第14話 キャンタル・ラムール

 一歩だ。


 一歩のみで5メートルの距離を進んだ。


 これだから天才は困る。


 魔術起動を感じさせない隠密さは流石といったところか。


 俺は突っ込んでくる化け猫に対して、隠し持ちしている投げナイフを2本投擲。


 しかし、左手ではたき落とされるとそのまま恋人のように抱きつかれる。


 非常に不愉快だ。


「あらあらぁ?しばらく見ない間に鈍ったぁ?前までのあんたなら容赦なく魔術使ってきたのにぃ?」


「ここは城下町だ。不用意に騒ぎを起こせない。それはお前も分かっているだろ」


「うふふ。そうね。だからといって女の子にナイフ投げるのは無いわよ?普通に口説いてよ」


「つまらん。お前も言い回しが鈍ったな」


 傍目に見れば、半裸の女に抱き付かれてる羨ましい光景なのだろうな。


 部隊時代によく勘違いされたものだ。


「かもね。だって、工夫しなくても誘えば乗ってくれるもの。あんたが異常なの。分かる?こんだけ胸押し付けても反応しないなんて、男としてどうなのよ?」


「俺はお前みたいな女は好みじゃない。顔とスタイルが良いだけの案山子としか思えん」


「あら、遠回りに褒めてる?素直じゃ無いわねぇ…まぁ、いいわ。あんたが一途な子が好みなのは知ってるし、いつか紹介してあげる」


「いらん」


 俺は未だに抱き付く化け猫を突き飛ばすと、路地裏から離れようとする。


 と、丁度その光景を見ていたレトゥワルと目が合った。



 あ、お邪魔だったかな。

 俺は待てと言われていたけど、好奇心に負けて、こっそりついていって。


 それで、下着が見え隠れする女性とアルフさんが抱き合ってるのを目撃してしまっていた。


「レトゥワル、待てと言っていただろう。まぁ、良い。こいつは」


「初めまして、可愛い少年君。私はラパペスの恋人の『キャンタル・ラムール』です。よろしくね?」


 えっ!あのアルフさんに恋人?

 まじか…意外すぎる。

 それにこの人…あの見かけた可愛い人では?


 二重まぶたが特長的で、童顔なラムールさんはとても魅力的に見える。

 体格は少し鍛えてあるのかしっかりしていて、でもスラッと女性らしいラインはそのまま。


 短めな金髪も綺麗だし、服装は乱れてるけど乱れる前なら凄く似合ってる気がする。


 それに、声も幼げで俺と同じか年下かと思うくらいな透き通っている。


 清楚な印象を受けてたから少しびっくりしたけど、くぅ。


「いらん嘘を吐くな。レトゥワル、こいつは俺の元同僚の女だ。因みに『恋人』のアルカナ持ち。戦闘能力だけは俺と同じくらいだ」


 なんと…

 アルフさんと同じくらいってことはとても強いのか。

 ただ、その。

 強そうには見えないというか、どこかのお嬢様みたいな。


「だけって何よ。国の責任者との交渉とか部隊の士気向上で役に立ってたでしょ?」


「それは認める。やり方には同意しかねるが」


 うん?やり方には?


「あぁ。レトゥワル。こいつには気を付けろ。男を食い散らかすくせに誰とも添い遂げるつもりが無い尻軽女だ。部隊の男どもを食っては捨てるからな」


 あぁ…そういう。

 そのやり方で士気が高まるってのも分からなくはない。

 うん、見た目に欺されそうになったけど気を付けよう。


「捨ててないわよ。あっちが勝手に愛想尽かせて消えてるだけ。俺だけとじゃないのかーってね。色んな男と経験したおかげで、どんな要望も応えられるのに失礼しちゃうわ」


「レトゥワルにこれ以上毒を塗りたくない。帰らせてもらうぞ」


 あ、何となく気遣ってくれた。

 ありがとうございます。

 1人だと恐らく負けてたよ。色々と。


「うふふ。聞いたわよ?その子、新しいアルカナイトって。レトゥワルってことは星のアルカナね」


「まだ部隊表は出てないが。お得意の情報網か」


「ええ、ラパペスと違って人脈広いから。それで、レトゥワル君…そうね、レル君って呼んでいいかな?」


 ニコッと優しく笑いかけられて、俺は自分の体温が上がるのを自覚する。


 話聞いても可愛いのは可愛いんだ。

 許せ。


「ええと、はい。大丈夫です。ラムールさん」


「名前で呼んで欲しいなぁ?」


「あ、そうでしたか。分かりました。キャンタルさん」


「私まだ20歳だけど、ほんと年下って可愛い。食べちゃいたい」


 ペロッと舌を出したキャンタルさんを見て、さらに体温が上がる。

 くぅ。ある意味アルフさんより強いぞ!


