってやつか? ようやく異世界感が分かるようなのが出て来たな」
見たところ魔獣は一匹しか見当たらない。
「しかし、機嫌が悪いのか? ずっと牙を出したままだな。ここは、さわらぬ神になんとやらだ。見つからないように動こう」
方向を変えて別の道に進もうとした瞬間、どさっ、と何かが倒れるような音がした。音がした方を見るとさっきの魔獣が倒れていた。関わらないようにしていたが様子が気になり魔獣に近寄ると
「なんだこれ、凄い傷だ」
よく見ると至る所に、何かに噛まれた跡や引っ掻かれた傷があった。
「縄張り争いでもあったのか、だとしても、これだけの傷は・・・」
かなり衰弱していたが、まだ息はあった。この魔獣を助けるか悩んだが、やはり見捨てることは出来なかった。覚悟を決めると、
「ちょっと、待ってろ。今、治してやるから」
片膝を地面に付き、右手を魔獣の背中に乗せ、そして
「<<癒やしを>>」
と言った。すると、魔獣の体が光り出し、少しずつだけど確実に傷を治していった。光がなくなると傷もなくなっていた。
「この世界に来て初めて力を使ったけど、どうやら上手くいったみたいだな」
少しして、魔獣の意識が元に戻り、大翔に気付くと、距離を取り警戒態勢になった。
「やっぱりそうなる? 一応お前の傷を治してやったんだけど」
言葉が通じたのか、魔獣は体を確認し、大翔に向かってお辞儀をした。それを見て嬉しくなり笑顔で
「おう、どういたしまして」
と言った。魔獣はその後すぐに走り出し森の中に消えていった。
「元気になったみたいで良かった。それじゃあ、俺もまた進みますかね」
立ち上がり、服に付いた土を軽くはたいて落とす。森の中をまた進みだそうとすると
「グオォ~~~~~!!」
何処かから叫び声が聞こえてきた。先ほどまで静かだった森から多くの動物たちが現れ、一目散に走り去って行く。
「急にどうしたんだ、あっちは・・・叫び声がした方だな、行ってみるか」
動物たちが逃げてきた方に向かって走り出す。走り続け先ほど聴いた叫び声の犯人であろう生き物がいるところまでたどり着いた。
「なるほど、これは逃げるよな」
大翔が目にした物は、3メートルは優に超えるクマのような魔獣だった。鋭い爪を持ち、毛の色は赤く、そして肩からは大きなトゲが二本生えてきていた・
「見た目だけならクマかもとか思ったけど、そんなことは無かったな。なんだよ、あの肩、どうやったらあんな風に育つんだよ」
魔獣の方はまだこちらに気付いていない。
「さて、どうするかな。気になって確認しに来たけど、相手をする必要は無いよな。・・・ん?」
もう一度様子を見ると、魔獣の体から黒い影が出ている。
「何だ、あれ?」
黒い影が大きくなると、魔獣が急に苦しみだした。よほど苦しいのか暴れ回り近くの木々をなぎ倒していく。
「やばいっ!」
大翔の方にも近づいてきて、大きな腕を振り下ろそうとしていた。その事に気付いた大翔は、すぐに離れ、魔獣の真横に飛び出した。さっきまで自分がいた場所を見ると、木々は吹き飛ばされ、地面に穴が開いていた。
「今のまともに受けてたらやばかったかな。避けて良かった気もするけど・・・」
魔獣は、自分の横に立っている存在に気付き、顔を向ける。鋭い目付きで殺気を放っているが、大翔は冷静に状況を把握する。
「見つかったか、動きはあんまり早くないみたいだし逃げ切れるか?」
逃げ道を確認するために周りを見ると、二匹の魔獣がこちらに近づいて来る。外見は子クマだが肩から小さなトゲが生えている。
「もしかしてあいつの子供か? だったら、そっちに気を取られるだろうからその間に・・・」
二匹が駆け寄って行き、それに気付いた大きな魔獣は二匹の方に体を向ける。その様子を見て逃げる準備をする大翔だったが
「おいおい、嘘だろ?」
先ほど地面に穴を開けたときと同じように腕を高く上げている。二匹の魔獣に狙いを定めながら。
「この世界での親子のスキンシップ・・・じゃないよな。明らかに殺す気じゃねぇか! くそっ!」
二匹は無邪気に駆け寄って行く。魔獣が二匹に向かって高く上げた腕を振り下ろすと同時に、大翔は飛び出し間一髪振り下ろされた腕よりも早く二匹を両腕に抱えその場を離れることが出来た。衝撃で土煙があがりその間に、少し距離を置き魔獣の死角から様子をみた。
「結構ギリギリだったな・・・って、おい、こら、暴れるな」
二匹がいた場所には、大きな穴が。恐らく、大翔が助けなければ二匹の体はバラバラになっていただろう。その現状を見ても二匹は、魔獣に近づこうとしている。あの魔獣を呼んでいるのか、小さい鳴き声を必死に出しながら、大翔の腕から抜け出ようとしている。
「やっぱり、この二匹の親なのか、あの大きい方は。それが本当ならどうしてあんなことを」
魔獣の様子を見ながら考えていると、黒い影がさっきよりも大きくなった。影が大きくなるとただでさえ大きかった体がさらに一回り大きくなった。叫び声だけでかなりの衝撃が伝わってくる。凶暴だった魔獣が体が大きくなりさらに凶暴性が増した。しかし、大翔はその姿に違和感を覚える。
