第11話 未来予測


 今のは…アルフさん?


 いや、そんなはずはない。だって、アルフさんは渓谷の入り口にいたし、今回の試験には付き添いで来ていたわけだから。


 それにこんな本気で殺しにくるなんて。


 俺が困惑しながらも、映像と音声をどう解釈したものかと思って、考え込む。


 すると、その映像と音声は、確認したからもう良いよねとばかりに、唐突に消えてしまう。


 ずいぶん長い間硬直していたと思っていたけど、実際の時間の流れはほとんど変わってなかった。


 瞬きしたその刹那程だろうか。


 今現在、俺は結界維持をし続けているし、仮面ハーフはその結界に挟まれていたままだった。


 しかし、それもまた一瞬のうちに終わる。


 仮面ハーフの『短剣』が4つの結界に軽く触れると、風の余波と共に粉々に砕かれた。


「裾に隠してたのか!」


 思わず叫んでしまった。


 そう、今まさに身動きが取れない中、仮面ハーフは服の右の袖からスルリと短剣を出すと、それを握り、ほんの少し結界に当てていた。


 その後、短剣から風が吹き出して周囲の束縛を破っていたのであった。


 なんだあの短剣…


 もしかして、地図士の魔道具みたいに戦士の魔道具なのか。


 俺は思考時間を延ばすために使った切り札を失い、これで完全に無防備だ。


 まずい。


 切り札を使ったせいで体内の魔力は尽きてるし、思考時間を稼ごうにも体術では論外だ。


 万事休すとなった俺はせめて、相手の情報を誰かに知らせようと逃げ出す覚悟を決める。


 ここの渓谷には元々、俺のアルカナイト試験で来ているんだ。


 さっき通った位置に全力で駆ければ、全力で声を上げれば。


 もしかしたら騎士さんが気付いてくれて、援軍を呼んでくれるかもしれない。


 完全に希望的観測だし、今この状況も夢と思ってるからこそできることなのかもしれない。


 俺はフッと1つ息を吐いて、相手から目を離さずに両足に力を入れる。


 さて、まずは足下の小石や砂を右足で蹴り上げて砂かけをする。


 あの仮面ハーフは徐々に近付いてるし、全力で蹴り上げれば目眩ましになるはず。


 そして、相手がどう行動しようが、その時に振り返って逃げ出す。


 それと同時に、肺に空気を入れて、魔物が出たことを知らせるために叫ぶ。


 これで行こう。


 というか、愚策過ぎるけど今の俺にはこれ以外考えつかない。


 俺は覚悟を決めると、鍛えた右足で最大限の砂かけを…


 しようとしたら、仮面ハーフは仮面を取った。


 そして先ほど聞いて、見た状況と同じ事を告げてきた。


「やれば出来るじゃないか。生身の俺に多少なりとも追いつけるようになったか」


 え、本当に…本当に、アルフさんだったのか…


 先ほどの未来予測はどうも、本当に俺の異能であったらしい。


 俯瞰して見えたアレが希望的観測の幻視としか思えなくて信用してなかったけど。


 これか…これが、異能ってやつの力なのか。


 俺はすっかり気が抜けてしまい、その場で深い溜息を吐いた。


「はぁぁぁ…何で、アルフさんが?」


「聞きたいことがあるだろうが、結論から言うとお前の異能を使えるようにするためだ」


 俺の?

 あっ、もしかして初めに手刀を避けたときに言ってたやつか!


 ずいぶん前というか、ほとんど初めの頃の話じゃないか!


 ガチの危機的状況だよ!


「色々言いたいことがありますが、とりあえず何とか使えるようになったので…ありがとうございます」


「あぁ。すまない。未来予測なんて異能を開花させるには前例に沿うしか無いと思っていたものでな。あれから1年経ったし、忘れてる頃だろうと思っていた。それで、どんな感じだ?実戦で使えるか?」


 危機的状況なら使えるよなの脅し忘れてたよ。


 ええ、完全に、本当に。


「そうですね。正直のところ、現実の時間の流れと予測中の時間の流れの違いに戸惑いますが…それでも、練習すれば使い勝手良くなると思います。先ほどもアルフさんの足払いを察知出来て、回避出来ましたし。それに信用してませんでしたが、ネタばらしを俯瞰的に確認出来ましたから」


