第34話 エンゲージ (幼さの残る二人の婚約)

 礼子に応接間へと案内される八神。

礼子は直接自分に告白されるより先に、父親から八神の思いを知らされた事が少し不満そうだが、お父上との会話の流れを説明すると

「あの人にとって、娘は人では無く物なのよ」

と納得してくれた。

礼子の機嫌を治してもらうため八神が言う。

「お父上の了解を得てプロポーズしようと思っていたんだが、こんな伝え方になってごめん。いつでも渡せるよう、指輪は用意してたんだ」

そう言うと、ポケットから小箱を出し、中の婚約指輪を差し出す。

「わあ、綺麗な宝石。これ、ダイアモンド?少し赤味がかっている。初めて見たわ」

満面の笑みで、宝石よりも目を輝かせ嬉しそうに言う。

ピンクダイアの価値は知っていたが、後藤がどこからか仕入れてきてくれた。

予算内だとは言っていたが、とてもその金額で買える品では無いだろう。

後藤の持つ昔なじみのルートのようだ。

サイズは清美さんから聞いた。

アドバイス通り、少し大きめのサイズにしておいた。

礼子の指にはめると、それほどオーバーサイズには見えない。

礼子の白い指に、ピンクダイアがよく似合ってる。

礼子が八神を見上げ、少し背伸びをしてキスをする。

「ありがとう」

思わず礼子を抱きしめる八神。

「いわゆる普通の幸せな生活は約束出来ない。だけど、その分君を大事にしたい。…もっと気の利いた言葉で伝えたいが、これが僕の精一杯だ」

「ううん、どんなに言葉を着飾っても、あなたのその気持ちに勝る物は無い。ああ、今。この時が永遠に続けば良いのに」

礼子が八神を強く抱きしめ返す。

そしてくちづけをする二人を包む輝きは、若葉を湿らす朝露よりも澄んでいた。


 婚約発表はその一ヶ月後だった。

二宮幹事長は礼子と八神のメディア報道での民衆の反応から、自分の票集めに有効と考えたようだ。

度々メディアに取り上げられた礼子より、八神に世間の注目が集まったのは言うまでもないが、軍属で有り軍の広報が当たり障りの無い程度の情報しか公表しない。

それがさらに世間の関心を強めた。

一時期ではあるが、人気アイドルのように注目された。

婚約者であればいつ会おうと違和感が無いとの考えは、八神達の世間との感覚のずれが思いのほかあったと言うのは酷だろう。

予想以上に世間の関心が集まってしまった。

「さすがにきついな。いつまで続くのやら」

Z班の部署に来た八神が呟く。

八神もパパラッチの尾行や市民に無断で撮られる映像に閉口していた。

それらをNETにアップロードしても、すぐに消される事は言うまでも無いだろう。

拡散しないNET情報は関心度が下がる。

事実世間の関心は別の、本物のアイドルへと移りつつあった。

「どうもステップアップと言うより、足踏み状態だな」

「いっそのこと、早く結婚しちまえ。そうすればいつでも二人でいられる。計画も進め易いだろう」

井上がやけくそ気味に提案する。

「うむ、検討の価値はある。礼子さんと相談してみる」

相談するまでも無くそれがベターと皆思っていたが、多分この先、二度とは見られないだろう八神の反応を楽しんでいた。

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