第5話 基本を忠実に機械的に
このような運搬手伝いをして3週間後。
俺はそれなりに筋力と体力をつけていたのか、初めの頃と異なり、転びかけることも無くなった。
それに革袋を持っても体が揺れること無く、地に足をつけることが出来ていた。
なるほど、確かに繰り返し同じことを毎日していたら身になる。
グレイルさんの言うとおりだ。
努力すればその分だけ返ってくるんだ。
現実の世界よりも結果になりやすいのは本当に嬉しい。
それに最近になってやっとソル語を習得出来るようになってきた。
これもアルフさんの分かりやすい指導のためだ。
要点を短く正確にまとめてくれてるおかげで短時間で最大効率の勉強ができる。
このおかげで、微妙な言い回しは難しいものの、日常会話程度なら出来るようになっていた。
日本語で言う、承諾の大丈夫と否定の大丈夫みたいな暗黙の了解は難しいけどね。
それに伴い、書き言葉も出来るようになってきた。
元々漢字に似たような文字だから、飲み込みやすいというのもある。
アルフさんがその日に話した言葉をそのままノートに書いて、それをまた言葉に出す。
またノートに書く、話すを繰り返してたら嫌でも覚えるというか。
日本とは違って、言語勉強と運搬手伝いしかしてないし、衣食住も提供されてるから生活の心配をしなくても良いというのもあるのかもしれない。
まぁ、娯楽は無いけど十分以上の生活ができるし、日本でのテスト勉強とか、人間関係のしがらみとかそんな面倒くさいのを続けるより、こっちの方が楽しい。
むしろ田舎生活とファンタジー世界を同時に味わえて、それだけで娯楽になっているんだ。
これ以上は求めないよ。
俺が鼻歌を奏でながらアルフさんの家周りの雑草を抜いていたら、いつの間にか我が師匠が近付いていた。
「ん?」
「今日から剣術の修業だ」
「あ、ついにですね」
「あぁ。素振りからだ」
素振りか。
確か野球部の皆がやってたあれだね。
基本を大事にするアルフさんだ。
言語勉強と同じように繰り返すんだろう。
身に付くまで延々と同じ事をするのは飽きやすいらしいけど、元々単調作業は好きな方だし、それが自分のためもしくはアルフさんのためになるならば願ったり叶ったりだ。
それに身に付くことを実感したら達成感もあるし、何しろアルフさんの期待に応えられるかもしれないし。
ということで、早速今日から木刀を使った素振りメニューが追加された。
持ち方はアルフさんの言うとおりに両手でしっかり握って重心を頭の先ならつま先まで垂直に。
かつ、体重移動を迅速に出来るように両足の幅を肩幅まで広げて、視線は前方に。
言われたままやるけど、これがなかなかに難しい。
右足と左足の体重が少しでもどちらかに偏るとアルフさんが指摘する。
完全に均衡しないと、やり直しだ。
ただ木刀を構えて、立っているだけなのに汗がにじんで息も荒くなる。
これは腹筋に力を入れ続けて、体に猪魔獣の皮で作った防具を身につけているからだ。
全身おもりで常に重力が2倍かかっているようなイメージをして欲しい。
体が思ったように動かないのもあるし、木刀自体もそれなりに重い。
なかなか素振り許可を得るまで時間がかかりそうだ。
俺は膝が震えるのを必死に我慢して、体幹を鍛える構えの練習を続けた。
1週間後。
俺は毎日の習慣になっている言語勉強と運搬手伝い、そして木刀の構えを続けている。
ここ数日でようやく素振り許可をもらったから、一生懸命素振りをする。
もちろん、木刀を頭の上まで持ち上げて一気に振り下ろす基本から、平行に斬る、斜めに斬る、下から斬り上げるなど色々だ。
教えてもらった斬り方ならばある程度対処出来るとのことでそれぞれの斬り方を何回も何回も納得が行くまでやる。
ある程度出来たら夕方に帰ってくるアルフさんへ見せて、及第点をもらうまで繰り返す。
これを続けていた。
「ふむ、まぁいいか」
「はぁはぁ…え!?本当ですか!」
「あぁ、戦士の動きはある程度身に付いている。元々型にはまっていないから雑でも問題はない。後は筋力を付けて、力押しだな」
なんと、技よりも力押しか。
見た目に似合わずなんと脳筋な。
と思ったけど、アルフさんの言うことに間違いはないし、戦士のイメージ通り最終的には力が決め手なんだろう。
「この動きを忘れるな。何度も繰り返させたのは頭ではなく、体に覚えさせるためだ。戦場では頭だけで戦う者もいるが、基本を忠実に機械的に行う方が効率が良い。もちろんアレンジするのは構わないが、それは基本を極めてからにしろ」
「分かりました」
俺はソル語で返事をすると、アルフさんに頭を下げて家の中に入った。
「(今までの転生者は繰り返しの修業に嫌気をさす者が多かったが、あいつはついてくるか。全く期待していなかったが、ほんの少し評価を改めた方が良いかもしれんな)」
アルフは心の中でそう思ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます