第23話 デヴォート (不可思議な感覚に身を委ねる)

 部屋につくと、英国風で落ち着いた感じの応接間に案内された。

「丁度ティータイムよ。スコーンも焼いてありますからご一緒致しません?」

「恐縮です」

主導権をマリーにとられたようだ。

客なのだから仕方が無いとも思ったが、心の中で首を振り

「今日はマリーさんに確認したい事が有り、訪問させて頂きました。単刀直入に伺います。私たちに話した能力以外に、特別な能力をお持ちですね」

紅茶をカップに注ぐ手を止めず、流れるように5つあるカップに注いでゆくマリー。

「あの、マリーさん。カップ、1つ多くありません?」

「これは私の恩人に捧げる為のものです。もう、習慣になっていますので」

「我々の前でもそうするのは、あなた自身に関係がある事なのですね」

「はい。今の私がこうしていられるのは、その人のおかげですから」

無表情にそう答えるマリーを見て、井上が目を潤ませている。

「どうした、井上。何か知っているのか?」

「知らない、判らない。だけど何故か…悲しいと言うのか寂しい、いや苦しい。心の奥が」

そして今度はマリーが以前見せた悲しげな、そして寂しそうな表情をしている。

井上と同様、心の奥に苦しみを抱えているのだと今になって理解した八神だった。

「全てお話ししなければいけないと思っておりました。でも、こんなに早くお話しするとは思ってもおりませんでした」

「その前に私から申し上げておきます。マリーはあなた方に害を与える事はしておりません、決して。私の能力を利用して思考のコントロールもしておりません。信じて下さい」

「それは今判断する事では無い。まずは話をお聞かせ願いたい」

しばらくの沈黙な後、一瞬井上の顔を見てから語り出すマリー。

「井上譲司さん。その名前、どなたがおつけになったの?」

「八神です」

「八神さん、少し”触れて”良いかしら」

「触れるとは?」

「私が対象の深層意識、記憶を一瞬で読む事が出来るようになったのはマリーの指導によるものです。そのようなものとお考え下さい」

「深層意識や記憶を書き換える事も出来るのかな」

「可能です。が、致しません。八神さんが信じる事が出来無ければ”触れる”事は致しません。”触れる”理由は、井上譲司という方を私は知っているから、その方のお顔も」

「その言い回し。まさか、顔も同じ?」

「はい。ですから八神さんに”触れる”必要があるのです」

予想外の展開に自問自答する八神。

「私がその名を付けた事が偶然か、奥底にある記憶か何かと言う事でしょうか」

「はい」

「俺も知りたい。頼む、八神」

「仕方ない、俺の能力の一つを見せるか」

「能力の一つ?まだ他にたくさんあるような口ぶりだな」

「変なところで鋭いな、お前は。それは今良いだろうに…。現在の私の記憶のバックアップをとります。”触れた”後の記憶と照合し、確認させて頂きます」

「もちろん構いませんわ」

「では、”触れて”下さい」

マリーが一瞬輝いたように井上には見えた。

そう見えたのは井上だけで清美にも八神にも見えなかったようだ。

「八神さん。あなたは歴史書など、過去の出来事を調べるのがお好きなようね。でも井上さんに関しては本当に偶然なのね」

「過去?それと井上に何の関係が」

「井上さんがこの時代の人では無いからです」

その言葉に違和感を全く感じない自分がいる。

八神にとって、不可思議な感覚を日に2度も感じるのは初めての事だった。

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