第6話 修業成果、そして修業

 1ヶ月後。


 俺は毎日毎日、同じ事を繰り返して、その度に成長の実感を覚えて楽しくなっていた。

 今では運搬手伝いのための革袋を2つ抱えて歩けるようになったし、ソル語もほとんど日本語と変わりなく話せるようになった。


 戦士の剣術もアルフに『基本を覚えたな』と褒められたし、新たに騎士の剣術と武闘士の格闘術も習得していた。

 というのも、戦士の動きが格闘戦の基本になるらしく、騎士と武闘士は応用にしやすいのだとか。


 初めに筋力トレーニングをして体幹を鍛えたおかげで、盾と剣を使う騎士の動きはしやすかった。

 それに戦士とは違って、相手の攻撃を受け流したり、シールドバッシュと呼ばれる盾の攻撃も出来るようになった。

 これで攻防の動きも可能だ。


 それに武闘士は両手に布を巻いて、最速で殴る・蹴るをおこなうものだったから想像しやすい。


 狩りをするときのアルフの動きは武闘士であったことも幸いして、見て動くの練習ができたことで効率が良かった。


 そんなこんなで、自衛のための格闘術を習得して言語も習得した俺は新たな修業を開始することになった。


「ここ約3ヶ月でそれなりに自衛術が身に付いたな」


「はい、アルフさんのおかげです」


「俺は延々と同じ事を教えただけだ。結果を出したのはお前だからな」


 なんと謙虚なお方だ。

 アルフさんの指導が無かったらここまで伸びてないのに。


「いえ、本当にアルフさんのおかげです。繰り返し行って基本を忠実に。この教えのおかげで途中で投げ出さないで済みました。ありがとうございます」


「そうか」


 アルフさんは素っ気なく言うと、見慣れない本を持ってきた。

 もう少し打ち解けてくれてもいいのにね。


「今日から補佐士としての修業だ。昨日まではニホンでも出来ていた修業だからこそイメージは出来ていたかもしれんが、今から教えるのはこちらの世界でしか見られないから難しいかもしれん」


「これは…魔道書という物ですか?」


「あぁ。ニホンでも似たような物が創作物であるそうだな」


 パッと見は絵本のような表紙だ。

 よくよく見ると神父さんらしき人が十字架を持って何かに対して祈っているようだけど。


「まず、僧侶の魔術である回復魔術から教える」


「何か凄そうですね」


「あぁ、強力な魔術だ。俺には使えないからな」


「え?アルフさんが?」


 本当に驚いた。

 何でも出来そうなこの人にも出来ないことがあるんだ。

 今とてもあほ面しているかもしれないけど仕方ない。


「あぁ。だからこそお前には習得してもらう必要がある。多様な術を習得していれば『アルカナイト』に選ばれる可能性が高いというのもあるが」


 アルカナイト?


 初耳だ。


「そういえば言ってなかったな。お前が補佐士になるのはアルカナイトになるため。もう少し言えば、俺の補佐をしてもらうためだ。だからこそ、こうして鍛えている」


「ええと、ここ3か月何も聞かされてなかったというか。聞く余裕も無かったから詳しく教えてもらってもいいですか?」


 そう、ここ数ヶ月だ。

 修業に打ち込むために余計なことを考えていたら身に付かないと思って、雑念を振り払ってきた。

 新たな修業の前に何故補佐士になるのか聞かなきゃ。


 よく俺も疑問を抱かなかったな。


「あぁ。多少なりとも魔素を取り込んだおかげでグレイルの魔術が解けたみたいだな。分かった。話そう」


 うん?

 グレイルさんの魔術?

 またあの人俺に何かかけていたのか!