「その辺にしておけ。いい加減撃つぞ」


 アルフさんはいつの間にか吸魔の剣(火)を短剣モードのまま、切っ先をキャンタルさんに向けていた。


「あらあら、怖い怖い。さっきの発言はどこにいったのやら。まぁ良いわ。レル君も第3期アルカナイト部隊に所属するわけだし、交流しに来ただけよ。害を与えるつもりは無いわ。『ハジメテ』はもらっちゃうかも知れないけど」


 キャンタルさんは意味深に俺の下腹部を見てきた。

 くっ、何故バレタ。


「なら用は済んだだろう。早く仕事に戻れ」


「はいはい、元隊長」


 そう言うとキャンタルさんは路地裏から民家の屋根に跳躍して、そのままどこかへ飛んでいった。


「凄い人でしたね。色々と」


「あぁ。耐性が無いなら1人であいつに近付かない方が良い」


 うん、そうしよう。

 決意したとき、俺はそういえばと思い、聞いてみる。


「あっ、先ほどアルフさんが言ってたキャンタルさんの戦闘能力についてなんですけど」


「あぁ。先ほど言ったとおり、それはある。何せ、身体強化無しならあいつには勝てない。いや正確には使っても互角にならんだろうな。魔術と魔道具を使わんと勝てない」


「え?アルフさんが?」


「あぁ。悔しいがな」


 そこで、アルフさんはキャンタルさんの能力を教えてくれた。

 元同僚で、第1期、2期と同じアルカナイト部隊だったおかげで嫌でも知ったという。


 まず、キャンタルさんの特長として格闘術特化の武闘士であること。


 元々、役職は特化している人が目指すから間違いでは無いけど、彼女は更に人外染みてるらしい。


 何でも生まれつき身体強化系の魔術に適正があり、天才的な格闘センスがあったとか。


 固有属性は火。

 攻撃系魔術は使えないものの、火に対する防御魔術はできるとのこと。


 生まれつきの才能のおかげであっという間に騎士隊で幹部になると、そこから対人交渉術や幻惑魔術を極めて、さらに実力をつける。


 周囲から天才、神童やら呼ばれてたキャンタルさんはそこで男遊びを始める。


 そして、あまりにも城と部隊の責任者と肉体的関係で権利を掌握しようとしてたことから、半ば飛ばされ気味にアルカナイト部隊に転属。


 うん、流石にアルフさんに同情する。


 しかし、やはり精鋭部隊に転属させられる実力はある。


 拳にメリケンサックを装備して、身体強化をかける。

すると、まず彼女に近接格闘で勝てる者はいなかったという。

 それこそ、アルフさんが身体強化をフルで使っても負けるほど。


 加えて、『隠密化』という異能のおかげで、いつ魔術を使ったか気付かれないという強みもあるとか。


「俺はあくまで魔術師だからな。魔術を使わなければ、格闘戦のプロには負ける」


「なるほど…聞く限りでも凄そうですね。うーん。でも、そんな凄いお二人について行けるか不安になってきました。そろそろ俺も第3期アルカナイトとして、活動するんですよね?」


「不安ならば明日から更に修業すれば良い。それと活動時期については、早くても恐らく半年後だろうな」


「あれ?そうなんですか?」


「来週から募集が始まるとはいえ、応募人数がどうだか分からんからな。それに無事入隊しても研修がある。実戦訓練もある。それら加味しても半年が最短だろう」


 なるほど。

 俺はアルフさんのおかげで、最短で最高効率の修業が出来てるけど、普通はもっと専門の先生とかがシフトとかで教えてくれるだろうしね。

 時間かかるのは当たり前か。


「確かに…俺はアルフさんのおかげでこんな早く成り上がれたわけですし、もっと自覚するべきでした。ありがとうございます」


「礼は戦場で返してくれると助かる」


「あはは…」


 俺とアルフさんはゆっくりフィールに戻っていった。




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