第20話 アングザエティー ファクター (懸念要素は複雑に絡む)

 いつもと違う井上に八神が尋ねる。

「何かあったのか」

「マリーさんを見ていると何かを思い出しすと言うより、記憶の引き出しに指が触れた様な微妙な感じがする。適切な表現ではないけど」

「2人とも見た目、年も近そうだし。井上の好みはマリーさんみたいな娘か?」

後藤が冷やかすように言う。

「そうじゃなく、正直自分でも判らないんだ。なんだろう、この感じ。あの穴の底で目覚めて以来、初めての感覚なんだ」

マリーの方を皆が見ると少し俯き、先程の悲しげで、それでいて寂しそうな顔をしている。

心配そうに清美が

「マリー。あなたが責任を感じる事は無いわ。心配しなくても近いうちに井上さんの記憶は戻る。私はそんな気がしているの」

微妙な笑顔を清美に返すマリー。

「ああ、そうだな。俺たちも実はそう思っている」

海老名が清美に賛同するように皆の思いを口にする。

「ところで八神、マリーさんをここの部隊に置く事は出来んか?」

海老名の問いに井上が

「何言ってるんだ!海老名。マリーさんはここに居てはいけない人だ」

「おお、井上がマジに怒ってる」

「井上は判りやすいからな」

「え、どういう事?」

石川だけがきょとんとしている。

「あいつな、普段はさん付けで俺たちを呼ぶだろ。だけど腹を立てたりしている時は呼び捨てなんだよ」

「あ、そういえばそうだ」

「話が逸れたな。結論から言うと可能だ。軍属でなくとも特殊班に所属している例は多い。特に治癒能力者は医療従事者として支援して下さっている」

八神の答えに不満げな井上がブツブツ呟いている。

「なら後はお二人の気持ちか」

「いや、マリーさんをこの部署に呼ぶつもりは無い、と言うより必要ないだろ」

ほっとする清美。

「そうね。現在、この部隊は世界で最強。無敵です。どのような状況下に出動しても、どなたもかすり傷一つ負う事は無いでしょう」

「甲斐性無しでは無いってさ。良かったじゃない、海老名さん」

「お前が嬉しそうに言うのが気に入らん」

「あれ、副隊長にそんな事を言う。一応上級者ですよ」

「今は”自由な時間”だ。階級は関係無いだろ。それに…まあ、いい」

「あれ、なんか歯切れ悪いな」

「お遊びはここまでだ。お二人にはわざわざお呼びだてし、申し訳ありません。”自由な時間”はまだ十分あるかと思います。後はお二人でその貴重な時間を堪能して下さい。呼び出しは多分無いでしょう」

そう言って八神は清美とマリーを帰す。

井上が満面の笑みで二人を送って行く。


「らしくないな、海老名」

「らしくないのはお前だろ、八神。あの女、何か隠してるぞ。気づいていないのは井上のアホと清美さんだけだろう。それにいつもの清美さんなら察して”読んで”くれるのに」

「らしくないと言ったのはそこだ。たとえマリーが恋人でも、田中秘書官があんなミスはしない」

「そうか、マリーの能力か」

「その可能性も考慮しないとな」

「俺はここにあの女を置いとけば何か判ると考えたが。…だからお前はここには置けないと」

「お前がそう考える事自体おかしいと俺は思った。清美さんの能力を利用している可能性も視野に入れないとな」

「今にして思えば確かに。何故あの時俺はそう思った?」

「仮にマリーの能力だとしても、単に清美さんを心配してだけの事かもしれん。悪意は無いのかも。だが、無用な不安要素を身近には置けん」

「すまん。お前の言う通りだ」

「でも、マリーさんが何を隠しているのか、気になりますね」

石川の言に後藤が答える。

「井上の無くした記憶に関係があるのだけは確かだな」

皆頷く。

「井上の記憶が近いうちに戻ると思っている。全てはその時に判る、と。…その事にマリーが関わるのかもしれん」

井上とマリーの出会いが吉と出るのか、それとも凶と出るのか。

井上の記憶が戻ると思うのもマリーの仕掛けた事なのか。

マリーと共に生活している清美を八神の秘書官として側に置いて良いのか。

複雑な思いで皆考え込む。

脳天気な面持ちで戻って来た井上を見て、皆考え込むのをやめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る