7.帰るべき場所

「思いだしたって?」

突然『ピカーリマン』を見て興奮している直利なおとし定子さだこは呼びかけた。

「これ、僕が好きだった番組です。定子さん、田城たしろ家で見たアルバム、覚えてますか」

「ええ」

「僕がケーキを食べていた写真、あの時、僕はピカーリマンの大きな人形をもらったんです」

「クリスマスプレゼントだったのね」

「拉致された日、僕は黄色いバケツにピカーリマンを入れ、赤いスコップを持って河原に行きました。僕が探していたのは、ピカーリマンが変身するときに使うペンダントの石と同じ、緑色のガラス石だったんです」

 テレビでは青年がペンダントを掲げ、「ピカーリ!」と叫んでいた。緑色の光線が消えると、青年は緑の体に白いヘルメット姿に変身している。

「拉致された時、僕は掴んでいた石しか持っていませんでした。バケツもスコップもピカーリマンも、みんな置いてきてしまったんです」

「それは、新聞記事には書いてなかったわよね」

「はい。僕が自力で思い出した記憶です」

「すごい! これでみんなもあなたがまもるさんだと認めてくれるわ。私も早く手紙を書かなくちゃ」

 清書を始めた定子の右隣で、直利は『ピカーリマン』に見入っていた。画面では、ピカーリマンが敵相手に必殺技を放っている。

「轟け、ピカーリシュート! 」

白色の光球が振り上げた右足から敵めがけ放たれ、敵もろとも空の彼方へ吹き飛ばす。変身を解いた青年の所に、10歳くらいの少年が駆け寄ってきた。

ひかる兄さん、探したんだよ。サッカー教えてくれる約束だよね」

「ごめんごめん。じゃ行こうか、集人しゅうと君」

 二人は連れだって画面の奥に消えていく。直利はぽつりとつぶやいた。

ちから、僕を兄さんだと認めてくれるかな」


 関本家では利子としこたちが夕食の準備をしていた。早めに店を閉めた直定なおさだが出来上がった手紙に目を通している。

「これが君の本当の記憶なんだね」

「はい。これも僕がテレビで『ピカーリマン』を見ることができたからです。いつもはお店にいる時間なので、全く気づきませんでした」

「手紙は明日、学校で私が力君に渡すつもりよ」

 定子は手紙の最後に記した一文を指差した。直定の字で綴られている。

「僕は『リッチ』で待ってます。 田城士」

手紙の封筒にも『田城家のみなさんへ 田城士』と記されている。

「どんな結果になっても直定さん、いいえ、士さんにはここにいて欲しいの」

定子は熱い眼差しで士を見つめる。

「君はそれでいいのかね」

 直定の問いかけに士は答えた。

「僕が忘れていた地球の味を教えてくれたのは『リッチ』の皆さんです。早く一人でコーヒーをれたり、クレープを焼いたり、ナポリタンを作れるようになりたいんです。でも、お父さんの工場のこともありますし」

「君の思うようにやればいいんだよ。ただ、あの『アフタヌーン3』が再び来るかもしれないのが気がかりなんだ」

「『マスコミお断り』ってドアに張っておこうかしら」

カレイの煮付けを運んできた利子が割り込む。彼女も憤慨しているようだ。

「お客様が怖がってしまうよ。もう士君は記憶喪失ではないのだから、帰ってもらおう」

だが、事態はそう簡単にはいかなかった。


 2月26日。

 いつものように学校に登校した定子はやちよに事情を話すと、昼休みに力を呼び出した。

「また厄介ごとか」

力は最大限の警戒をしている。無理もない。定子は頭を下げると、手紙の入った封筒を差し出した。

「この手紙を田城君とご両親に読んで欲しいの」

 力は封筒の『田城士』という文字を見て凍り付いた。

「信じられないかもしれないけど、この間会った直利さんは、あなたのお兄さんの士さんなの」

やちよの説明を聞いても力は考え込んでいたが、ようやく口を開いた。

「俺もあの人を見た時から、ずっとおかしいと思ってたんだ。放課後まで時間をくれないか」

「ありがとう」

定子は胸をなで下ろした。


 放課後、定子とやちよはサッカー部へ休みの断りを入れるという力と、校門で待ち合わせしていた。そこに突然ワゴンカーがやって来たのだ。ドアが開き、レポーターとカメラマンが二人を遮る。

「『アフタヌーン3』の佐野さのです。あなた方が記憶喪失の富田とみたさんの発見者ですね」

「ダッコ!」

 やちよは定子の手を引っ張り、自転車置き場へと駆け出そうとした。だが、佐野が先回りして二人の行く手を阻もうとする。定子は佐野に言い放った。

「あの人はもう記憶喪失じゃないの! ほっといて」

「そのいきさつを詳しく」

佐野のマイクが定子に迫ろうとしたその時だ。定子の背後から叫び声がした。

「ピカーリシュート!」

 飛んできたサッカーボールが佐野の頭上をかすめる。校門で跳ね返ったボールをキャッチしたのは力だった。

「早く行け!」

力の言葉に押されるように、定子とやちよは駆けだした。校門にはいつの間にか学生たちの人だかりができており、佐野たちはもみくちゃにされている。力は校庭を指差した。

「折角来たんなら、陽光原ようこうばら高校サッカー部の取材でもどうだい」


 定子とやちよが『リッチ』に到着した時には、既に日は傾き始めていた。辺りにマスコミがいないか確認しながら中に入る。奥のボックス席に座った二人に士がコーヒーを持ってきた。

「そうですか」

力が二人を助けたことを定子から聞き、士は安堵したように微笑んだ。

「力君も『ピカーリマン』を見てたみたい」

「もしかしたらサッカーを始めたのもそのせいかも」

 やちよの話を聞きながら、定子はコーヒーに砂糖を入れて口に運ぶ。士が呼びかけた。

「僕が選んだブレンドで淹れてみたんですが、どうですか」

「おいしい! 私の好きな味よ」

喜ぶ定子を見た士は立ち上がると、エプロンのポケットに手を入れた。取り出したマッチ箱が緑色に光っている。

「僕も決心が付きました。これからどうなるか分からないけど、僕の帰る場所は地球のここなんです」

 その時、店の外で車の停まる音がした。とっさに身構える三人。だが、ドアを開けて入ってきたのは田城家の三人だった。直定と利子がカウンターから飛び出す。

「士!」

「兄貴!」

家族が自分を呼ぶ声を聞きながら、士は緑色の石を額に当てた。

「ありがとう」

「やめて!!」

止めようとする定子にはかまわず、士は石に呼びかけた。

ケセルは死んだケセルタラセ任務解除せよフミレチヒミ

光が士の額を貫き、士は椅子に仰向けに倒れた。

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