第3話 アルフ・ラパペス
知り合いになったばかりとはいえ、異界で話せる同性がいなくなると途端に心寂しくなる。
寂しいというより、不安だ…
しばらくすると一軒家のドアがガチャリと音を立てて開いた。
「グレイル!…さん…?」
「…」
グレイルさん、こわいです。
急に目の前に現れた人は一言で言えば、狼。
そう、オオカミって言葉が似合う長身細身な男性だった。
とはいえ、服から露出している首と両腕はガッチリしているから、モヤシなどの表現はできない。
いわゆる細マッチョか。
服装はグレイルに似た村人風な布服と白のズボン。
違うと言えば、腰に短剣らしき物があるくらいか。
目つきは鋭く、スポーツ刈りにはいかないショートな髪は黒を基調とした紺色で一見すると単に黒髪にも見える。
顔立ちは塩顔…というか、クールな印象が強い。
ただ、童顔気味な俺と比べたら本当に整っていて、同じ男から見てもイケてるし、格好いい。
雰囲気はアレにしても、女の子にモテるのでは?と不躾ながら感じてしまった。
「…」
でもなんだろ…話してくれない!
仕方ない…グレイルの時みたいに話そう。
「あの…俺はグレイルさんから言われてここに来た…」
そう言いかけた瞬間、目の前からの怒気というか覇気を感じた俺はその場で一瞬意識を失いかけ、反射的にその場で後ろに飛び退く。
第六感というか、目の前から何か飛んできて、自分のところに落ちてきた物を避けるような感覚。
意識して出来たわけじゃ無く、本当に偶然に飛んでいた。
その一瞬の間に俺が立っていた場所に男性は移動しており、左手で手刀を繰り出していた。
うそだろ…風切り音がしたし。
「ふむ。運が良いな。臆病な性格が幸いしたか」
「…ぇぇ…ぁぁっ」
意味が分からない。
突然入ってきて、突然殺意を向けられて、突然手刀?
疑問と恐怖でゴチャゴチャになった俺は飛び退いたのはいいものの、その後足を絡ませて転んでいた。
その痛みを忘れるくらいな出来事だった。
「すまない。グレイルの弟子には洗礼をしていてな。しかし、偶然とはいえ驚いた。事前に殺気で合図していたが…利き手じゃないとはいえ、ズブの素人が避けるとはな」
先ほどまでの殺気が無くなって、その男性は独り言のように呟く。
声は予想通り、男らしい低めだが、とても聞き取りやすい。
まぁ、冷めている声音だけども。
「原状復帰が早いな。余計な考え事をするくらいにはなったか」
「まぁ…夢だと思ってるので」
そう、俺は一時的に思考がパンクしたが、これは夢。
そう思ったらあっけなく理性を取り戻していた。
「…まぁいい。俺の名は『アルフ・ラパペス』。お前の指導役になる」
「アルフ…さん、ですね。ファミリーネームで呼んだ方がいいですか?」
グレイルのことを思いだして聞いてみる。
「いや、良い。それにラパペスはファミリーネームではないのでな」
「??」
それだけ言うと、アルフは椅子に腰掛けた。
「グレイルからは、0から教えろと聞いてる。それに近々『補佐士』まで鍛え上げろと」
「補佐士?それって役職ですか?」
「正確にはグレイルの造語だがな。中身は魔術師、僧侶、薬士、地図士のごちゃ混ぜだ。本来ならば特化しないと役職とは言えんが、仕方ない。詰め込みだ。お前も災難だろうが、あの無謀爺に捕まったのが不運だったな」
フンとアルフは不機嫌そうに窓を見やる。
アルフも何か過去にあったんだろうな…
「でも、そんな…プロの人が生涯かけて勉強するものを俺なんか平々凡々が…」
「カケルだったか。お前は『転生者』なんだろう?飲み込みは早くなるはず。それに確か特典のような物があると聞いてるが」
「特典?…いえ、そのようことは聞いてないですが…」
転生者の特典…そんなものがあるならとっくに使っているのでは?
