第35話 フォール イン ラブ (重なり深まりゆく心)

 八神と礼子の世間での関心も、三ヶ月程で薄れて来た。

世間の歓心を買う出来事が立て続けに起きた事もあったが、元々それほどに注目を集める話題では無く、マスコミ関係者が話題の乏しい時に取り上げただけの事もあったろう。

その間、二人の関係は進展を見せていた。

予定よりも早く結婚する事となった。

式は軍基地内の教会で身内だけで挙げた。

当然マスコミ連中はシャットアウトされた。

政財界、軍上層部関係者を呼び、自分を売り込む算段をしていた二宮幹事長は、予想外の展開に不満のようであったが無視する二人だった。

礼子の継母がこの時ばかりは助力?してくれた。

結婚式に参列した海老名が言う。

「まあ、めでたい事ではあるが、八神が本気で礼子に惚れるとは予想外だったな」

その呟きに清美が答える。

「お二人が初めて会った時、こんなことがあったのよ」

Z班のメンバーにその時の様子が送られる。


 八神が礼子にナイフを向け、

「君はこれが怖いかい?」

「ナイフはただの道具よ、怖くないわ。怖いのはいつだってその道具を使う人の心。あのマスターの持っている包丁だってそう。包丁でも人の命を絶つ事が出来る。でも母親の料理道具と認識している子供は怖がらないわ。怖がるのは悪意を持った人が包丁を持って目の前に現れた時。でも、怖いのは包丁では無くそれを悪意を持って使う人を怖がっているのよ。能力だって同じなのに。あ、ごめんなさい。能力者を道具と言っているのではないわ、決して」

「君は能力者では無い。けれど能力者に偏見を持っていないのだね」

「キー叔父と八木オンジのおかげね。私の本当の母は私が幼少の頃に他界し、父はすぐに愛人だった今の継母と結婚した。だから私は2人から疎まれて心を病んでいた。そんな時に教育と護衛を兼ねて木下と八木という2人が来た。2人とも私を自分の幼い妹のように時には厳しく、でも優しさを持って接してくれた。母以外に私に愛をくれたのがその2人だった。能力も私を守る時以外には決して使わない。父に感謝している事はあの2人を私に会わせてくれたことくらいかしら」

「能力者だって、能力に覚醒した時は戸惑いこそすれ、誰かを傷つけようなんて思っていない。接する人により心を歪められるんだ」

「だから『だから私は』「僕は」「『普通の人も能力者も差別の無い世界を』」『作りたいのよ』「作りたいんだ」!!」

((!!【この子は】(この人は)【僕と】(私と)【(同じ事を考えている)】!!))


「もし、運命の赤い糸が結ばれる瞬間を見る事があるとすれば、あの時がそう。そう感じたわ」

「あの店のマスターは普通の人間だが、あの店に来る客を普通の人だろうが能力者だろうが、心の”鎧”を脱がせる空気感を作るからな。不思議な人間だ」

後藤が言う。

「だからあの店を選んだのか」

「まあな」

「2人ともお互いの人間性の根源に触れ、共感したという事か」

海老名の発言に清美が

「野暮ったい言い方。”恋に落ちた”のよ」

その発言に異を唱えるものはいなかった。

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