「気のせいかと思ったが、やっぱり苦しんでるよな。黒い影の影響で暴れるようになったのなら、あの影をどうにかすれば落ち着いてくれるかな。でも、どうすれば・・・」
親の苦しんでる姿が分かったのか、二匹はさっきよりも激しく暴れ魔獣のところに向かおうとする。離さないように力をいれていた大翔だったが、必死になっている二匹の様子を見て
「そうだな、子供だって親が心配になるよな」
そっと、二匹を地面に下ろし
「ちょっと、待ってろ。今助けてきてやるから」
魔獣がいる方に体を向け、ほんの一瞬で魔獣の目の前に現れた。いきなり現れた大翔に驚き、暴れていた魔獣も動きを止める。しかし、すぐに殺気を放ち威嚇をしてきた。
「お前の子供達が心配してたぞ。少しは、落ち着いたらどうだ」
魔獣は威嚇し続ける。
「何処か調子が悪いところあるのか? だったら見せてくれないか、医者って訳じゃないけど俺でも治せるものかもしれない」
しかし、大翔の言葉は理解されず、また腕を大きく振り上げ攻撃しようとしていた。
「言葉が伝わればと思ったけど、無理か。それじゃあ、悪いけど・・・」
言い切る前に大きな腕は振り下ろされていた。振り下ろされた腕が地面に当たる前に魔獣の懐に入り、魔獣の体の中心に右手を置き、
「ふっ」
と空気を吐き、衝撃波を与えた。衝撃波は魔獣の体を貫通し、その衝撃で体が宙を浮き、魔獣は気を失い地面に倒れた。
「ひとまずこれで大人しくなったかな」
気を失った魔獣に近づき影を調べようとすると、影は魔獣の体から出ていきそのまま消えてしまった。
「消えた? 結局あれは一体・・・」
魔獣の方を見ても影の気配は何処にも無く、最初に目にした大きさに戻っていた。
「勝手に消えてくれたならラッキーだったな、気を失わせたのはいいがあの影をどうにか出来るか分からなかったしな。・・・それにしても今回起きたことはこの世界では普通のことなのか、それとも異常なのか。・・・分からないことが増えたな」
少しでもこの世界のことが分からないかと、今までのことを思い返しながら考えていると、足音と小さな鳴き声が聞こえてきた。音のする方を見ると倒れた木々を避けながら二匹の子供が近づいて来ていた。大翔を見て一度足を止めるが、倒れている魔獣に気付くと急いで側に寄った。一匹は顔に近づき頬を舐め、もう一匹はお腹に近づき頭で小突いている。二匹とも親が目を覚まさないので心配しているのだろう。
「大丈夫、気を失ってるだけだ。怪我も無いから安心してくれ」
優しく声を掛けるが、二匹とも落ち着かない様子だ。すると、気を失っていた魔獣が目を覚まし、ゆっくりと体を起こしながらその場に座り込んだ。魔獣は自分が何をしたのか覚えていないのか不思議そうに辺りを見回している。視線を少し下げると、不安そうに見つめてくる二匹を確認した。二匹とも親が起きてくれたのは良いが、どうしたらいいのか分からずにいる。その様子を見た魔獣は、二匹を殺そうとしていた腕で、今度は優しくそっと抱きしめた。大きな腕の中で二匹ともほっとした顔をしている。
「やれやれ、さっきまで自分が何をしていたのか覚えていないのかね」
そんなことを言いながらも、三匹の様子を見て、優しい表情を浮かべていた。
魔獣は地面に子供を下ろし大翔に近づくと深く頭を下げた。二匹も真似をして小さく頭を下げた。
「今度は、自分の子供は自分で守れよ。ましてや、殺そうとするなんてことは二度と無いように」
大翔の言葉を聞いた後、頭を上げると背中を向けて森の中に入っていった。その後を離れてしまわないように二匹も急いで後を追っていった。
「少し疲れたな、休憩してからまた動き出すか」
三匹が見えなくなり、休憩しようと魔獣が暴れて被害を受けていなかった場所まで移動し木に腰を掛けた。
「まだ、日は高いな。今日中にこの森を抜けられるといいんだが」
空を見ると、太陽は真ん中に差し掛かるところだった。
「最悪野宿だな、さっきみたいに魔獣とはもう関わりたくはないが。・・・待てよ、そもそもこの世界に人はいるのか?」
大翔がこの世界に来てから時間は半日も経ってはいなかったが“最悪”という言葉が引っかかってしまった。
「ここが異世界だと言うなら、人がいない事だってあり得る。いや、そもそも意思疎通出来る存在がいるのかも分からない」
不意に発してしまった“最悪”という言葉により、悪いことばかりを考え始め、頭を抱えながらもう一度空を見ると、小さな黒い点が見えた。手をかざし、よく見ると徐々に大きくなってきている。
「何だ? 鳥か?」
鳥のように見える物体は、こちらに近づいて来ているのが分かる。近づき大きくなるにつれ少しずつ正体が分かってきた。大きく広げられた翼、鋭いかぎ爪、大きな尻尾、全体の大きさは先程の魔獣とは比べものにならない。
「は、ははっ、これは流石にあっちの世界じゃ、見ることなんて出来ないよな」
大翔の目の前に降り立った物の正体は
「初めて見たな、ドラゴン」
ドラゴンが降り立った森はさらに静けさが増していたーー。
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