第17話 星vs女教皇


俺は初めから全力でアルフさんを殺すつもりで準備を整えていた。


心構えというか、戦場に立つためにはどうすればいいかみたいな精神授業も受けたからね。

でないと、多分アルフさんと対峙すらできないと思う。


事前に貸してもらった鉄剣は木刀と同じように素振りをして慣らしたし、身体強化も即時使えるよう反復練習していた。


アルフさんほどの高速起動は無理だけども。


「っ!」


俺は人外的動きをするため、規定の術式を大幅に超えた魔力を注ぎ込み、身体強化をかける。


そのせいでミシミシと骨や筋肉に負荷がかかって鈍痛が走る。


が、そこは僧侶の魔術である治癒を微弱にかけて補強する。


これで何とか痛みを無視して動けるって訳だ。


一瞬でアルフさんの目の前まで駆けると、そこで戦士の剣技で攻める。


鉄剣を右手で握り、下からの斬り上げ。


身体強化が乗った腕で振るう鉄の刃は生身で受けると恐らく致命傷だ。

運が悪ければ体が真ん中から真っ二つになるかもしれない。


俺は全力で振り切ると、そこには既にアルフさんはいなかった。


まずい。


俺は目視すらできないアルフさんに対応するため、『未来予測』を使う。


これは使ってる内に判明したけど、自分で能動的に使うときは『7秒後の未来』を先読み出来るらしい。


つまり、一瞬後には役に立たないけど、後の行動を予測すれば今の行動も予測しやすいってわけだ。


ただ、この異能にはマニュアルだけじゃなく、オート機能もある。


『背後からの手刀』


俺は背中に寒気を感じたが、これは前にも感じた未来予測のオート機能だ。


視えた簡素な予測を信じ、後ろ手に僧侶の結界を起動させる。


結界とアルフさんの手がぶつかり合い、バン!と凄まじい破裂音が鳴る。


身体強化によって手刀が本当の刀なみに強化されたのか、結界にほんの少しひびを入れる。


「ふむ」


アルフさんはすぐさま距離を取ると、俺の振り返りを利用した回し斬りを避ける。


くっ、不意打ちはやはり効かないか。


「異能使っても当てられないとかアルフさんも未来予測使ってるんですか!?」


「俺の異能は前にも話しただろう。まぁ、勘と経験で似たようなことは出来るかもしれんが」


苦し紛れの時間稼ぎもアルフさんの接近により防がれる。


「くっ!」


俺は肉薄する距離まで近付いたアルフさんを迎え撃つために、騎士の受け流し術である『流し』を行う。


シャキン!と鉄と鉄がぶつかる音が鳴り響き、耳障りな金属音と火花で冷や汗をかく。


アルフさんはいつの間にか吸魔の剣を片手剣モードで抜刀しており、それをこちらに打ち付けていた。


意外に拮抗している2つの刃に疑問を覚えた瞬間、俺は全力で横っ跳びをする。


俺が離れたところで突如爆炎が発生したのは、この魔道具の力のせいだ。


単純な筋力なら押し負けるはずなのにつばぜり合いになったのは油断を誘うためか。


それに火の属性を選択しているのは、殺傷力が高いからかもしれない。


「ほう、咄嗟に火炎防御を使うのは良い選択だ。範囲を中距離かつ指向性をそちらにしていたからな」


「なんとか、ですよ!」


俺は魔術師の技である火炎防御を取り止めると体勢を整える。

これを使わなかったらきっと爆炎の余波で大火傷だったはずだ。


「ふぅ…」


俺は息を整えると再び鉄剣を構え、アルフさんに突撃する。


「ほう、来るか」


アルフさんは吸魔の火剣をこちらに向けたまま、騎士の構えを取る。


あぁ、そうだ。

この後アルフさんは…


「魔術を使う!」


先ほどから7秒経ち、アルフさんが吸魔の火剣で足元に火炎を発生させるのが視えていた。


俺は左手で速攻起動させた風の塊を自身の足下にぶつけ、強引に垂直跳びをする。


俺が跳び上がった足下に再び爆炎が起き、その余波はこちらにもくるが、防御を張っている暇はない。


全身の身体強化をさらに強めて火傷に耐えると、跳び上がり体勢のまま背中に風の魔術を起動させた。


勢いよく発射された突風と共にアルフさんの目の前まで迫ると、そのまま鉄剣を刺突する。


アルフさんは突き出された鉄剣を少し驚いたように見るとそれを右足で弾き飛ばす。


「これでも駄目か!」


俺は右手に負荷をかけないようにすぐさま持ち手を離す。


吹き飛んでいった鉄剣には目もくれずそのまま着地をしようとする。


とその時、着地を狙ったアルフさんのアッパーをまともにくらい1メートル吹き飛ぶ。


「ぐっぁ!」


体を半回転させ、何とか転倒を防ぐがその隙を逃さないように周囲には火の魔方陣がいくつもあり、起動寸前であった。


『全方位からの火炎』


分かってるよそんなの!


