第2話 勉強

 グレイルがあと少しでフィールに着くというところで、不意に語り始めた。


「そうそう、カケルよ。この世界の歴史授業を受けてみぬか?」


「あー…正直、勉強は得意じゃないのですが‥簡潔にお願いできますか?」


「分かった。①魔王と勇者がいる世界②勇者が魔王を倒したその後の世界③魔王が消えても雑魚の魔物共から後釜が出るかもしれないから、剣士・魔術師・僧侶・武闘士・地図士etcの専門分野に特化した者が育てられている④魔物は魔王が消えても何故か減らずに、根城を強固としているため、戦力を整えずに下手に手を出せない⑤何故かというと、勇者は老衰で死に、その後勇者は生まれていない⑥つまり、根城を強襲するための『勇者がいないパーティ』を創る準備期間」


「えーと、この世界の世情というか、何となく把握しましたけど…」


「おうよ、簡潔にまとめたが内情はがんじがらめだからのう。下手に気にする必要はない。追々学べばええのじゃ」


「そうですね」


 知らぬ間に乗せられていたような気はするが、仕方ない。

 ここで突っぱねても何も変わらないし。


「さて、着いたぞ」


「おぉ!」


 しばらく話を聞きながら進むとフィールの町の入り口に着いた。


 外観はいかにもな田舎の町って感じだ。

 木目調の一軒家がそこらに存在していて、その周りには田んぼや果物の木。水路のようなものも点在していて、想像上の田舎って印象だ。


「けっこう人はいるんですね」


「あぁ、ここら辺は魔物も出にくいし、農作物を育てるのには土壌が良いからな。役職引退の者や非戦闘の人らが好んで生活しておる。」


 なるほど、どうりで皆さん穏やかな素振りでこちらに挨拶をしてくれるわけだ。


 服装なんかは布服や茶色の動きやすい短パン姿の人が多いが、俺のようないかにもな都会人服装を見てもニコニコとしてくれる。


 グレイルの姿も村人風な服装なせいか、違和感あるのは俺だけだが。


「さて、カケルよ」


「はい?なんですか?」


 一息ついて、グレイルは真剣な表情で1つの一軒家を指差す。


「今日からカケルはあそこにいる無口男と修行をしてもらう」


「???」


 ん?修行‥?運動神経はあまり良い方ではないから不吉な予感がする。


「なに、この世界では努力が報われやすい。筋トレをすれば筋肉がつき、勉強をすれば知識がつく。それと同じように戦闘術、サバイバル術、魔術、薬学もやればやるだけ身につくものだ。報われないのは適性もあるにはあるが、そこはほら、各々で分担すれば良い話だしのう」


「と言いましても…俺はここの町で平和に暮らして行ければそれで‥」


 グレイルは少し不機嫌そうに鼻をならす。


 怒らすようなことは言ってないはずだけど。


「それじゃダメだぞ、カケル。何のためにワシが君を呼んだのか!」


「ぉぉ…大きな声出さなくても聞こえますって‥」


 耳が痛い。ボリュームを考えて欲しい。


 やいのやいのしながら、中に入ると殺風景な内装が目に入る。


 人が住んでいるのか微妙な雰囲気であり、木でできたローテーブル1つに椅子が三脚。


 加えて本棚と何やら書類を置く棚に、ホウキが一本あるだけだ。


 しかも、その無口男という人はいない。


「む?いないか…まぁよい。それはのう‥ワシの求めるのが裏方だからじゃ」


「うらかた?」


「そうじゃ。この世界には専門職があると先に言ったじゃろ?戦士や武闘士などじゃ。その専門職にも人気度というか、まぁ偏りが激しくてのう…ここのところそれが魔物にバレたのか、搦め手を使う輩が多いんじゃ」


「んー‥搦め手、ですか?」


「左様。人に化け、食事に毒を混ぜる魔物。幻覚を見せて自殺させる魔物。交易路に倒木をばらまけたり、池や海に油と動物の死体を投げ込み汚染させる魔物。他にも人間と魔物を交尾させて、人間と魔物のハーフを増やそうとする魔物など、何というか姑息な魔物が増えておる」


「何というか、俺の思ってる魔物のイメージが違いますね…」


 ゲームとかだと勇者と魔物は単騎にしろ、軍勢にしろ、正々堂々真っ正面からぶつかり合っているイメージが先行するし。


「そうじゃのう…前まではカケルのイメージ通りじゃったはずじゃ。しかし、もう勇者も魔王もいない世の中じゃ。正面切ってのぶつかり合いじゃ勝てぬと悟ったのかものう。いかに勇者がいないとはいえ、その側近である戦士や魔術師は継承されておるし」


「なるほど‥」


 確かにそれならば魔物と人間。


 双方の残党でどちらが優勢かを問われれば人間の方が上かもしれない。


 何せ、魔王を殺すと言うことはその前に現れる四天王だか幹部だか知らないけど、その魔物も殺してるだろうし。


「未だに魔物が絶滅していないのは馬鹿正直に火力を整えて一気に潰そうと準備をしているなどの要因がある。何せ、勇者は親玉は潰してもその周りの残党は倒し切れていないのだからな。余念が無いのも分かる。」


「今度こそケリをつけるために、入念にってことですね」


「そうじゃ。しかし先に言ったとおり戦士や魔術師は多いが、裏方…つまり、僧侶や薬士、地図士があまりにも少ない。それが分かってるのか、魔物どもは非戦闘職の者を狙い、さらっていく。恐らくだが、情報を抜き取ったり、おなごならば魔物の子供を産まされたりしているのだろうな」


 さっきは情報整理のためスルーしたが、もしかして。


「魔物と人間のハーフ…そいつが指揮をしてるのでは?」


「むっ?確かにその可能性は高い。何せ魔物の戦術や隊列がこちらに似ているからのう。妙に搦め手をしてくる理由もそのせいかもしれん」


 ただ、とグレイルは厳しい顔をする。


「確証を得るのにもなかなか困難でのう。それに、ハーフは人間を見るとどんな手段を用いても殺す。だからこそ、指揮官を見た者は少ないのじゃ。前線には出てこないからのう。ましてや、ハーフは人間の見た目に魔物の戦闘力を秘めている厄介なやつじゃ。一見すると人間だが、友好的に近付くとその瞬間に殺されているなんて報告も多い」


「嫌ですね…それ‥」


 こういう心理をつくのも同じ人間というか、ハーフゆえなんだろうか。


 例えば、森で怪我してる人を見つけて、自分には治療する術がある。

 しかもその人は大変な美人で、治療してあげたらとても嬉しそうにお礼をしてくれる。

 じゃあ、近くの村まで…といって背中を見せたら‥


「そんな感じじゃ」


 心を読まれるってのも不気味だけど便利だなぁ。


「使わないものは腐るぞい。それが言葉でもな」


「それで…何となく専門職については分かりましたけど、その裏方?に何で俺が…?」


「それはのう…」


 グレイルが続きを話そうとした時、彼の耳がぴくぴくと少し動く。


「よし、こんなもんじゃな。ワシは少し出掛けてくる。後は無口男の授業を受けることじゃ。ワシはカケルの呼び出し人とはいえ、これでもやることがあってのう。しばらく会えなくなるが泣くなよ?」


 グレイルはグフフと笑うと一軒家から去って行った。

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