第14話 公孝暗殺 2
エナ・ファラグリフォンの父、アーサー・ファラグリフォンは2億7千万オルゴンを誇る魔導士である。
正式に言えばSatan級魔道災害指定魔術師。
世界に数えるほどしかいない、一人で二億七千万人分の魔力を持つ、この地上を歩く魔王。
アーサーの娘のエナも、魔術をまた教わってはいたが、彼女の魔力量はせいぜい300オルゴン。
魔術師の総本山、ローマ公国の規定では、一億オルゴン以上がSatan級とされ、エナに手出しができるレベルの力量の差ではない。
ドラゴンに蚊が挑むようなものだ。
公孝とエナにこの女は、リュミエール・バルビエの名前を出した。
魔導士しか知りえぬ伝説のフェイゲンバウム教の敵だ。
今を去ること千年以上も昔。
フェイゲンバウム教は聖地エルサレム奪還と、アラブ人、ユダヤ人の民族浄化を目的とした十字軍を複数回行い、現イラクのバビロン以外の都市は陥落した。
アラブ人が絶滅を覚悟した時、フランス王国の一人の少女がその十字軍の前に立ちふさがった。
それがリュミエール・バルビエ。
伝説の神の敵。
十字軍最強の魔導士、ロバート・ハルフォード相手に互角の魔術戦を行い、ロバートの配下イヴァン・ヴォルコフの軍勢一万二千名をたった一人で押し返し、アラブ人を救った彼らにとっての英雄。
しかし、その存在は世界中にいるフェイゲンバウム教徒60億人によって隠蔽され、フェイゲンバウム教団の枢機卿クラスの人間にしか知られていない。
彼女の存在は、十字軍を指揮したフェイゲンバウム教にとっては汚点であり、屈辱なのだ。
フェイゲンバウム教はキリスト教と共通する聖典を持つが、違いはキリスト教のなかではイエス・キリストが磔刑の三日後に復活したことを認める教義なのに対して、フェイゲンバウム教の新約聖書ではイエスの復活を否定し、その後を継いだ使徒、ペテロ・フェイゲンバウムを教祖として神聖視している点にある。
リュミエールは二人を遮るように立ち、手を公孝のほうにかざす。
とてつもない重力が、公孝を襲い公孝はそこに突っ伏した。
「な、なんだこれは!? うご……けん‼」
「公孝!」
そう叫ぶとエナは身に着けているペンダントを引きちぎった。
そのペンダントは彼女の父のアーサー・ファラグリフォンが何時でも危険が娘に迫った時に、それをどこにいても感じ取れるようにとエナに持たせたマジックアイテム。
遠方、イギリスの自宅で過ごしているファラグリフォンの首にかかった十字架がはじけるようにバラバラになって床に落ちた。
「エナ? Edrychwch ar fy merch」
遠見の魔術を唱えたファラグリフォンだが、娘の姿が小さすぎて、状況はわからない。
「ファラグリフォンを呼んだのね? エナ。でも、残念だけど、アーサーはわたしにすでに殺されてるのよ?」
「それは悪手だ、エナ。ファラグリフォンではそいつは荷が重い」
エナの後ろから、低い男の声がする。
真っ黒な喪服に、ぼさぼさの頭。そしてサングラスにギター。
その手には、『旧約聖書完全版』の文字が書かれた本。
「なんで邪魔するのよ! どうして!?」
リュミエール・バルビエとこの男は既知の仲らしく、そうリュミエールが食って掛かる。
「あの娘を本当に救いたければ、公孝と和解しろ、リュミエール」
「和解なんてしない! 絶対に殺すわ! 絶対に赦せない!」
「こんなくだらん復讐まがいの目的のために貴重な万願印を使いおって」
「なんでそんな奴に万願印があるのよ! お父さん!」
「お父さん?」
エナは交互に両者を見る。確かに目元の辺りが似ている。
「万願印は呪いの起こす奇跡だ。だが時間遡航は神の摂理に挑戦する行為。お前はこの報いを受けるぞ? リュミエール」
エナは気が付かれないように二人の写真をいつも持ってるインスタントカメラで念写しておく。あとで父、ファラグリフォンに見せて二人の正体に迫るためだ。
「この身が破滅しようと、たとえ世界が終わっても、成美ちゃんは守って見せる!」
「やれるものならやってみろ」
「やるわよ! グラビティー・ストライク!」
気絶している公孝を超重力の黒い球が襲う。
が、前のめりに気絶している公孝の腰から、六枚の翼が生えて、その羽ばたき一つでその超重力の球は消えた。
「なんで? なんでなのよ! 最大パワーで撃ったのに!」
リュミエールは取り乱し、喪服の男は言う。
「魔術もまた、呪いでしかない。呪いで神の定めし運命を変えることはできん。あきらめろ。心配せずともこの男が死ぬのはオマエにとってはもうすぐだ」
リュミエールの万願印が蒼く燃え落ち、リュミエールの姿が消えて行く。
「大丈夫か? エナ・ファラグリフォン」
「ええ。なぜわたしの名を? あの女は、アラブの守護騎士リュミエール・バルビエなの?」
「そうだ。公孝が目覚めたら言伝を頼む。成美はオマエが思っている通りに27歳に絶対に死ぬ運命だ。彼女を救え。娘と和解しろ。孤独な獅子が吠えるとき、お前は自らの魂までその左手で抉り出し、失われた『愛の天意宝冠』を、クラウディア・クリスティナの左手に託すだろう。そう言っておいてくれ」
喪服の男はそう言うと、指をパチンとならした。エナが瞬きをした一瞬に、世界はリュミエールの構築した魔道迷宮ではなく、普段の本厚木に戻った。
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