第15話 ファラグリフォン、来日
リュミエール、バルビエの魔術によって気絶した公孝は救急搬送された。
エナは警戒のために病院に泊まり込んでいた。
手元には二枚の写真。
リュミエール・バルビエと謎の喪服の男の写真を丸い水晶にかざす。
それは英国のファラグリフォンの水晶玉と連動し、ファラグリフォンは食い入るようにその写真を見る。
念写で撮られたために多少のぼやけがあるが、かろうじて人物像は見えるが、顔の詳細はファラグリフォンには見えない。
エナの左手には、一杯の水の入ったコップ。
コップの水が振動し、それは英国にいるアーサーファラグリフォンの声をそのコップの淵から出した。
「リュミエール・バルビエだと? そう名乗ったのか?」
「うん。で、もう一人の男がその父親らしいんだけど、意味深なことを言って消えたわ」
「その男には見覚えがないな。サタンの万願印を見たのだな?」
「ええ、公孝の左手と、多分その女にも」
「ひょっとするとその男、魔王サタンに近い男か、本人かもしれん。フェイゲンバウム教の聖書では、サタンはベルゼブブとの戦いに敗れ、地獄を去ったと言われている。聖典ではなく外典だが……」
「公孝は魔術師じゃないのよ。ただのギタリスト」
「それは知っている。だがローマ公国はこう発布している。神衣琴音をEmperor級魔道災害と認定し、この者が日本を出国したらこれを捕縛せよ。と」
「公孝のお母さんは普通に封印指定されてもおかしくない人だものね。フェイゲンバウム教にとっては」
「明日わたしがそちらに向かう。直接確認したい。サタンの刻印の発現に必要なのは最低一億オルゴンだと言われている。彼の母親にも会いたい」
「わかった。手配するわ。お父さん」
「気をつけてな。われわれイギリス国教会も動かしてある。が用心はするにこしたことはない」
翌日にはファラグリフォンは自家用ジェットでヒースロー空港から出国し、公孝の意識も戻った。
「公孝、昨日の女に心当たりは?」
「いや、知らない女だ。昨日のあれは夢かなんかじゃないのか?」
「いいえ。夢じゃない。あれは魔術。公孝、あなた世界最強クラスの魔導士に命を狙われてる。おおっぴらに公言することじゃないけど、わたしの家、ファラグリフォン家は魔術師の家系なのよ。わたしのお父さんも、わたしもわたしの兄もそう。魔術はね、アニメや映画の中の話じゃないのよ。本当にあるの」
そういうとエナは人差し指を立てて、そこに炎を出して見せた。
「信じられん。トリックじゃないのか?」
「トリックじゃないわよ。それと公孝、その左手の甲の傷跡に見覚えは?」
公孝は頭を振った。
「いや、ない。あの妙な女が現れる前に出血したろ? これも魔術なのか?」
「いいえ、それは魔術の上位の力、魔法の万願印。細かい説明を省くと、神の力ではなく呪いの力で神の奇跡を模倣する。それが魔法」
「なんだか雲を包むような話だな」
「信じられないだろうけど、信じて。今日中にはお父さん、世界第一の魔導士、アーサー・ファラグリフォンがあなたに事情を聴きに来る。対策を練らないと。多分お父さんはあなたを弟子にする。断ってもいいけど、万願印は魔術師なら喉から手が出るほど欲しいもの。今のままじゃ危険よ。あなたは少なくとも半年以内に、あなたの万願印を奪おうとする者たちから、身を守るすべを体得しなきゃダメよ」
公孝は病院で検査を受け、三日後には異常なしとして隊員の許可が出た。
エナは、喪服の男からの言伝をまったく失念していた。
黒塗りのリムジンが病院の前で待っていて、運転手付きのそのリムジンには世界的なクラシック指揮者、作曲家でもあるアーサー・ファラグリフォン本人が乗っていた。
ファラグリフォンはリムジンを降りて、公孝に右手を差し出しながら言う。
「初めまして。わたしがエナの父、アーサー・ファラグリフォンだ。君を襲ったのは、リュミエール・バルビエというフェイゲンバウム教によって歴史の闇に葬られたアラブの英雄。アラブ人の知人は? 公孝君」
「いや、いない。あんたもあの女も魔術師だと聞いたが? 本当か?」
「ノンノン、表立ってその話をしてはいけない。ここは世界最悪の魔道災害指定魔術師、ペテロ、フェイゲンバウムが全てを納める彼の野望を乗せた船。リンボなのだよ。ここは三次元じゃなくて二次元にあたるのだ」
「魔道災害? 二次元?」
「魔道災害というのは、基本的に魔術というものは魔導士以外には視認できず、結果だけが現出する。だから魔道災害と言われている。ホテルで話そう。君の今後のこと。既に君の母親とは会い、君を頼むと言われてる。さあ、乗りなさい。エナは助手席に」
公孝とエナはファラグリフォンのリムジンに乗り込み、病院を後にした。
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