第9話 アルカナイト試験
次の日。朝10時。
俺とアルフさんは試験場所であるフィール渓谷に来ていた。
フィールの町から離れているけど、道中は特に魔物はいなく、いつもの森を抜けた先であったことからわりと行きやすかった。
しばらく進むと、ソル国の騎士さんがこちらに手を挙げていた。
「あぁ、君がアルカナイト候補の。女教皇様からの推薦なんてやるじゃないか」
「女教皇…あ、アルフさんのアルカナ名ですね」
「うん。ラパペス様もしくは女教皇様って呼ばせてもらってるんだ。まぁ、後者は女性っぽいイメージになるから…」
チラッと騎士さんはアルフさんを見ると、咳払いをする。
「いや、何でも無い。では、アルカナイト試験を始めます。シュドウ・カケル。こちらを」
騎士さんは俺に地図を渡してくれる。
なんだろう?渓谷の地図かな。
所々抜け落ちてるような。
「この未完成の地図を完成に近い形にし、この辺りに生息する薬草を取ってきてください。もちろん、薬草の図鑑を使っても構いませんが、なるべく多種類かつ高い効用があるものをお願いします」
ふむ。多角的に能力を見られるってわけだな。
あ、でも。
僧侶の能力はどうするんだろう。
「あ、僧侶の能力についてですが…」
俺の疑問を察知したのか、騎士さんは続ける。
「自身の怪我を治したり、ソル国の騎士からの攻撃を防いだ際の状態で判定します。僧侶といえど、前線で味方の補助や回復をすることがありますから。それを見ると言うことでね」
ふむふむ。いくら遠隔魔術をするにも離れすぎたら上手くかけられるか分からないし、効能も落ちそうだから納得できる。
しかし、騎士さんとの対人戦か。
初戦だし、頑張りたい。
まぁ、上手く防御するっていうテストみたいだから勝つ必要はないか。
「以上だよ。ふぅ…久々に試験監督だからはりきった。何か質問あるかい?」
「いえ、大丈夫です」
「良かった。なら、そろそろ行ってくれると助かる。ってのも、長々と説明するなって言われててね」
騎士さんはあははと苦笑い。
「では、行ってきます。アルフさんも期待しておいてくださいね」
「ほんの少しだけならしておく」
アルフさんは面倒くさそうに行け行けと顎で示して騎士さんと話し始めてしまった。
まぁ、期待無しじゃなくなっただけマシか。
俺は少し緊張しながらも渓谷に向かっていった。
さて。行ったか。
俺はカケルの背中を見たまま、その場で騎士と打ち合わせをしていた。
「本当に良いんですか?ラパペス様」
「あぁ。あいつもそれなりに動けるようになった。そろそろ異能も使って欲しいのでな」
「んー…まぁ、いっか。知りませんよ?ソル王からまた何か言われても」
「いつものことだ」
俺は騎士に告げると、カケルの後に続くように渓谷に入った。
「何か前も弟子を強襲して、異能開花させてたっけ」
名も無き騎士の独り言を聞いたのは周りの岩だけであった。
「よし、岩の形に崖の大きさ。あとは枯れ木の数か。うん、地図通り…いや、岩の数が書かれてない。足しておこう」
俺はしばらく渓谷を警戒しながら、地図の作成をしていた。
というのも、かなり綿密に作られている地図のため、一から書くのではなくて、少し足りない何かを書いてる。
何かというのは、枯れ木の大きさだったり、崖下に広がる段差や岩壁の広さを目視で確認する必要があるところだ。
元々メジャーやら定規が無いから、地図士の勘とある程度の大きさでメートル表記をする。
本格的に地図士として動くには専用の魔道具が必要なようで、あくまで平面地図かつ見たおおよその表記で良いとのことだ。
俺はそれに少し甘えて、自身の身長を元に首藤カケル何人分みたいな表記にしている。
かけるとカケルをかけたわけじゃないけど。
くだらないことを考えつつ、目と手を動かして地図作成を続ける。
なるほど、機械的に出来るってのはこういうことか。
謎の訓練結果を出しつつ、俺は時折自生している薬草も摘んでいる。
効能が高いといっても、薬草には毒があるものも多い。
アルフさんによると、傷に誤って毒草を使って死亡というのもあるらしいから、気を付けないと。
