第16話 ブロークン ピース (未だ埋まらぬ欠片)
田中秘書官のZ班参入は大きい。
八神の作る場の中であれば、田中も存分に能力を使う事が出来る。
相手の思考を読み、状況により操作し後藤に送る。
後藤がスキャンした情報に相手の思考も加わりメンバーに送られる。
トラップや存在を隠している敵の情報や、作戦開始後の敵の正確な行動予測等も加わるのだ。
それを元に最適な攻撃が一瞬で共有出来る。
Z班の戦闘優位性はさらに高くなった。
ただ、警戒すべき相手が自軍の上層部にいる事は看過出来無い問題ではある。
だが田中の能力を、少補クラスに使うにはリスクが大きい。
彼等には専属の護衛部隊が付いている。
万が一、田中の能力が知られる事となればZ班の存続自体危うい。
八神が行動を起こすにはもう一つ、必要なピースが揃わない。
必要なピースが揃うか相手と同等以上の地位にいなければ行動は起こせない。
今のメンバーが揃った事自体奇跡に近い。
井上の存在が八神の構想に実現性を持たせ、後藤の”送信”に井上が”反応”しない事と、海老名や石川、そして田中の参入がそれを高めたのだが、行動を起こすには解消しなければならない事がまだ残っている。
メンバーの誰かの死は失敗と同義語になる。
少しでもリスクがある以上、行動は起こせない。
戦闘力の強化だけでは目的は果たせない。
むしろ戦闘力の強化は自衛の為にあるものに過ぎないと八神は考えていた。
他のメンバーも同意見なのだろう。
行動をせかす者はいない。
だが、のんびりとしているわけにも行かない。
そのため、田中には別の活動協力をしてもらっている。
その効果がどのような成果となり現れるかを見ている。
Z班のメンバーはいつの間にか田中秘書官を「清美さん」と下の名前で呼ぶようになっていた。
「私は清く美しくなんか無い。心の底に澱みがある。能力を隠し、普通の人のように生きてきた事の澱が積もっている」
と言って悲しげな顔をしていたが、屈託無くメンバーからそう呼ばれるうちに心の底に積もった澱も溶け込み、深みを持たせたようだ。
軍本部から戻る途中、八神が清美に尋ねる。
「私のやろうとしている事の役に立てると言っていたね。いつ私を読んだ」
「源師団長にお届け物を持って行った時、隊長が面談されていました。その時隣室で控えていたのは私です」
「あの時の違和感は君だったのか」
「あなたは源師団長の前で、”場”を纏っていなかった」
「そうだな。親父の前で”場”を纏っても意味が無いからな、油断があったか。では、これ以上の説明も不要だろう」
実の親では無い源を”親父”と呼ぶのには理由があるが、それは又の機会にしておこう。
「はい、大変失礼を致しました。あの時、気づいていらした?」
「いや、違和感を感じただけだ。一瞬だったからね」
「それ以来、源師団長の前でも”場”は解除されなくなられました」
「最悪の状況を想定しただけだ」
「後、気になる事が」
「井上の事か?」
「はい。もうお気づきとは思いますが、テレパシーで彼の心を読もうとした能力者はダメージを受ける。しかし悪意の無い単に送る情報には”反応”しない。それは彼の意思が働いている可能性があると言う事です」
「今は実行していないが、例の施設で色々と実験したデータがある。それもあの時に読んだ情報か?」
「この数ヶ月彼等と過ごして出した答えです。最初疑問に思ったのは初日の私の恋人の情報です。私は井上副隊長には送れなかった。でも、彼は認識していた。後藤さん経由かとも思ったのですが、後藤さんは経由していなかった。と言う事は副長が私を、又は他のメンバーを”読んだ”のかと。これまでの実験データでは副長にそういった能力は認められていません。特に親しい人物とは意識を共有出来るのかも。仮定としてですが、彼の能力は私たちとは違う特殊なものであり、彼に対する悪意や敵意といったものに”反応”し、そうで無いものには”反応”しないのかと。薬物注射にはじめは反応しなかったのに、次から反応しているのは学んだからだと」
「さすが鋭いな。だが、だからこそ私のやろうとしている事に井上は必要不可欠なのだ。判っているだろう」
「はい。私が気にしている事は副長の記憶が戻った時、どうなるか。です」
「私の敵になるかも、と。確かに今の井上が持っている知識は実験時、テレパシストから得たものがほとんどだ。だが、あいつの記憶が戻らないのはあいつ自身が無意識にそれを望んでいる。それが”反応”の核心だろう。記憶が戻ったとしてもあいつは変わらない。最もこれは井上とこれまで付き合ってきて得た感覚で事実では無いかもしれんがな。その件についてはここまでだ。肝心な話をしよう」
「はい。現状に不満を感じている能力者はかなりいます。その中で、一般人に嫌悪を感じているものは意外に少ない。自分の置かれている立場や状況に対してのもののようです。しかし能力者に対し、嫌悪感を抱いている一般人はやはりまだまだ多くいます。隊長の想定内ですが」
「後、私が求めている人材はどうか」
「…まだ見つかりません」
「そうか。親父が20歳程若ければ代役にはなってくれただろうが」
「代役では完全ではありませんからね。余計な死者が増えてしまいます」
「捜査範囲を広げられるか?」
「不可能ではありませんが、その分リスクも増えます」
「安井少補も色々と動いているようだからな」
「そちらは大丈夫かと思います。迷路に誘い込むパンくずを色々と仕掛けておきました。問題は安井少補経由で海外に流出した情報です。それを元に動き始めているようです」
「石川の情報通りか。証拠があれば国家反逆罪が適応される事案だが、政治家も絡んでいるからな」
「政治家。彼等を読んだ事はありますが、汚物まみれのプールに入った気分でした。出来れば関わりたくないのですが」
「今はまだ良い。だがいずれは我々もその世界に手を付ける事になる」
「判っております。その頃には今よりはましになっている事でしょう」
「そう願いたいが」
八神の頭の中ではジグゾーパズルがかなり組上がっているようだ。
実際、根回しも田中秘書官のおかげで順調に進んでいる。
だが、彼の望む欠片が出て来ない限り完成する事は無い。
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