第11話 混沌の海に帰れ

 ルシファーはサタンの元で一年待った。


 サタン軍はハハルビコフ帝国に対し宣戦布告し、帝都パンデモニウムを攻め、ルシフェルの皇太子ルシェールを処断し、ミカエルを皇帝として立位させ、ミレニアム神聖帝国の復権を支持した。

 その間、ルシファーはサタンの長子サタネルに鍛え上げられ、圧倒的な力量を得て、サタンとマモンとサタネル立ち合いの元、正式にヤルダバオート流神羅舞心流の伝承者を名乗った。


 そして、ミレニアム帝国にベリアル軍はサタン軍とマモン軍に吸収されて、クラウディア王国とイエルシャルム共和国と三国同盟を結び、ハハルビコフ帝国はベルゼブブ軍、バール軍、アスモデウス軍、そしてベルフェゴール領を引き継いだフェイゲンバウム軍に弱体化した。


 ハハルビコフ帝国は新たな皇帝を立てられず、混乱の最中にあった。

ルシファーはマモン軍に客将として参陣し、ベリアル軍、クラウディア率いるイエルシャルム軍の三軍に攻められて、シネル王国の首都ザサスは再び包囲されることとなった。

 フェイゲンバウムと666人の彼に与えられたベリンガー参謀、マクベル副長以外の隊員の士気は低く、降伏勧告の使者にはルシファー・ダインが選ばれた。同行するのはサタネル、クラウディアである。

 実際のサタンの命令は降伏勧告ではなく、フェイゲンバウムの首を取ることである。

 マモン王は三名を呼び出して言った。


「ルシファー、サタネル、クラウディア。これはミカエル皇帝からの勅命である。お前たち三人は、ザサス城に赴き、そして、フェイゲンバウムを殺せ! 奴に怨あり故あり、正対し、一騎打ちにて奴を葬れ、ルシファー。サタネル、クラウディア両名は邪魔だてする者を根こそぎ殺せ!」


「一年、一年俺は待った。亡き師の仇を取るのに。愛おしいルナを取り戻すのに……」


 ルシファーはマモン王からの命を受け、クラウディア、サタネルを従えて堂々と正門に出でて、フェイゲンバウムの城の正門で、土下座し、こう宣言する。


「わが師とわが愛を殺せしフェイゲンバウムよ! 我、ヤルダバオート流神羅舞心流最終伝承者、ルシファー・ダインがこれより汝に怨あり故あるがゆえに汝を誅滅す。わが師よ、どうぞご照覧あれ! フェイゲンバウム、ご覚悟を!」


 口上が終わるとルシファーは高さ八メートルはあろうかという城壁を飛び越え、クラウディアはクリスティナ王国に伝わる神聖宝剣ヘビィ・メタルで城門をたたき切る。


 ザサス城内の兵はその様子を見て我先にと逃げ惑う。

 難なくザサス城最奥の玉座に乗り込んだ三人をフェイゲンバウムが待ち受ける。

 フェイゲンバウムは不敵に笑って666名の親衛隊の居並ぶ大広間にルナを引き連れて行った。

 ルナは見る影もなやせ衰え、足元もおぼつかない。


「ルナ! 助けに来た。もう心配はいらない。必ず、必ず俺が君を守って見せるから! 永遠に愛し続けて見せるから!」


 ルナはルシファーの声にわずかに反応し、泣きながら聞こえないほどの声でこう言った。


「あり……がと……るしふぁ……」


 フェイゲンバウムは邪悪な笑みを浮かべ、ルナに高速真言で呪いをかけた。


『تصبح حبارًا قبيحًا ، وتتجول في العالم إلى الأبد ، تفقد الحب』


 ルナの力なくルシファーの元に歩む足が、紫色に染まって触手に変わる。

 ルナの顔が醜く歪み、体に沈む。体のいたるところに目と口が現れ、ルナは醜いイカのような化け物となり果てた。


「そんな! ルナさん!」


 クラウディアは泣き崩れ、サタネルは目を背ける。

 しかしルシファーは変わり果てたルナだった化け物駆け寄り、抱きしめて言った。


「ルナ、君を愛している。世界の終りまで、ともに居よう」


「コロ……シテ……るしふぁ。ワタ……̪シハ……もう……イイの……」


 大広間に集うフェイゲンバウム親衛隊がみな涙を流す。

 とめどなく流れる涙に、みな力なく膝を付く。平然として立っているのは、フェイゲンバウム、べリンガー、マクベルの三人のみだった


「フェイゲンバウム、最早、断じて! 断じて! 貴様を赦さん! 喰らえわが断罪の牙! 神羅舞心流最終奥義、天魔双滅!」


 ルシファーはひだりかいなの神羅万願印を掲げ、その6の数字の一つが蒼く燃え、消える。

 ルシファーの肉体は筋肉によって晴れ上がり、身に纏うレザーアーマーが砕け散った。


「やめろ、ひだりかいなをそれ以上使うな!」


 ルシファーの後ろからサタネルが叫ぶ。

 が、ルシファーが止まる様子はない。


「神羅舞心流奥義、破天海滅陣!」


 ザサス城の上に、6666メートルの高さ、半径十二メートルの海が現れ、数メガトンの雨が柱となってフェイゲンバウムらをを沈める。同時に二つ目の万願印が燃え落ち、ルシファーは最後の一角を投じて魔術を放つ。


「神羅最終嶽消! ノベンバー・レイン」


 その瞬間にルシファーの背後に無数の赤く光る瞳が出現し、赤い血の涙を流すと、赤い怪光線となって、フェイゲンバウムを貫き、その肉を、血を、霊を、魂を削っていく。


「ギャース! やめろおお!」


 怪光線に苦痛を与えられながら、徐々に穴だらけにされなおも生き続けるフェイゲンバウムはやがて赤い光球となり、その光がやがて小さく消えゆき、フェイゲンバウムは地獄の闇の中でくし刺しにされて身じろぎもできないまま、永遠にそこで無数のいばらに貫かれ続けるのだ。


 一方、最後の万願印を使い果たしたルシファーは、足から灰になり始める。


 ルシファーの頭部が砕け散るその一瞬に、サタネルは自分の万願印を二つ消費してルシファーとルナをこう呪った。


「願いたまえ、祝いたまえ、叶えたまえ、呪いたまえ!」


 砕け散るルシファーと化け物と化したルナをエメラルドグリーンの光が包み、その光が消えると、そこにはオスの黒猫とメスの白猫がいた。

 無邪気に戯れ始めた二人、ルシファーとルナをクラウディアとサタネルがそっと抱き上げて、クラウディアは言った。


「おうちに帰ろう? ルシファー、ルナ」


 第一部 エターナル・アイドル Lunatic ――混沌の海に帰れ――


 ――完――

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