6.『アフタヌーン3』


定子さだことやちよの交換ノートから-


 1985年2月25日


 昨日のこと、学校でちから君に謝ったんだけど、「もういい」って言われただけだった。でも、もっと怒ってると思ってたから正直ホッとしちゃった。

 直利なおとしさんが15年前に行方不明になった田城たしろまもるさんだとどうやったら証明できるのか、昨日からずっと考えてたんだけど、テレビで見た中国残留孤児の親子調査みたいに、血液型とか調べてもらうのが間違いないのかな。でもそうするとご両親にも協力してもらわないといけないし。なにより直利さんの気持ちが分からないとね。

 もし本当に調査するのなら、父さんの働いている病院でできないか聞いてみるから、ダッコも何か名案があったら教えて。


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 月曜日の昼下がり。客足の途切れた『リッチ』では直利が自分で淹れたコーヒーを直定なおさだに出していた。利子としこは夕食の買い出しに行っている。

「マスター、どうですか」

直定は一口飲み干すと、笑みを浮かべた。

「前回よりドリップの手際も良くなったし、味も良く出ているね」

「ありがとうございます」

 直利が一礼した時だ。突如ワゴンカーが店の前に止まり、中からカメラマンとマイクを持ったレポーターが降りてきた。そのままドアを開けて入ってくる。

「どうしたんですか」

 カウンター席から立ち上がった直定にレポーターは一礼した。

「関東テレビ『アフタヌーン3』の佐野さのです。このお店で記憶喪失になった青年を預かっていらっしゃると伺ったもので」

カメラが直利の姿をとらえる。

「一体どこでそんな話を」

直定は佐野に向き直った。

「それより、『アフタヌーン3』で是非紹介させて欲しいんです。全国ネットですからすぐに情報も集まりますよ」

「お断りします」

 直定はカメラの前に立ちはだかった。佐野はかまわずマイクを直利に向ける。

「あなたが記憶喪失の富田とみたさんですね。何か覚えていることはありませんか」

直利は戸惑うように立ちすくんでいたが、目を伏せて強く言い放った。

「もう、いいんです」

直利はマイクを振り払うと、店の裏口から外に飛び出した。裏口の向かいには関本せきもと家がある。


 高校から戻ってきた定子は、いつものように自転車を自宅の軒下に止めようとしていた。そこに直利が駆け込んできたのだ。

「どうしたの?」

定子の問いにも答えず居間に入ると、直利は何かを探し始めた。やがて図書館でコピーした新聞記事の入った封筒を掴むと、コピーの裏面を広げた。

「もしかして、何か書きたいの?」

直利は定子の言葉に我に返ったようで、テーブルに封筒を置くと椅子に腰を下ろした。

「家族に手紙を書きたいんです。信じてくれるかは分からないですけど」


 定子は新しい封筒と便箋、そしてシャーペンとボールペンを持ってきた。

「まだ漢字はうまく書けませんので、定子さんに僕の話すことを書いて欲しいんです」

「お安いご用よ。直利さんも入って」

定子は居間のこたつに入るとシャーペンを持った。直利は右隣に入る。まずは直利の話を聞き取ってから清書しようというのだ。

 直利は自分が拉致された時のこと、宇宙人の母星で研究所に監禁されていたこと、そして戻されたときのことを説明する。それは図書館に行った後、定子たちが聞いた話だった。そして話は、田城家へ行った時の正たちとの再会に移った。

「僕は田城家に行き、弟やお父さん、お母さんに会うことができました。でもあの家の僕はもう死んでいて、みんな新しい暮らしをしようとしていました。そこに大人になった僕がいきなり現れたらどう思うのか。きっと喜んではくれないと思いました。

 それに、僕もあの家にいたときのことをはっきりと思い出せません。こんな気持ちで真実を受け入れる気にはどうしてもなれませんでした。それならいっそ、富田直利という名前をもらったこの関本家のみなさんと暮らしたいと、そう思ったんです」

「直利さん、それホント!?」

 定子のシャーペンが止まった。笑顔で直利を見つめる。だが、直利の顔は曇っていた。

「でも、今日お店にテレビ番組の人が来たんです。マスターは『帰ってくれ』と言ったけど帰ってくれなくて、全国に僕のことを知らせたいってマイクを向けて……」

 直利の言葉が途切れた。手は震え、唇を噛みしめている。

「僕のことがテレビで流れれば、関本家のみなさんにも迷惑がかかりますし、田城家の幸せを壊してしまう。僕はもうこれ以上ここにいてはいけないと思いました」

「そんなこと言わないで!」

定子はシャーペンを投げ出すと、身を乗り出して直利の手を掴んだ。

「直利さんと別れるなんて、私考えられない! ずっとここにいて欲しいの!」

 直利は驚いたように捕まれた手を見つめ、次いで定子の目を見つめた。

「どうして君は、僕のことでそんなに親身になってくれるんですか。出会ったときからずっと思ってたんです」

「それは……直利さんが好きだから」

定子は言い切った後、我に返って手を離した。直利は静かに尋ねる。

「僕が15年前に死んだ『田城士たしろまもる』でも、ですか」

「私が知っているのは、あの河原で倒れていた直利さん『から』だから」

 定子はボールペンを握った。

「たぶんこれからも、私にも直利さんも知らないことがあると思うけど、昔のことが分からないのはふたりとも同じ。何が分かっても受け入れたいし、一緒に前に進みたい。そして、いつか『士さん』と普通に呼びたいの」

定子は便箋を一枚めくると「田城士」と書いて直利に差し出した。

「手紙の最後に自分で名前を書いて欲しいんです」

 直利は微笑むと左手で便箋を受け取り、右手で定子の手を握りしめた。

「ありがとう。君の手は研究所の優しかった人たちと同じ、温かい手。僕に勇気を与えてくれます」

「そんな」

 定子は思わず上気する頬を押さえた。慌てて話題を変える。

「そういえば、お店に来たテレビ番組ってどこだったの」

「確か、『アフタヌーン3』と言ってました」

「『午後三時はアフタヌーン3』の!  関東テレビの有名なワイドショーよ。まだやってるかしら」

 定子は居間のテレビを付けた。関東テレビにチャンネルを回すと、ワイドショーではなく、古そうな特撮フィルムの映像が映った。ちょうどOPが始まったところらしく、タイトルが大写しになり、ナレーションが叫んだ。

「宇宙からのヒーロー『ピカーリマン! 』」

その時、直利のエプロンの胸ポケットが光りだした。しかし、直利は気づかないようにOPに見入っている。

「直利さん、石が光ってる」

 定子が声を上げ、ようやく直利は我に返った。テレビはCMに入っている。

「ピカーリマン! ようやく思い出しました、とても大切なことを」

直利は田城家でガラス石を見た時のように興奮していた。

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