第2話 皇帝暗殺指令 1

 ここは惑星エデンの大陸の東に浮かぶ島国の小国、その名をクリスティナ王国。


 その国は大陸と切り離されているために、かろうじてルシフェル・ハハルビコフとそのハハルビコフ帝国の侵略を免れていた。

 その王宮に、白髪の老人ヤハゥエ・ヤルダバオートは呼び出されていた。


 ヤハゥエは自ら編み出した殺人術、『神羅舞心流』の使い手であり、これまでも何度もハハルビコフ帝国の侵略から自らの故国、イエルシャルム共和国を守り抜いてきた歴戦の勇士だった。、


 今から十年昔のことになるが、帝国軍随一の天才軍師ぺイモン率いる、帝国屈指の軍事国家、ベアルファレグ王国からの侵略に、ベリアル王自ら参陣した共和国最後の戦いでその国を失い、彼は流浪の身となった。


 ヤハゥエは娘であるルナと、ヤハゥエが拾った捨て子であったルシファー・ダインと、その時すでに内弟子として彼の元にいたフェイゲンバウムの三人を連れて船でここ、クリスティナ王国に流れ着き、そこで客将として招かれ、そこでフェイゲンバウムとルシファーが成人するまで彼らを鍛え上げた。


 その修練は苛烈を極め、毎朝重さ十キロの鉄棒による、八双の斬りと八方向への突きを百回ずつに始まり、光、闇、地、水、火、風、虚無の七属性の魔術の修練を昼まで。後の時間は寝るまで基礎体力のトレーニング、そして夜はただひたすらにルシファーとフェイゲンバウムの乱取りで、唯一、彼らが休めるのは安息日である光曜日のみであった。

 十年の鍛錬を終えたルシファー・フェイゲンバウムの両名が、自分の足を引っ張らないで神羅舞心流の戦士として戦えるようになるまで、ヤハゥエは待った。


 ハハルビコフ帝国の皇帝、ルシフェル暗殺の機会を。


 そして、今、クリスティナ王国の女王、シャイン・クリスティナに呼び出されたのは、クリスティナ王国の間者が、ルシフェル暗殺の絶好機を持ち帰ったからだ。


「ヤハゥエ・ヤルダバオート殿。あなたを今日、呼び出したのは他でもありません。あなたがかねてより計画していたハハルビコフ帝国皇帝、ルシフェル暗殺の絶好機を、わたしたちクリスティナ王国のスパイが持ち帰ったのです」

 

 そうシャインはヤハゥエに言った。

 ヤハゥエは神妙な顔つきでこう尋ねた。


「それはどう言う事情で?」


「あなたの祖国、イエルシャルム共和国が滅亡してはや十年。旧イエルシャルム共和国は、その最後の戦いでベリアル・ベアルファレグ王国全軍を指揮したぺイモンにあたえられて、イエルシャレム公国として彼女に与えられました。が、公国内部の中には、ベアルファレグ王国のベリアル派と、ぺイモン率いるルシフェル派との派閥抗争が激化。加えて、旧イエルシャルム共和国軍の残党によるレジスタンス活動も勃発。事態を重く見たルシフェル皇帝は直々にイエルシャルム公国の内部抗争の調停と、レジスタンス鎮圧に直接出向く。という情報がもたらされたのです」


「なるほど。正に二度とない絶好の機会ですな」


 シャインは確認のために彼の弟子について聞いた。


「時に、あなたのお嬢さんとあの二人はどんな様子です?」


「娘のルナはあいも変わらずおてんば娘でしてな。もう十六にもなりますのに、一向に落ち着く気配もなく。弟子たちは、ようやく一人前ですかな。中でもフェイゲンバウムの力量はあのベリアルに匹敵するほど。二番弟子のルシファー・ダインは、フェイゲンバウムと好対照で常時平静で。力量ではフェイゲンバウムに多少遅れは取りますが。それと、お預かりしていたシャイン女王陛下の娘のクラウディア・クリスティナ姫は、女だてらになかなか筋が良く、物覚えも早い。いい娘さんをシャイン陛下は得られた。喜ばしいことです。して、ルシフェルのイエルシャルム共和国への到達はいつ頃で?」


 ヤハゥエの質問にシャインが答える。


「あと一か月後がルシフェルがイエルシャルム入城の時と。そこで、お頼み申し上げるのは二つ」


「二つ? 一つはルシフェル抹殺だとして、もう一つは?」


「二つ目は、イエルシャルムに娘のクラウディアを帯同させて欲しいのです。娘は、ハハルビコフ帝国の悲惨な内情を知りません。聡明な子ですから心配はしていませんが、後学のために諸国を見せてあげて欲しいのです」


「わかりました。それではお嬢さんを預かり、ルシフェルに自分がいかなる地獄を民に見せてきたのか、思い知らせてやりましょう。この、宝剣、ゴッドハルトの錆にして」


「頼みましたよ。娘とあなたの故国のこと」


「どうぞご安心あれ。向こうはルシフェル、ぺイモンの二名のみ。こちらはわたし、フェイゲンバウム、ルシファー、クラウディア殿下、それに娘のルナ。果たせない任務ではありますまい」


 シャインはヤハゥエがルナ・ヤルダバオートを連れて行くつもりなのに驚愕した。


「え? ルナさんも連れて行かれるのですか? わたしどもの方でお預かりしようとばかり……」


「あれはあれで、癒しの光属性の魔術は一人前でしてな。ご心配召さるな。それでは吉報をお待ちください。明日にはここを発ちます」


 ヤハゥエは満面の爽やかな笑みを浮かべて、謁見室を後にした。

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