というか、今現時点で俺が何か特別なことをした覚えは無いし…
「そうだな…グレイルからある程度異界のことは聞いているが。ふむ、では今ここまでに来る間で異界では出来なかったもしくはそれに近いようなことは出来たということはないか?」
そんなこと言われても…
「んー…俺が元の世界で出来た事なんて本当に少ないのですが…あ、でも、勘は良かったと思います。テストとか当てずっぽうでも当たりましたし、そろそろ地震来るかな?って思っていたら来たりしてましたから」
そう、俺は今まで生きてきた中でそれなりに勘で行動してきた節がある。
というのも、本当にただ感じたことがたまたま当たってたみたいな完全な運要素みたいなものなんだけどね。
それにいつも当たるわけじゃないし、統計取ったら半分当たってるかも分からないレベルだから体感的に、あくまで主観的に勘が鋭いとしか思ってなかった。
それくらいしかアイデンティティが無いと言われればそれまでだけど。
「予兆や周辺環境の把握…第六感辺りか?いや…」
「?」
「俺の推測ではお前の異能は『未来予測』だな」
「え、未来予測ですか?」
なんだそれ…いやでも、それならおかしい。
現に普通にしてても未来が見えたりしないし、アルフの行動や言動なんて予測できてない。
「転生者は元の世界の能力を強化した上でこちらに来るとのことだ。つまり、それだけの特典が無いとこちらの世界では生きていけないということだろう」
「でも、未来を予測なんて…そんな凄いことできるならさっきのアルフさんの手刀を…」
あ、そういえば。
さっきアルフの攻撃を受ける前、ほんの少しだけ直感で動けたような気がする。
でなきゃ、剣道や柔道その他武術すらやったことない俺が避けられるわけがない。
「まだ未完成ということだな。であれば、それを使いこなせるようになることだ。せっかくの特典を腐らせるのはもったいない」
「えっと。使いこなせるようになるにはどうすれば…」
そう、異能とか能力とか架空のものを使えと言われても実感が無いんだ。
それを自覚して使うにはどれだけやればいいのやら。
「ひたすら先ほどのようなことを繰り返す。少なくとも危機的状況なら使えることは証明できてるしな」
アルフはちらっと俺を見ると再び再現しようと構える。
いやいや、無理です。
「あ、アルフさん!そういえば、何で俺の言葉が分かるんですか!」
そう、グレイルに初めて会ったときはあっちの言葉が分からなかった。
ということは、あっちも俺の言葉が分からないということだろう。
それなのに今こうして会話できてることに疑問が生じたから投げかけてみた。
我ながら上手いこと言ったな。
「あぁ、そのことか。今使っている『ニホンゴ』はグレイルから叩き込まれた。使う機会など無いのだがな。稀に転生者がいた際に使う程度。まぁ、ここ数年で2人と会話する際に使ったが、その2人ももう死んでいる。しばらく使うことは無いと思っていたが」
「え?グレイルさんから教わった…?それに亡くなったって…」
「聞いてなかったか。グレイルも転生者だ。以前まで同じ世界の仲間を召喚していたらしいが、お前で最後になると言ってたな。あと、死んだ2人もグレイルが呼んでいた。初めは戦士、次は武闘士だったか。俺が師として鍛えたがどちらも戦力としては期待を下回っていた。死んでも仕方ないところはあるだろう」
アルフは特に何も思うところはないのか、淡々と教えてくれる。
何というか、人が死んでも雑談くらいに話すってことはそれだけくぐり抜けてきた人なのかな。
怖いと言うより、少し同情してしまう。
「そうだったんですか…それならば、俺こそはアルフさんの期待に応えないと駄目ですね」
「期待していない」
そう言うと、アルフはローテーブルの上にあった何冊かの本をこちらに渡してくる。
国語辞書並みに分厚い。
しかも、縦に少し大きい。
「言語を聞いてきたということは、やるつもりはあるのだろう?まずは座学からだ。とりあえず、ここの国『ソル』で使用するソル語から勉強する」
ぐ…全く読めない。
何だろう、象形文字…のような、漢字に近い何かだから辛うじて意味は分かる気がする。
「えっっと…これは、海?ですか?」
「あぁ。海で合っている。勘が良いというのは本当か」
「何となくって感じですね。ニホンゴで似たようなのがあるんですよ」
「ふむ」
そうして俺はアルフ先生に習い、少しずつソル語を習得するのであった。
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