第16話 地獄の洗礼、断罪の原罪宝冠

 公孝を乗せたリムジンは、本厚木の病院から相当の距離を走り、茨城県の小高い丘の上にあるキリスト教の教会にたどり着く。

 一人のシスターが彼らを出迎えた。


 フェイゲンバウム教とキリスト教は敵対関係にあり、キリスト教の勢力はイギリスとロシアくらいしかない。 この教会はロシア教会の唯一のキリスト教教会だ。


 魔術による情報漏えいの危険を危惧して、魔術師同士の話は教会で行うのが常である。

 そしてここリンボのキリスト教教会には、ウリエルの加護があり、地獄の王侯でさえ立ち入る事はかなわない聖域であった。


「ようこそお越し下さいました。ファラグリフォン様。お変わりなく元気そうでなにより」


「ああ、シスター支倉。七属性魔術検査の準備は?」


「手配は済んでます。万願印の確認にラファエル様がお越しです。奥にどうぞ。神衣公孝さん」


「俺だけなのかい? 奥に行くのは」


 公孝はそうシスターに訪ねた。


「ラファエル様からのそういう指示です。基本的に魔術洗礼の儀式は人間の光属性魔術をマスターした聖職者と天使で執り行われます」


 公孝だけが奥に案内された。

 燭台の灯りが灯るその一室は芳しい香の匂いが立ち込めていた。

 その一室に入る。

 シスターはラファエルが居ると言ったが室内には誰も居ない。

 丸い円卓の上に燭台と小さな瓶が置いてあるだけだ。


 部屋に入るとシスターは言った。


「それでは洗礼の儀式を始めます。わたしがいうことにすべて『イエス』と答えて下さい」


「分かった」


「あなたはわたし、わたしはあなたですか?」


「イエス」


「真理とは愛ですか?」


「イエス」


「あなたは神を信じますか」


「いえす」


「それは父と子、そして聖霊ですか?」


「イエス」


 シスターは質問を止めて、香油の入った瓶から少しだけ香油を垂らした。

 すると公孝の霊の眼が開き、白い炎のようなものがあちらこちらに見てとれるようになり、公孝はその炎を触れてみた。幻覚だと思ったからだ。

 それには確かに燃えている感触があったが、まったく熱くはなかった。


「洗礼は終わったようだな神衣公孝」


 気が付くと円卓に一人の男が座っていた。


「いつの間に? いつからいた?」


 男は柔らかく笑ってこう公孝に告げる。


「君がここに生まれてからずっとそばにいた。君の運命はすでに決定されていた。だが、リュミエール・バルビエという邪魔が入り、サタンと接触したので、君は当初の予定である伊達成美救済ではなく、伊達成美暗殺に切り替えなくてはならなかっと。従って、君はミュージシャンとしてではなく、魔導士として生きねばならない。これを君の頭に被せる」


 その男が公孝に手をかざすと、その男の手の前に光の輪が現れた。

 その輪は黒く、しかし輝いていた。


「これは?」


 公孝の質問に男は答える。


「断罪の原罪宝冠だ。原罪宝冠としてはかなり強力だが、使わない方がいい。『断罪』の罪で君の魂が罪に汚染される」


 男はそれを手に取り公孝の頭の上にそれを置くようにして、そして手を離した。

 途端に公孝の脳にルシファー・ダインとして生きたあの悲しみの人生が蘇り、白い炎が彼を焼く。

 公孝はあまりの情報量にそれを脳内で処理しきれず、発狂しながら気を失った。

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