第19話 逆十字騎士団編 業火のアベッリ 1

 1990年、正式に公孝は洗礼名ルシファー・ダインとして魔導士登録された。

 ローマ公国にもそれは知られるところとなり、翌年、ローマ公国は五人目のS級魔導士、神衣公孝討伐例を公布。

 フェイゲンバウム教徒60億人が公孝の敵となった。

 同時に、公孝は母、琴音を魔導士の争いに巻き込まないために、表向きはオズワルド・クロウリーのオーディションを受けるという名目で高校卒業と同時に渡英、実際にオーディションも受けたが、オズワルド・クロウリーは公孝の演奏に「魂がない。日本人にメタルは無理だ」などと酷評されてオーディションには落ちている。

 その後に、アーサーの長男、モルドレット・ファラグリフォンをヴォーカルに迎えてハードロックバンド、HEARTLESS ANGELを結成。

 このバンドは実質、公孝とモルドレットのユニットで、E級魔導士であるモルドレットは、バンドのみならず魔術戦においてもパートナーであった。

 エナ・ファラグリフォンはウィーンの音楽大学に進み、公孝はモルドレットと共にスウェーデン王国のレーベルとプロ契約。その公孝の超絶技巧による早いパッセージはニューウェイブハードロックとして、オズワルドのバンド、Dirty bondに継ぐ超新星として、音楽シーンに華々しいデビューを飾った。


 場所はロンドン市内。公孝の英国での住まい。

 部屋は強盗に荒らされたかのような荒れっぷりで、それはまるで彼の狂気の体現のようだ。

 今日は日本から母親が来ている。

 公孝は来るなと言ったのだが、母親はまるで押しかけ女房のように「行くから」という電話のあった週末にはもう来ていた。


「まったく。あんたは昔はちゃんとしていい子だったのに……」


 愚痴をこぼしながら部屋を勝手に片づけている母を前に、その掃除を肴に、昼間からエールをあおる公孝だった。


「今は金が足りないし時間もない。家政婦でもやとって掃除はするから、こんなことのために来たのか? 観光でもしようぜ。カァ」


 公孝はファラグリフォンの内弟子としての修行と、ハートレス・エンジェルの活動の忙しさで目も回る忙しさに日々追われ、満足にベッドで寝たことさえなかった。


「観光ったって、ここには富士山も温泉もないじゃない?」


 母親にとって観光とは、結局ただのドライブなのだ。

 公孝を助手席に乗せて、適当にしゃべりながら適当に入った店で大して美味くないモノを愚痴をこぼしながら食べ、帰りにいつもの行きつけのラーメンを食う。

 公孝の味覚と母親の味覚が一致することはあまりない。

 母親が美味いといったものが美味かった思い出は彼にはない。


「時計塔とか、ブックブリッジとか、見たいと思わないのか?」


 そういいながら公孝はたばこを吹かした。当然未成年であるが、公孝はルシファー・ダインとしての記憶が蘇って以降、急激に老けた。だからか、ロンドンでもどこでも、酒やたばこを調達するのに苦労したことはない。

 母親が公孝所蔵のエロ本やDVDのパッケージを見ながら、それを彼女なりの判断基準があるのか、あるものは捨て、あるものは本棚にしまい込みながら彼女は言った。


「あんたものんべえの血筋だね。あとたばこ。お前がお腹にいるときからたばこが無性に吸いたくなったの。あれはあんたが欲しがってたんだねぇ」


「そんなアホなことまだ言ってるのかよ。俺は別にアル中じゃねえよ」


 聞くや彼女は、部屋の片隅に分別してある酒瓶とビールの缶を指さした。


「あんだけ飲んでたら十分、アル中だよ! 歩きたばことかしてないでしょうね?」


「してねえよ」


 嘘だ。

 息を吸うように嘘を吐く。

 それが神衣公孝のスタイルだった。

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