俺は意味の無い未来予測に苛つきつつ、再び風の魔術を使い、その場から離脱。


あと少しで逃れられるというところで火炎の余波を浴びてしまったが直撃しないだけマシだろう。


「(駄目だ……不意打ちも正攻法もアルフさんには届かない。どうすれば!)」


俺はアルフさんから距離を取り、何とか着地すると再び息を整える。


「(いや、俺にはある…アルフさんに無くて俺にあるもの…そうだ…何のために補佐士の修行をしてるんだ…!)」


俺は未来予測を発動させつつ、魔力を練り、集中力を高める。


アルフさんはほんの少し怪訝な顔をするが、再び吸魔の火剣をこちらに向けて火炎を放つ。


「ふっ!」


俺は風魔術を起動し、火炎の先端を目印に上下左右に気流をめちゃくちゃにする。


何回か炎の動きと余波を見てもしかしてと思っての行動だ。


いくら火力が高いといえ、火は風向きによって指向性も変わる。


アルフさんの魔導具といえど、自然の法則には抗えないはずだ。


予想通り、火炎は威力を減退しつつ分散する。


が…それでもやはり、アルフさんの魔力がこもった炎だ。


ある程度の自然の法則は無視するらしい。

殺し切れなかった火炎はこちらに真っ直ぐ飛んでくる。


それを武闘士の最低限のステップで回避すると、続けて飛んでくる火炎も風で逸らしながらステップで避ける。


そこで俺はためていた魔力を解放し、ある作戦を実行する。


「(レトゥワルは何かするつもりのようだな。なら、それを止めるためにも…)」


そう、読んでいた。


俺は怪訝なアルフさんが次の行動で接近戦を仕掛けることを。


俺は、自身の最大出力で今まさに片足を踏み出そうとしたアルフさんに対して結界を起動させる。


壁のような結界ではなく、円形に変化させた結界をアルフさん全身を包むように。


すぐに破壊されることは承知している。


だからこそ、俺はポケットから毒草と幻惑効果のある果実をすりつぶして混ぜた液体瓶を投擲かつ突風で飛ばす。


結界を破壊してこちらに向いていたアルフさんは、その毒瓶を火炎で破壊する。


もちろんそれも知っている。


俺は炎の余波で毒が気体化したのを確認。


それを空気中で操るため、周りの気流の流れを全てアルフさんに向ける。


「(むっ…毒か)」


あっけなくアルフさんの周りに毒の風が漂い、そこで留まった。


これは今まさに俺が風魔術で操作してるからだ。


「(そう、俺は補佐士として薬士と僧侶、そして地図士の修行もしてる。今あっけなく毒霧を浴びせられたのは何も偶然じゃない。未来予測を使って、アルフさんが瓶を破壊する際に、両足でバランスを取りにくいデコボコの地形に行くようになることが視えていた。もちろん、そこの地形を把握して人が動きにくいと知った上で、仕向けていたわけだけど。

接近戦をするにも躓きやすいここで、慎重なアルフさんは遠距離で瓶を破壊する。今手持ちの火剣でとりあえず破壊して、中身を吸魔の風剣で気流で流そうとすることも。)」


次の瞬間、俺の気流操作は強制解除され、アルフさんの手には吸魔の風剣が握られていた。


もちろん毒の風はその場で四散し、消失してしまった。


「(少しでも毒が回るように後は…)」


俺はステゴロのまま、アルフさんに向かい、未来予測を使用する。


「やるな、レトゥワル。地形把握で接近戦を潰し、毒で身体能力の低下か。結界での行動制限も見事。だが、肝心の決定打が無いな。まぁ、そこは今のところ特に求めてはいないのだが」


アルフさんは少し上機嫌に言うと、吸魔の風剣をしまい、体の力を抜いたように静止する。


「よし、合格だ。条件は俺に傷をつけること。毒は目に見えやすい傷ではないが、立派な傷だ。これは即効性の痺れと幻惑だな?俺は耐性があるから良いものの、他の奴には効くだろうな」


「ありがとうございます!そうですね、アルフさんに効くものが分からなかったので支障が出そうなものを選びました。ってか、効いて無いんですね…」


「呼吸はしていないからな。皮膚呼吸程度の取り込みなら問題ない。最前線にいた頃によく毒を受けていたからな。慣れもあるんだろう」


まじか…

この人はどんな修羅場を…


「とにかく、これでレトゥワルも俺と行動できる最低限の力があると証明できたわけだ。これから3期アルカナイトとして頼むぞ」


「はい!こちらこそよろしくお願いいたします!」


こうして俺は師匠の合格をもらい、アルカナイトとして活動できる許可(公的ではなく私的にも)を得たのであった。

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