4.過去を求めて
-定子とやちよの交換ノートから-
1985年2月21日
昨日買い物から帰ってから、直利さんの様子がおかしいの。もしかしたら何か思い出したのかも。今日私が帰ってきたら、「昔の新聞が見たい」って言ってきたの。
「図書館にならあると思うから、明日やちよと一緒に行きましょ」と言ったら、「直定さんに店を抜けてもいいか聞いてみる」って。
チヨはもちろん大丈夫よね。
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翌日の放課後、定子はやちよと共に「リッチ」へ直利を迎えに行った。
図書館へはバスで向かうことになったが、直利はバスを見て戸惑っている。整理券を取ることも分からないようなので、定子が二人分の整理券を取った。直利は足下を確かめるようにタラップを踏みしめて乗り込んだ。一番奥の席に三人は腰掛ける。
「ところで、直利さんは何を探したいの」
定子の問いかけに直利はどう説明していいか迷っているようだ。やがて話し出す。
「『リッチ』に置いてある新聞で、利子さんが行方不明になった人がいないか毎日調べていたんです。それを見て昔、
「それって、力君のお兄さんと関係があるかも」
やちよが思わず声を上げた。
図書館の新聞縮刷版コーナーに入った三人は、15年前、つまり1970年3月の縮刷版を手に取った。直利は新聞が読めないので、定子とやちよが記事を調べる。
「力君の誕生日は3月9日だから、10日から調べましょ」
調べていくが、なかなかそれらしい記事は見つからない。ようやく12日の新聞に、小さな記事を発見した。
『陽光原市のメッキ工場経営、田城正(たしろ ただし)さんの長男、士(まもる)ちゃん(5)が9日午後、近くの流川付近で見かけたのを最後に行方不明になっている。流川の河原で士ちゃんのおもちゃが発見されたため、警察は事件と事故両面で捜査中だが、手がかりは発見されていない』
記事には男の子の顔写真も載っているが、縮刷版ではよく分からない。
「直利さん、タシロ マモルって名前に聞き覚えない?」
定子に尋ねられた直利はポケットから緑色の石を取り出し、額に当てた。そしてつぶやく。
「タシロ、マモル」
すると、石が光を帯び始めた。定子はあわてて光を隠そうと手をかざす。直利は無表情で数十秒固まっていたが、光が消えると今まで見せなかったような心細い面持ちになった。
「直利さん」
呼びかける定子に、直利は声をかけた。
「僕は、田城士だったんです」
『リッチ』の入り口には「Closed」の札が下がっていた。少し早いがお店を閉め、直利、もとい士の話を聞こうということになったのだ。やちよが店の公衆電話で家に連絡するのを、士が興味深く見つめている。
「士さんはテレホンカード見るのも初めて?」
定子は努めて明るく呼びかけるが、士は軽くうなずいただけだった。
「あり合わせの材料だけど、みんなで食べてね」
利子がクレープと大盛りナポリタンをテーブルに置いた。直定がコーヒーを淹れている。
「さて、どこから聞けばいいのかな」
直定の問いに、士は図書館でコピーした新聞記事を広げた。1970年3月12日、そして、捜索が打ち切られたことを伝える3月19日の記事だ。
「あの日、僕は河原できれいな石を探していました。ずっと水際を見ていると、緑色に光る石があったんです。それを掴んで顔を上げたところ、銀色に光る円盤が飛んでいました。驚いた僕はそのまま川に落ち、溺れそうになったところを緑色の光線に包まれました。
気がつくと、僕は見たこともない場所にいました。そして、緑色の肌をした人たちが取り囲んでいました。それは、ノチィヒという星から地球へ調査に来た宇宙人だったんです」
士は宇宙人の言葉で名乗ろうとしたが、その言葉は日本語では聞き取りにくいものだった。
「ノチィヒ人は地球人の生態を調査していて、たまたま円盤を見てしまった僕をさらったんです。地球人の資料として、そして円盤の目撃者として帰すわけにはいかなかったと、後で説明されました。そして、僕は地球でいえば15年の時間をノチィヒ星の研究所で過ごしたんです。ノチィヒ星の時間は地球よりも長く、地球の3年が向こうの1年くらいでした」
あまりにも予想外の話に、一同は食事も忘れて聞き入っていた。
「僕は研究所で同じように他の星から連れてこられた子供たちと一緒に暮らしていました。外には出られませんでしたが、研究所の人たちも自分の子どものようにかわいがってくれました。ノチィヒ星で地球を呼ぶ『ケセル』がそのまま僕の名前になり、そのうちに、僕は自分の本当の名前も、記憶も思いだせなくなっていきました」
「どうして地球へ帰ってこれたの」
定子が士の顔をのぞき込む。
「ノチィヒ星の政府が変わり、研究所がなくなることが決まったからです。拉致の証拠を消すために僕たちが殺されることを恐れた所員たちが、ノチィヒ星での記憶を消すことを条件に、故郷に帰すことを申し出たんです」
「どうやって記憶を思い出せたんですか」
やちよの問いに、士は緑色の石を取り出した。
「定子さんと買い物に行ったときに、電車でスリに狙われていた定子さんを助けようとして、手すりに額をぶつけました。その後ベンチで休んでいて、定子さんが冷たいハンカチを当ててくれた時、川でさらわれる前に見た光景が浮かんだんです。そして、この石のことも思いだしたんです」
「これが、士さんが拾った石なんですね」
やちよと定子は石を見つめたが、ただのガラス石にしか見えなかった。
「僕は帰される前、ノチィヒ星での記憶を封じる処置を受けました。ただし、僕の位置情報を追跡するため、額に装置を埋め込まれました。その起動スイッチとして、僕が拉致された時持っていたこの石を使用したんです。そして、円盤で拉致された場所に僕を下ろしてくれました」
「一つ聞いてもいいかしら」
利子がナポリタンを取り分けながら尋ねた。
「士さんは5歳で地球を離れたのよね。話し方やスーツ姿は私たち大人の日本人と変わりないように見えるけど、それはどうやって覚えたの」
「ノチィヒ星での記憶を封じる際、上書きされたのが僕が拉致された時に調査した大人たちの知識だったんです。この服も、その人たちの服に似せて作ったようです」
「だからスーツのスタイルが昔のアイビー風だったんだね」
直定がうなずく。
士はコーヒーを一口飲むと、真剣なまなざしで尋ねた。
「僕の話を信じていただけるんですか」
「もちろんよ」
定子は言い切ったが、やちよは不安げだ。
「ただ、士さんは亡くなったとみんな思ってるから、田城家の人たちが信じてくれるかどうか」
「実は、小さかったこともあって、本当の家族のことやどんな暮らしをしていたか、はっきりと思い出せないんです」
「無理もないわね。5歳では」
利子が嘆息した。
「明日は土曜だし、私が力君に家にいるか聞いてみます。士さんも定子と一緒に行ったら、何か思い出すかもしれません」
「ありがとうございます。でも、ここにいる間は今まで通り『富田直利』で呼んでください」
士は一礼した。
「分かったよ。私たちは君の味方だ。安心してくれ」
直定の言葉に皆はうなずいた。
-定子とやちよの交換ノートから-
1985年2月22日
みんなにはああ言ったけど、力君とお兄さんの話って一度もしたことがないのよね。力君も触れたがらないし。とりあえず、誕生日前にお兄さんのお墓参りがしたいって頼んでみるつもり。ダッコもうまく話を合わせてね。
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