第20話 猫の戯れ

時は少し戻る。


レトゥワルとアルフがレンガ作りの魔物主要拠点へ向かうところで、1人の女はそこから300メートルほど離れた位置に来ていた。


「(さてと。レル君とラパペスは頭を潰しに行ってくれてるわけだし。私は周りの拠点を潰しますか)」


私は少し首を回して、いつも通り身体強化をかける。


体に力がみなぎり、『魔術をかける状態よりも心地良い』。


これが私の特徴なのかもね。


普通の人は身体強化を使うと全身に負担がかかるけど、私はむしろ逆。


戦闘本能が刺激されるのか知らないけど、体調も良くなるというか。


とりあえず体の柔軟体操をしていたら、前方と背後から魔物の気配がしてくる。


「お、こいつはイイ女だ…おい、お前。ターワー様の拠点に来るとは良い度胸だな」


「ん?なに?私今、体操中なんだけど」


「あっ?話聞いてんのか?ここはな…」


うるさいなぁ。


とりあえず見せしめに。


私は腰につけている投げナイフを抜くと、何やら話してるオークに投擲。


興味なさげにまた体操に戻る。


「ぇ…あっ…」


全身筋肉ダルマのオークは自身の状態を把握すると、そのまま死に絶えた。


首と体が離れているけど。


周りの魔物は今の光景に数秒経つと気付いたのか、私に向かって遅いかかってくる。


「んー、仲間意識ってのもあるのね」


私は欠伸をしながら、向かってくるオークの群れ…約15匹をチラリと見ると右足に力を入れて地面に少し当てる。


とりあえずこっちからでいっか。


靴のつま先をほんの少し地面に突き刺すと、そのまま上に蹴り上げる。


すると、過剰な力で大地はめくり上がり、オークの群れに向かって地割れが起きる。


完全に弱いものイジメだなぁ。


地割れで地中深くまで穴があいたところにオーク達が落ちていくのを見届けると、背後からの群れにもチラッと目を向ける。


「(こっちは楽に終わりそうね。私はこういう群れよりもタイマンの方が得意なんだけど。役割逆の方が良かったんじゃないかしら。ラパペスは全域同時攻撃得意なわけだし)」


同じように数秒でオークの群れを奈落に落とした私は大きな地面の割れ目をジッと見つめる。


転落死なんて呆気ない。


風魔術なり、身体強化なりで這い上がって来ればいいのに。


私は柔軟体操を終えると、ラパペスの指示通りにオークの拠点を1つずつ破壊していく。


残り2つとなった時、背後に殺気を感じた。


「なに?私の背後を取って勝ったつもり?」


「っ…!」


あえて無防備にしてたらこの食い付き。


ほんと雄は人間も魔物も変わらないのね。


「何故だ…!俺は隠蔽魔術で気配を…!」


「ふふ。それ本気?そんな程度で誤魔化せるわけないわよ。私だって索敵魔術使ってるわけだし」


「はっ…?魔力反応なんてないのにどう」


他の個体よりも知性と魔力を感じる深緑の体表をしているオークが最後まで言う前に私は少し強めに裏拳を放つ。


まともに顔面で受けたそいつは両目と鼻が潰れて2メートル後ろに吹き飛ぶ。


「がぁっっ!!」


「だらしない。女に力で負けて悔しくないのかしらねぇ」


ほんと、私に力で勝てるやつは見たことない。


ラパペスも単純な筋力はそこそこだけど、勝てるし。


…あの反則狙撃魔術と術式変更を使われたらとっても厄介だけど。


無愛想な隊長を考えると気分があまりよろしくないので、それをオークにぶつける。


倒れているオークの首をナイフで切り離すと血まみれになったそれをそこに捨てとく。


私にとって武器は消耗品なの。


「残り1つ。ターワー?ってやつは自分の住処以外無頓着なのね。こんな弱い魔物配置してるなんて中々無いわ」


私は独り言をぼやきながら、最後の拠点まで足を運んだ。


そこは他のキャンプ地よりも頑丈な作りで、レンガ作りになっていた。


ラパペスの話では頭はレンガ作りの建物にいるという話だけど。


情報を洗っても今回の件は手がかりが少ないし、行き当たりばったりだわ。


とりあえず、お邪魔しましょ。


私は入り口と思われる扉をトントンとノックする。


すると、体の力が一気に抜けてその場に倒れ込んでしまった。


「キキキ。かかったな、恋愛ラムール。それはある一定の行動をしたときに発動する儀式魔術。『ドアに触れる』を合図に対象者の筋力を一時的とはいえ、赤ん坊程度まで落とすことができる」


全身真っ黒な名も無きデーモンはニタニタと笑いながらキャンタルに近付く。


「お前が筋力バカなのは知っているからな。まずはそれを封じる。あの猟犬には基本的に魔術が利かんからな。魔術耐性が低いお前と相性が良い俺様が選ばれたわけ。それにしてもイイ女だ。殺す前に少し味見を…」


「その辺で良いかしら。私ってイイ女だから男を立てるのよ。自分の魔術をペラペラ話すのって魔術師共通なの?自慢は良いけど情報ってかなり重要よ?」


「はっ!お前!なん」


私はデーモンが話す前に一歩で5メートルの距離を稼ぐとそのまま首を180°回転させた。


グギリと骨が砕ける音が聞こえるとデーモンの目は光を失って体の力が抜けた。


「全く。私の魔術耐性が低い?そんなのデタラメに決まってるのに。攻撃魔術を使わない=魔術に弱いって単調ね」


そもそも私は攻撃魔術を使えないだけで、補助魔術は使えるし。


むしろ、攻撃手段が接近戦に偏るからこそ、そういった類の魔術を習得してる。


さっき無様に倒れた私だって、幻惑魔術でデーモンに見せてた幻だし。


不用心に敵の拠点を触るわけが無い。


私は今度こそ周囲から生体反応が消えたことを索敵魔術で知ると、拠点の周りの大地を踏み砕き、建物を地割れの下に落とした。


これでよし。


「(こんなもんかしらね。あーあ。つまらない仕事だったわ。どうせならラパペスの相手をしてる半魔人ハーフとやりたかった)」


隊長の指示に不満を抱えつつ、私は一足先に城下町に戻った。


ラパペスの助太刀をしないのかって?


指示されてないし、そもそも第3期アルカナイト部隊はまだ正式に決まってないからね。


アイツなら何とかしてると思って先に戻ることにするの。


それより、疲れた心を癒すために城下町で彼氏達と会わなきゃね。


ルンルン気分で私は歩みを進めていたのであった。

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