第8話 ソル王と女教皇

 ソル国の入り口までは草原地帯に渓谷や崖などが追加されたような少し歩き辛い道が続いた。


「大丈夫か」


「はい、森で動いてたおかげで」


 そう、ここはまだ平坦だが、森の動きにくさといったらこれまた筆舌に尽くしがたい。


 ぬかるみに、つるに、トゲが多い草木、方向感覚が鈍くなる高すぎる草花。

 他にも色々ある。


 そっちに比べたら開けていて、少し注意すればこけない道は楽だ。


 それに地図士として、この辺りの地図を読んである程度は地形を把握している。


「そうか」


 アルフさんは無表情で言うと、チラリと北東方面に目をやった。


「ここにも魔物がいるか」


「えっ?見えませんけど…」


 少なくともアルフの隣にいる俺の視界には見えない。

 どうやって把握したんだろうか。


「身体強化の恩恵で視覚も拡張されている。お前にも教えるが、難易度が高いからな。下手をすれば感度を上げすぎて失明したり、難聴になる。そのうちにだ」


「な、なるほど…」


 それは怖い。


 アルフさんがかけてくれた身体強化のおかげで、視界にうっすらとだが、大きな人型の何かを見つけることが出来た。


「あれは…」


「オークだな。それなりに力がある。身体強化無しで殴られると俺でもやられるかもな」


「そんなに強いんですか!」


「筋力だけなら人間では勝てない。だが、魔術を併用すればそうでもない」


 アルフはここで待ってろと言うと、地に足を着けて、一気にそのオークまで飛んでいった。


 まさか、走ったのかな。


 身体強化のおかげで動体視力まで強化されたはずなのにほとんど見切れない。


 元の視力が関係しているから仕方ないけど。


 ジッと目をこらしてオークのいる場所を見ると、何とか視認できた。


 そして、俺は唖然とした。



 カケルに待てと言い残して、俺はオークまで駆けた。


 常日頃から身体強化を使っているおかげで、一瞬でオークまでの距離を縮めた。


「あぁ!?てめぇ!俺様が誰だと知って…」


 俺は何やらほざいているオークの目の前まで一歩で詰め寄ると、右足で首を蹴り飛ばした。


「ぐわぁっ!!ぐっ…」


 何度も聞いたゴギリという音で首の骨を少し砕いたことを感覚で掴む。


 ふむ、まだ足りないか。


「待て!!俺は、フィール拠点取りまとめの…」


 身体強化を右足にさらにかけると、何やらほざいているオークの首を蹴り飛ばす。


 同じ場所を、正確に。


「ぎいっっ!」


 流石に出力を上げすぎたせいか、4メートルほどあるオークの巨体は軽々と吹き飛び、5メートルほど離れたところで倒れた。


 恐らく完全に砕いたか。


「まだ息の根があるか」


 俺は倒れたオークの顔の位置まで歩くと右足のかかとで顔を踏み潰そうと振り上げる。


「待ってぐれ…ぐっ…俺は、フィール拠点の取りまとめの『オークキング』だぞ…!俺が死んだら配下共がフィールを襲う!それでもいいのか!」


 オークキング?オークの王。


 いや、無駄に頑丈なだけの案山子か。


「ならそいつらまとめて殺すだけだ」


 俺は命乞いを始めようとした緑色の化け物の頭部を踏み砕いて殺した。


キングがこんなところで1人で棒立ちしているわけがないだろう。


しょうもない嘘をついていた亡骸に目を向けることは無かった。



 アルフさんの戦闘…いや、殺戮を目にした俺は言葉が出ない。


 何せ、あんなに強そうな魔物を蹴りだけで倒してるし、何か話してたにも関わらず容赦なく…


 並々ならぬ殺意を感じたのは気のせいではないはずだ。


「どうした。もう城はすぐそこだ。行くぞ」


「あ、はい」


 何も言うつもりはないのか、アルフさんは殺戮前と変わらない様子で歩いて行った。



 ソル国入り口に着くと、案外大きくないなという感想になった。


 というのも、石と土で作られた城門と建物が外からでも見えるけど、規模的には大型デパートより小さいくらいの外観だから。


 灰色と茶色に所々宝石らしき石がきらめいている城門まで着くと、門番さんに止められる。


「待て。通行証を」


「あぁ、新顔か。いつも無しで入っているのだがな」


「ん?…と言われてもな…規約では通行証が無い者は入国できん」


 アルフさんは門番さんに何かのカードを見せると、俺を手招きした。


「あっ…!アルカナイト様でしたか!これは失礼を!」


「いや、良い。俺はただの魔術師だ。国を守ってる君の方がよっぽど偉い。連れは新たなアルカナイト候補になる。王に許可はもらっている」


 魔術師?

 えっ、アルフさんは魔術師なのか?


