第10話 開花

 段々と渓谷の道が広くなってきたところで視界の先に今度は林が見えてきた。

 ここからは多分、さらに別の森だろう。


 渡されたフィール渓谷の地図はここで途切れてるし。


 拙いながらも地図を完成させると、不思議と笑みがこぼれる。


 薬草と毒草も見つけては図鑑でチェックして、革袋に詰めたおかげでもう入りきらない。


 よし、戻ろう。


 ほぼ一歩道の来た道でも帰り際にもう少し地図を修正できるかもしれない。


 俺は荷物を置いて休んでいたけど、装備を整えて来た道に戻ろうとする。


 そこで、久しい感覚を覚えた。


 こう、背中がビリビリとして嫌な予感だ。


 直感で背中側に結界を起動させる。


 振り向こうとした瞬間、凄まじい衝撃を受けて、結界が砕け散った。


「っっ!」


 俺は半ば機械的に振り返り、荷物を横に投げ捨て、腰に付けていた木刀を構える。


 見ると、そこには林の奥から白の木で作られたような仮面を身に着けた人物がこちらに歩いてきていた。


 なんだ…?


 警戒度をマックスまで上げて、俺は声をあげる。


「あなたが俺に攻撃したのか!」


「…」


 もしかして。


 これがグレイルさんの言っていたハーフ?


 魔物と人間の子供で、魔物の戦闘力と人間の頭脳を持つというあの。


 話しか聞いていなかったが、こうして見てみると確かに人間だ。


 背丈や髪、服装も本当に、ただの人間にしか見えない。


 なるほど、これなら騙し討ちされるわけだ。


 俺は油断なく考えていると、その仮面のハーフはこちらへ突っ込んでくる。


 速い。


 俺は魔術が間に合わないと悟ると、握っていた木刀を構えて騎士の受け流しをした。


 いつの間にか持っていた『木刀』から出される斬り上げを何とか横にそらすと、そこで持っていた木刀を『離す』。


 仮面ハーフの懐に潜り込むと、そこで体勢を低くして、顎を狙うアッパー。


 受け流しを受けた相手だ。


 確実に硬直しているなら、すぐさま防げない。


 それに斬り合いの途中で武器を自ら離すなどの自殺行為で相手の意識を乱せたはずだ。


 これならば打撃を与えられると、俺は渾身の一撃を放つ。


 しかし、その瞬間。


 俺の視界に、仮面ハーフが足払いをかけようとしていたシーンが出てきた。


 戸惑いながらも、そのシーンは不味いと咄嗟に判断。


無理矢理振ろうとしていた右腕を左手で抑え、勢いよくバックステップを行う。


 その刹那、仮面ハーフは勢いよく左足で俺のいた場所を払った。


 もちろん、足払いだ。


 嘘だろう…


 木刀を受け流して、武器を離してまで突いた隙と間合いが意味をなしてないなんて。


 俺は今、武器と攻撃の機会を失った。


 剣術も体術も明らかに負けている相手に、だ。


 何とか距離は取ったが、今の俺には他に対処法が…


 いや、ある。


 アルフさんが言っていたじゃないか。


 俺には異能があると。


 しかも、こういう絶体絶命の時にこそ使えるかもしれないと。


 なら、ここしかないじゃないか。


 使い方なんて分からないし、発動しないかもしれない。


 でも、ここで死んだら何のために俺はアルフさんの時間をもらったんだ。


 まだ恩返しも出来ていないし、それにグレイルさんにだってしばらく会えてない。


 やり残したことばかりで死ねるか。


 俺は精神を集中させ、魔術起動を行う。


「…」


 仮面ハーフが何か言っていたかもしれないが、そんなの気にしてられない。


 俺は結界を『4つ』同時に遠隔起動させ、仮面ハーフの身動きを止めるように配置した。


 これで仮面ハーフは四方から俺の身長並みの結界で挟まれて、動けないはずだ。


 考えろ。考えろ。


 この状況で何ができるか。


 訓練中に出来るようになった結界の同時起動。

 4つまでしか出来ないけど、相手を拘束出来るんじゃ無いかと編み出した切り札だ。


 維持できる時間は少ないけど、思考時間を延ばすには必要だ。


 未来予測。


 さっきの背中がビリビリする感覚を思い出せ。

 危機じゃ無くても自覚して、使えるように。

 勘を声だけじゃなく、視覚と聴覚でもっと分かりやすく、迅速に。


 俺は血管が千切れるんじゃないかというほど、集中し、結界維持を続けていた。


すると、願いが叶ったように一瞬だ。


一瞬、この先の展開が見えて、聞こえた。


 まるで、俺と仮面ハーフの近くの監視カメラで俯瞰的に見ているように。


 しかし、同時に酷く困惑してしまった。


『やれば出来るじゃないか。生身の俺に多少なりとも追いつけるようになったか』


 あまりにも聞き慣れた冷めた声音とその顔に。

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