第13話 公孝暗殺

 ここは厚木市のライブハウス、公孝がエナ・ファラグリフォンと友人、サイドギター件コーラスの河合唯、ベーシストの久隆美玖、ドラマーのエリック・稲田と組んだバンド、VERDYが演奏している。


 公孝はギタリストとして天才的で、その早弾きは『音速の貴公子』とまで言われ、今までも何人もプロのスカウトにあったが、世界デビューを狙い、当時の歌謡ロックを演奏してくれというオファーは公孝が全て断っていた。


 VERDYは骨太のハードロックバンドで、一切日本語の歌を歌わなかった。

 唯一日本語詞で歌っていたのはラストに必ず演奏するシューベルトのアヴェ・マリアの演奏の時だけだった。


 ライブは盛況のうちに終わり、五人は楽屋で今後の活動について語り合う。

 エナがウィーンの音楽大学に進路を選んだので、別のヴォーカルを探すか、唯が歌うかでもめていたし、悪くいけば分裂の危機だった。

 ハードロック路線を貫きたいのは公孝とエリックだけで、唯と美玖はデビューを断り続ける公孝に不満があった。


「だからなぁ、ただ高い声が出るだけじゃダメなんだよ。ハードロックは。唯、お前の歌はパワーがないし、かといってエリックの代わりのドラマーを探すのも骨だ」


 公孝の指摘に唯は真っ向から否定する。


「そもそもエナあってのVERDYだと思ってるのはオマエだけなんだよ。リーダーだからってバンドメンバーの言うことも聞いてくれなきゃ、うまくいきやしない。僕はさっさとプロデビューして、世界を狙うの日本で実績を作ってからでいいじゃないか。そう思うだろ? 美玖。僕はそう思う」


 話を振られた美玖はこう話をエリックに向けた。


「公孝の気持ちはわかるけど、ネイティブ・イングリッシュのエナの代わりを探すのは無理だよ。わたしは公孝の音楽性もわかるけど、だから妥協案で日本語歌詞で、エリックに頼もうって言ってるじゃない? そりゃエリックは英語はまったくできないけど。同じハーフなのに」


「なんだそりゃ! ミック! おまえなぁ……」


 そう言って憮然とするエリックを、エナがなだめた。


「まあまあ。みくちゃんの言うこともわかるけどさ。わたしとしては今のメンバーで世界に来てほしいな。わたしはウィーンでゴスペルとクラシック専攻するつもりだから」


「VERDYも潮時か。俺はもうバイトでかなり金貯めてるし、大学には行かん。ヘビーメタルの帝王、オズワルド・クロウリーがギタリストを探してるんだ」


「やっぱり受けるの? 公孝。クロウリーのオーディション」


 尋ねるエナに、公孝は答えた。


「事故死したラウル・バロウズの曲ならなんでも俺は弾けるし、自信はある」


「じゃあ、こうしたら? 公孝はわたしのお父さんのところに間借りして、みくちゃんエリック、ゆいくんの三人でVERDYは第二期として活動。いままでの書き溜めた曲もあるんだし、ゆいくんだって作詞できるし、あとは作曲でしょ? ゆいくんにリーダー譲ってしばらく活動してみようよ、公孝」


「俺だって言い出しっぺだからリーダーやってるだけで、別に俺様顔するつもりは毛頭、ねえよ。唯、やるか? リーダー。その代わり半年で抜けるぞ俺は。エナの親父さんの所で修業ってやつも興味あるしな。クロウリーで三年もやれば俺ならソロでもやる自信はある。お前プロデビューって口だけで、ろくに曲も書いてこないじゃないか? 唯」


「僕が書くと、どうしても聴いたことあるフレーズになるんだよ」


「俺だってそうだよ」


「はいはい、ミーティング終わり。このままいくと絶対喧嘩になるし。今日はこのくらいでいいでしょ、帰ろう?」


 エナがそう締めくくると、五人は帰り支度を始めた。


 帰り道が同じ天舞台のエナと公孝は、本厚木駅まで歩く。


「いてっ! なんだ?こりゃ?」


 公孝の左手の甲から血が流れている。


「どうしたの? 公孝? 切った?」


 エナは公孝の左手の甲を丁寧にハンドバックから取り出したハンカチで拭う。

 そこには青く光る666の数字の傷跡があった。


「何だこりゃ? 666?」


(伝説のサタンの万願印? 公孝がどうして? まさか、公孝が五人目のSatan級魔道災害指定魔術師なの? 公孝のお母さんも8000万オルゴンのEmperor級だけどあの人はただの人で魔術を学んでないし、なんで万願印が)


 エナはそう思いながら手当を続ける。


 そして、周囲の空気が重いことに気が付いた。


 駅まで30秒もかからないはずの道は、何キロにも渡って伸び、その果ては見えない。


「魔道迷宮!?」


「そうよ。お嬢さん」


 果てしなく続く道の、ビルの間から、一人の黒いドレスに黒いレイピアを持った女が現れて彼らに言った。


「見つけたわ。ルシファー・ダイン。なんで自分がこんな目に、って思うだろうけど、ここで死んでもらうわ。わたしが誰かなんて知らないだろうけど、教えてあげる。わたしがリュミエール・バルビエ。世界第四位の魔道災害指定魔術師。人よんでクイーンオブバビロン。すぐに殺してはあげない。じっくりと煮込むようにゆっくりと殺すわ。そこのアーサー・ファラグリフォンの娘と一緒に、聖骸布のようにのしてあげる」


 女の黒いドレスが黒いオーラを放ち、急激に周囲のビルが押しつぶされるように潰れだした。

 

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