第18話 フリー タイム (時間が触れる何か)

 5月に入ったばかりだが、薄暗い雲が低く広がっていた。

例年だと晴れの日が多いのだが、今年は井上の心を模したような空模様だ。

前日、”消された闇の10年”の戦没者慰霊が行われた。

国家は認めていないため、暗黙の式典だ。

検察、警察、特務警察特殊部隊、そして軍それぞれの幹部が非公式で毎年行っている。

”消された闇の10年”に共闘し亡くなった英霊達への感謝と鎮魂の式典だ。

現在では形式だけのようなものだが、能力者とそうで無い者とが共闘した事を忘れないよう続けられている。

国家が認めていない事を実行部隊の幹部が、今も意見交換の場として行っているのは皮肉な事実だ。

Z班のメンバーは今回全員出席との通達があった。

しかし幹部達の列席に彼等の席は無く、別室での参加だった。

彼等が戦死しようが感謝も鎮魂の式典も無いだろう。

存在していないZ班のメンバーに対する畏敬の念があったのかもしれない、そうで無いのかもしれない。

その答えを言える者などいない。

式典が終わると、彼等に48時間の自由な時間が与えられた。

井上にとって初めて与えられた自由な時間だ。

休日では無く、自由な時間なのだ。

当然、緊急呼び出しがかかればそこで自由な時間は無くなる。

井上は例によって拾得物保管倉庫に足が向いていた。

昨日の式典を思い出し、自分はともかく他のメンバーが万が一の時には弔って欲しいと願ったが、あり得ないと言う事は判っていた。

そんな気持ちを天が代弁してくれているような空模様だと、ふと思ったのだった。


 繁華街の賑わいに、ああ、今日は日曜日なんだなと久しぶりに曜日を感じ、そんな自分がなんだか滑稽に思えた。

目の前に人目を引く2人の姿があった。

何度か声をかけられ、そのたび煩わしそうに追い払っているのは清美と彼女の恋人だ。

声をかけづらく、その2人をしばらく眺めていると、彼女の恋人が突然振り返る。

それに気づいた清美も振り返り、井上に声をかけてきた。

「井上君」

「あ、こ、こんにちわ。」

「あっ、実際会うのは初めてか。彼女が私の恋人、マリーよ」

旧時代の貴族の娘が身に着ける衣装を、今風にアレンジした様な服を纏った美少女が微笑みながら

「初めまして、井上さん。清美からあなたの事は聞いているわ。お会い出来て嬉しいわ」

貴族の娘がするような仕草で軽くお辞儀をし挨拶をする。

「初めまして、マリーさん」

挨拶を返すがそのまま見つめている。

「あら、もう彼女の虜になちゃったのかしら?」

「うん、…じゃ無く。何か記憶の片隅を撫でられたような、違うな。何て表現したら良いのか、何かを思い出したと言うより、記憶の引き出しに指が触れた様な微妙な感じ。上手く表現出来ないな」

「マリー、もう”触れた”の?」

「いいえ、私は何もしていない」

「何?何のこと」

「あっ、もう忘れて。内輪の話だから」

釈然としないが、ああそう、と言うしかなかった。

「井上君、どこに行くつもりだったの?」

「え、いや、その。うん、本部にちょっと」

拾得物保管倉庫に行くとは何故か言いづらかった。

「あら、私たちも本部に行くつもりよ。彼女が私の職場を見たいって言うから。大丈夫、マリーを連れて行く許可は隊長から頂いているわ」

「へえ、部外者に許可を出すなんて意外だな。まあ、何も無いところだから良いか」

「そうね、情報などは全部隊長の頭の中だものね。あの記憶力も、人間離れしているけど」

「あいつの場合もう能力といっても良い位だよって、彼女の前で話して良かったのかな」

「それも大丈夫よ」

「何?私の事、何か?」

話においてかれた事が不満なのか、マリーが少しふてくされている。

その仕草も井上の何かに触れた。

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