しかし、効能が高いものを持ってきてということは。
人にとってマイナスでも毒として高い価値があるなら加点対象かな。
とりあえず、図鑑で薬になる薬草とフィールの町近くで見かけた食用の薬草を中心に採集。
毒草は素手で触ると危ないものもあるから、革袋を被せてから摘む。
これを繰り返していくと、身に着けていた革袋はそれなりに裕福になっていた。
「なかなか良い調子かも」
俺は少しずつ完成していく地図と腰に付けている革袋がほんのりと重くなっていくことに破顔しつつ、道なりに進む。
すると、それなりに道幅があるところで前方に騎士さんを発見した。
むっ。来たな。
俺は丁度中距離位置まで進むと、警戒態勢に移る。
訓練結果を出すところだ。
「よし、君がアルカナイト候補だな。僧侶の結界を使えると聞いた。それなりに手加減をするが、万が一の場合は降参と言ってくれ」
騎士さんはニヤッと笑うと腰の鞘から鉄の剣を取り出し、騎士流の構えでこちらにジリジリと近付いてきた。
「分かりました。どうぞ!!」
俺はそう言うと、僧侶の魔術である結界を起動させた。
自身から15センチほど前にレモン色の縁の無い鏡のような物が現れる。
ちょうど、俺の背丈までの大きさ。
縦に170センチ、横幅25センチほどだ。
これで、前方からの物理・魔術に対して防御可能だ。
強度に関しては正直分からない。
起動中に維持したまま、自分で斬ろうと思っても精神を乱して四散するし。
だから、ぶっつけ本番だ。
「ほう。なかなかだな。では!」
勢いよく振りかぶると、俺の結界に斬りかかる。
鉄と鉄をぶつけ合わせたような、カキン!という音を聞いて俺は冷や汗をかく。
目前でプロに斬られてる錯覚を覚えたが、幸いにも結界は壊れていない。
よしと喜びそうになるが、そこは我慢。
基本に忠実、機械的に。
アルフさんの教えを守り、浮かれるのを抑えて結界維持に務める。
「ふむ。頑丈だ。よし」
騎士さんは再びニヤッと笑うと、何やら魔術を起動した。
「まさか!身体強化ですか!」
「あぁ!そうだとも!こちらも魔術を使わせてもらう!」
しまった!
そうだよね、そうだよ!
こっちが魔術を使ってるんだから、相手だって生身で対応するはずはない!
さらに汗をかくが、ふーっと息を吐いて精神を整える。
大丈夫だ。
アルフさん並みのあの人外強化に比べたら、大丈夫だ。
比較対象としてどうなのか分からないけど、それで少し落ち着いた。
「ふん!」
先ほどと同じように上から下に剣を振り下ろされ、俺は緊張感を持ってその一撃を結界で受ける。
すると、大きな鉄の衝撃音が鳴り響く。
ただ、結界にはヒビも入らなかった。
「駄目だな。もう、良いよ」
騎士さんは降参というように、剣を鞘に戻してニコニコと笑った。
「君、あのラパペスさんに習ってるんでしょ?ならこれも納得がいくよ。とにかく馬鹿正直に真っ直ぐな結界だ。お手本みたいな魔術だよ」
「えっ?」
そう、なんだ。
お手本みたいな、か。
「曲がっていない魔術はそれだけ強い。基本に忠実ってのは一見簡単に聞こえるけど、継続しないと力になりにくい。途中で楽なアレンジしたり、飽きたり、諦める人も多いんだよ。ただ、それだけ繰り返せばその分だけ精度も威力も増す。慣れってのはそれだけで武器なんだよ」
「ありがとうございます!」
俺はやっと緊張を解くと、頭を下げた。
何だろう。
とても充実感がある。
訓練結果をこうして目の当たりにして、こうして第三者から褒められて。
こんなこと現実世界じゃ無かったかもしれない。
本気で取り組んで、本気で喜ぶ。
本当に、嬉しい。
報われたってのはこういうことを言うんだろうな。
アルフさん、ありがとう。
「俺もそれなりに騎士としてやってきたんだけどね。まさかまだ若い君に防がれるとは」
苦笑しながら騎士さんは背中を指差した。
なるほど、この先に進めと。
「もっと鍛えれば、本当にアルカナイトとしてラパペスさんに並べるかもね」
最高の褒め言葉をもらいつつ、俺はもう一度頭を下げて、渓谷を進んだ。
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