 あんなに格闘戦ばっかしてて、魔術を使ったことを1度も見たこと無いのに。

 いやまぁ、身体強化は使ってるけど、あれは何か違う気がする。


 俺は新たなアルフさんの1面に驚きながらソル国へ入国した。



「そうか。女教皇ラパペスもやっと部隊行動をする気になったか」


「いえ、ソル様。あいにく私は単独を好みますゆえ。最少人数で行動許可を頂くべく、参上しました」


 驚いた。


 謁見の間に通された俺らは、ソル王と直接お会いできたけど、アルフさんがこんなに敬語を使えるだなんて。


 いやまぁ、国に従属してるわけだから出来るのかもしれないけど、意外だ。


 話しているソル王の見た目はいかにも戦士といった風貌だ。

 全体的に薄茶色の肌と獅子のような瞳。

 アルフよりがたいが良く、このまま戦ってもおかしくないレベル。


 ただ、身に付けているのは王族特有なのか灰色の金属の盾を左手に、同じ金属の片手剣を鞘に収めている。

 どちらも宝石のようなものが埋め込まれており、感覚が鋭くなってきたおかげで、それが魔力を帯びてることが分かる。


 軽鎧を身に着けていることからも、この人が前線でも戦える王であると推測できる。


「ふむ。しかし、部隊に必要な人員はそちらの少年のみだろう。2人では足りぬ」


「人数の制限は無いはずです。規約では、戦士・騎士・武闘士・魔術師・僧侶・地図士・薬士の技術を持つ者がいれば良いと」


「うむ…ラパペスが4つの役職技術があることは知っておるが…」


「隣のシュドウ・カケルは残りの3つの役職技術がございます」


「む?そうなのか?」


 2人の視線が俺に来る。


 大物を前にとても緊張していたせいか、声が出にくい。


「え、ええと…はい、アルフさんの言うとおり、修業し、習得した自負がございます」


 ふう…何とか言えた。

 言えたよね?


「ふむ…ラパペスは虚偽の報告をしないと思うが…」


 ソル王はうむむと悩み始めると、口を開けた。


「そうだな。念のためだ。カケルと言ったな?隣のラパペスがアルカナイトであることを知っていて行動を共にするということは、君もアルカナイトになるということだ」


「はい、もちろんです」


「よし、よかろう。アルカナイトの試験を受けさせる」


 ソル王は側にいた騎士に合図すると、何やら地図を持ってきた。


「僧侶・地図士・薬士の能力を見るために、カケルにはここから北西の『フィール渓谷』へ行ってもらう」


 俺は黙って頷く。


「そこで、試練を与える。見事合格ならば、アルカナイトとしての資格を与えよう。その時にはファミリーネームを君に応じたアルカナ名に変えてもらう可能性があるが」


「はい、貴重な機会を頂き、ありがとう、ございます」


 俺が緊張しながら言うと、ソル王はガハハと笑う。


「よいよい。そろそろ第3期アルカナイトを募集するところだった。丁度良いのだよ。そこのラパペスも1期から今まで生き残ってきた。色々と教えてもらうと良い」


 えっ?

 アルフさん何期も継続してたのか。

 転生者を2人鍛えたって言ってたけど、まさか設立からいたなんて。


「私はそこまでの者でもありません。ソル様もよくお分かりでしょう」


「あぁ。分かっているとも。第1期の時は1人でソル国周辺の魔物を殲滅してくれ、第2期の時はそれこそ1人で10日だけで14もの魔物の主要拠点を潰してくれたからな。おかけで最近は安全になっておるし、残り6つの拠点が無くなればソル国は安泰だ。ええ、よく分かってるとも」


 意味深にソル王は笑うと、アルフさんはため息を吐いた。


「恐れ入りますが。それ以上の戦果を上げようとしたのを防いだのは貴方でしょう」


「仕方ないだろう。それ以上潰すと他の国から増援が来る可能性が高い。潰すなら短期間かつ迅速にだ。それにラパペス単独で処理出来ない軍勢を抑えたのは誰かな?」


 アルフさんは少し目をそらして俯いた。

 そうか。

 何となく察してたけど、アルフさんは完全に一匹狼で行動してたんだ。


「まぁよい。過ぎたことではあるし、ラパペスのおかげでこうして一時の平和を過ごせる。毎度言うなという顔をしてるな?言われたくないのならば、部隊行動をして欲しいものだ。無理な願いであるのは分かっているが、他の者にも示さないといけないからな」


「えぇ」


 アルフさんは無表情で頭を下げた。

 何か過去にあったんだろうか。


 1年一緒に暮らしても分からないことだけど、まだ聞いてはいけない気がする。


「よし。今はとりあえずカケルの件だ。早速明日、始める。場所はラパペスがよく知ってるからな。10時からだ。遅れるなよ」


 ソル王はそう言うと、謁見の間から去って行った。


「ひとまず試験の許可はもらえた。後はお前次第だ。アルカナイトになれることを祈る」


「はい!頑張ります!」


 俺はアルフさんに深々と頭を下げて、明日の試験に向けての気合いを入れるのであった。

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