第3話 皇帝暗殺指令 2

 クリスティナ王国王都クリスパレス郊外に、ヤハゥエの屋敷と牧場を改修して戦闘訓練場にした施設はある。

 そこの訓練場で、ルシファー、クラウディア、フェイゲンバウムの三人は乱取り形式の訓練をしていた。


「ルナさん。また負けました。ルシファー相手なら五分五分なのに。フェイゲンバウムからはいつも十本に一本しか取れません……」


 口調こそ平坦だが、そのショートボブの少女、クラウディアは、彼らの応援をしているルナに愚痴をこぼした。


「しょうがないじゃない、お父さんの一番弟子なんだから、フェイゲンバウムはさ。クラウディアもルシファーとはいい勝負なんだから相性もあるかもね」


 ルナはそうなだめた。


「フェイゲンバウムはずるいです。いっつも突いてばかり。あれ躱すの大変なんです。流石は神速のフェイゲンバウムです」


 むくれるクラウディアにワイルドウルフの筋骨隆々とした男は言った。


「だから、バックラーを使えと言ってるだろ。クラウディア」


「攻撃こそ最大の防御です。そういうルシファーだってサーベルだけで、盾持ってないじゃないですか?」


 ルシファーと呼ばれた男はクラウディアに言った。


「お前のは武器が取り回しにくいブロードソードだから、どうしても攻撃の出がレイピア使いのフェイゲンバウムに比べたら遅くなる。だからお前は初手攻撃じゃなくて防御してからカウンターに持っていけ。その方がいい。そう思うだろ? フェイゲンバウム。お前も」


 ルシファーは少しカールした優男風の戦士としては細身の男に向かって言った。

 神羅舞心流の一番弟子であるフェイゲンバウムは、むくれるるクラウディアに向かってこう言った。


「ルシファーの弁も最もだが、基本的にお前は大上段からの袈裟斬りに持っていくパターンが多いから、攻撃が読みやすい。ルシファーは突きに来るか斬りに来るか読めないから、クラウディアとルシファーが五分の腕前でも、何を仕掛けてくるか判らんルシファーの方が手ごわい。そういうことだ」


「つまり、クラウディアは脳みそまで筋肉だと言いたいわけね? フェイゲンバウムは」


 ショートアシメに白いワンピースの少女、ルナはそう言った。

 途端にフェイゲンバウムとルシファーは笑い出し、ルシファーは笑いをこらえてこう言った。


「正に筋肉少女。クラウディア、お前は筋肉トレーニングのし過ぎだ。神羅舞心流はそのしなやかさと速さにこそ極意がある。なんで筋トレ好きなんだ? クラウディア」


「筋トレなら負けないからでしょ? でもあんまり筋肉付けるとお嫁さんに行けなくなっちゃうと思うんだけどなー、わたしは」


 そうルナはクラウディアをからかう。


「お婿さん、って言ったって、お母さんはどうせ政略結婚させるだろうし、それに――」


「それに? なになにー? 好きな人でもいるのかな? クラウディアさんは?」


 ルナはそう言うと一瞬だけルシファーを見やった。

 クラウディアはその視線の先に気が付くと、ほんのりと頬を赤く染めて言いよどんだ。


「べ、別にいません……いませんからね? ルシファー」


「それをなんで俺に言うんだ?」


 ルナは小声でこうひとりごちた。


「もう、この朴念仁……」


 その声はルシファーには聞こえず、また、クラウディアのルシファーに対する淡い恋心にも彼は気が付かず、フェイゲンバウムに言った。


「さあ、稽古の続きだ! フェイゲンバウム! 今日こそ勝ち越す!」


「いいとも。相手になるさ」


 フェイゲンバウムは木剣を構えてその挑戦を受けて立つ。

 ルシファーとフェイゲンバウムは幼少期からのライバルだった。

 戦いにおいて。恋においても。

 二人は共に太陽のように明るいルナを愛し、またお互いを尊敬しあっていた。

 ルシファーは捨て子だったのをヤハゥエに拾われ、産褥で母を失ったルナとは兄弟同然だった。

 フェイゲンバウムも戦災孤児だったのをヤハゥエが彼を養い、手塩にかけて育て上げた。

 みな家族同然だった。


 ルシファーとフェイゲンバウムは一進一退の攻防を繰り広げ、正に接戦だった。

 その素早さを生かし突きを繰り返すフェイゲンバウム。

 そのことごとくを木のサーベルで受け流し、縦横無尽に斬りつけ、あるいは突くルシファー。

 その熱の入った稽古を見つめながら二人を応援するルナと、まじまじとルシファーの攻撃からなに盗もうとしているのか、あるいは自身がルシファーに抱く淡い恋心なのかさえ判らず、ただルシファーを見つめるクラウディアの瞳。


 「ルシファー! 頑張って! そこ!」


 そうルシファーに声援を送るルナの方をクラウディアは見た。

 その心中にあるものは兄妹の情からだろうか?

 それともルナもまた彼に惹かれているのか。

 そんなことを彼女は思った。

 二人の死闘は十数分にも及び、しかし両者に疲れの色は見えない。


 フェイゲンバウムの額の汗が彼の右目に入った一瞬の隙を、ルシファーは見逃さずすかさず跳躍して懐に入り、大上段に討って出た。

 しかしその渾身の一撃はフェイゲンバウムにとっては子供だまし。

 大上段は外した時の隙が大きい。

 それをするりとフェイゲンバウムは躱した。

 そして突く、彼の喉元をフェイゲンバウムの木のレイピアが。


「勝負あったな、ルシファー。これで俺の二十三勝十五敗だ」


 そう言ってニヤリと笑うフェイゲンバウム。


「くそっ! もう一度だ!」


 ルシファーは改めてフェイゲンバウムの才能を思い知り、悔しさをにじませながら言った。


「今の惜しかったね! ルシファー。もうそろそろお昼だよ。それにお父さん帰ってきてるかも」


「王宮に呼ばれるなんて一大事かもしれんな」


 ルシファーはフェイゲンバウムに言った。

 フェイゲンバウムは彼方のイエルシャルムの方を見ながら言った。


「ハハルビコフ帝国になにか動きがあったのかもしれん。何事もなければいいが……」


 四人は稽古を辞めて、屋敷に戻って行った。

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