 そう。

 先ほどこそ気が動転していたけど、これは圧倒的なアドバンテージだ。


 何せ、さっきだって映像は一瞬だったけど、人外並みのアルフさんの行動を予測してバックステップで避けられたわけだし。


 それにこの件で分かったことがある。


 それはある程度ならば、ほぼオートで発動しそうってことだ。


 自身の行動中に、何かしら自分に危険が及ぶときに発動するんだろうね。

 それならば、オートで使えるのも納得できる。


 ただ、俯瞰したアレはどういう理屈だろうか。


 それこそ何分後とか、ある特定の変化が起きるまでとかなら良いけど、何とも言えない。


 こっちについてはマニュアルってことかな。


 それなら仕組みを理解するまで練習あるのみだ。

 今までだってそうなんだ。

 これもそうして使えるようになれば良い。


「そうか。それなら良い」


 アルフさんはそう言うと、短剣を袖の中に戻して、仮面を腰につけた。


「それにしても、やっぱアルフさん強いですね…1年なんかじゃ絶対に追いつけないですよ」


 本当に、強すぎるこの人。

 魔術師なの?嘘でしょ。

 近接格闘のプロだよ。


「俺が強いか…ふむ、そう見えてるなら鍛錬をしている意味がある。まぁ、焦るな。俺としても10年の修業とそれに近い期間の実戦をしてきての今だ。1年程度で追いつかれたら指導役とは言えないだろう。それに身体強化無しとはいえ、お前は異能有りでも俺と格闘戦を出来ていた。それだけでも立派だ」


 向上心の塊みたいな人だなぁ。

 俺も見習わなきゃね。


 でも、師匠に褒められたのは嬉しい。

 異能有りだし、絶対手加減されてたと思うけどね。


「そうですね。しっかり着実に成長します」


「それが良い」


 俺とアルフさんはそのまま連れ立って、フィール渓谷の入り口まで戻る。


 道中、例の短剣について聞いてみる。

 あの不思議な魔道具気になるし。


「あぁ、これか。これは、格闘術だけでは対処出来ないときに使う魔道具だ。前に魔術師は自身の固有属性以外は使うにも割が合わないと話したな。これは短剣に既に刻まれている属性に対して、自身の魔力を燃料とすれば一時的に簡易魔術を発生させられる。これならば1から術式を展開して属性を使うより、身体的負荷は少ない。魔力はかなり吸われるが」


「ええと、なるほど…つまり、他の属性を使うための媒体とかそんなんですね?」


「あぁ。そうだ」


 なるほど。

 ゲームで良くある属性付き武器みたいなものなんだね。


「これに興味あるのか?俺が言うのもなんだが、使うのは止めておいた方が良い。国からもらった報酬だが、俺以外に使う奴を見たことが無いのでな」


「えっ?どういうことですか?」


 アルフさんは先ほど俺の切り札を簡単に破壊した短剣について教えてくれた。


 この魔道具の名前は、『吸魔きゅうまけん』と言われているらしい。


 何でも、使用者の魔力を吸うことでその形を短剣・片手剣・大剣・レイピア・サーベル・刀などに変えることが可能とのこと。

 また、魔力の注ぐ量が多ければ多いほど属性の力が引き出されるため、威力の天井はほぼ無いとか。


 ただ、いくら身体的負荷が少ないとはいえ、あまりにも魔力を吸われるのがネックで微妙。

 それとすぐに自分の魔力が枯渇することから、癖が強すぎる魔道具で全く人気がないと教えてくれた。


「あれ?なら、何でアルフさんは使ってるんですか?」


「単純に属性の手数を増やしたいからだな。後は俺の異能と相性が良いというのもある。まぁ、1番は魔力をつぎ込めば他の魔道具より威力が高くなるところだな」


 あ、そういえばアルフさんも異能持ちなのか。

 聞いてなかったから、この際聞いてみよう。


「因みにアルフさんの異能って?」


「俺の異能は『再利用』だ。簡潔に言えば、魔力を使用しても即時回復できる」


 えっ!なんだその強い効果!


「ただ、回復するとはいえあくまで使い終わった魔力を放出せずに体内に戻してリサイクルのような形で使用しているだけだ。何度も再利用していると、魔力の質が落ちて当然魔術の精度も落ちる。だからこそ普段は極力魔術を使わず、格闘術を使っているということだ」


 なるほど。

 どうりでいつも使わないわけだ。

 合理的というか、慎重というか。


 でも確かに魔力が再利用できるなら吸魔の剣も使えそうだ。

 アルフさんしか使わないってのも納得した。


「丁度良い時期だな。お前もここへ来て、1年だ。体内に魔力を宿していることで、固有属性もそろそろ判明するだろう。試験の結果がどうあれ、魔術師としても鍛える。前に望んだことだから覚えてるよな?」


「えぇ!もちろんです!ご指導お願いします!」


 話している間にソル国城門に着いた俺らは門番さんに向かい入れられながら、謁見の間に向かった。





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