「恐らく『思考誘導』だろうな。補佐士になるため以外の思考はしにくいように誘導されていたと思うぞ。今までの転生者もそうだった」


 アルフさんは俺の疑問が分かったのか、ため息混じりに呟いた。


 なるほど…

 まぁでも、結果的にこの世界で生きていけそうな術を身に付けたわけだし、結果オーライだ。

 気にしないよ。


 その後、アルフさんに何故俺が補佐士になるのかについて教えてもらった。


 まず、前提知識として。

 今アルフさんの家で居候している、ここのフィールの町は、土の国『ソル』というところの領土内ということ。

 どうりでソル語と言われていたわけだ。

 お城はわりと近くにあるということで、立地が良いそうな。

 毎日アルフさんが歩いて行く方角にもしかしたらお城があるのかも。


 ソル国は、草原や大きな大地が広がる自然豊かな国とのことで、

 中央大陸の魔王城からそれなりに離れていることから、魔物の生息数はやや控えめらしい。


 ただ、その分だけ強力な魔物の個体も生息していて、魔物と人間のハーフのも他の国より多いとされているとか。


 そして、アルフさんの言うアルカナイトというのは日本でも占いとかに使われている大アルカナの称号を持つ人達が所属する精鋭部隊の名称だ。


 元々は、ソル国の騎士達だけで魔物と戦っていたらしいけど、それだけじゃ難しいとのことでグレイルさんが召喚した転生者を筆頭にして精鋭をかき集めて出来たとか。


 グレイルさんが何で転生者を呼べるのかは分からないけど。


 最初のうちは転生者だけにアルカナを授けていたらしいけど、転生者が部隊から引退とか戦死して、徐々に減ってきたところで転生者以外にも付けられるようになったらしい。


「当初から俺は該当者のいないアルカナを担当していたが、あまり良いものでもない。何せ、俺を含めて人格に難がある者が多い。アルカナもその人物の性格に近いものが与えられ、家族を危険に晒さないためにファミリーネームをアルカナ名にされる。賢い魔物やハーフはファミリーネームから特定し、アルカナイトの家族を襲うからな」


「えっ、まさかと思ってましたが、アルフさんが!」


「あぁ。アルカナイトになれば国から支援をしてもらえるからな。魔物共を効率的に殲滅できる。まぁ、今となっては王から役職者を募ってからやれと言われて動けないが」


「なるほど…そこで俺がってことですか」


「あぁ。本当ならば、僧侶・地図士・薬士それぞれの役職者がいないと駄目だが、1人で全て担当してはいけないと言われていない」


 なるほど。抜け道ってことか。


「それに転生者はここの世界の者よりも伸びしろと適正幅が広い。だからこそ、前の2人にも色々やらせようとしたのだがな。戦闘面ばかりに偏ってしまい、結局毒死、転落死をしている」


「えーと…何というか」


 うん。呆気ない。

 てっきり魔物とやり合ってお亡くなりになったのかと思っていたらそういう結末か。

 世知辛いな。


「事前に防げていたものかもしれん。当時は俺も2人に薬学と地形学を教えようとしたが、役職者がいるのに覚える必要がないと言われてな。確かにどちらもいたが、地図士も薬士も激戦の中で死んだ後には専門者がいなくなる。その間に、片方は霧の中で崖から足を滑らせ転落死。片方は幻惑の魔術でやられ、毒草を食べて死んだというわけだ」


「そうだったんですね。あ、でも…アルフさんが教えられるってことはお一人でも問題はないのでは?」


 教えられるなら知ってないと駄目だし、補佐なんていらない気がするけど。


「あくまである程度のことだけだ。専門知識を覚えようにも脳の許容量が足りない。足りない部分を補うためには他者に手を借りるしかないからな。それにアルカナイトとして動くには名目だけでも部隊メンバーが必要になる」


「分かりました。そういうことなら、俺が足りない部分を補います」


 ここまで世話になってるんだ。

 打算で世話してくれているかもしれないけど、助かってるのは事実だしね。

 とにかく恩返ししたい。


「意志だけは褒めてやる。まずは結果を出してみろ」


 アルフさんはそう言うと、早速回復魔術の講義を始めた。

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