第7話 エクスペリメント (実験の日々と限られた選択)

 八神が責任者となってからは”能力”についての検査ばかりとなった。

その過程で知ったのだが、八神自身能力者で、能力を封じる”場”を作り出すらしい。

その中で能力を使っても外に漏れる事は無い。

彼がたとえテレポーターであっても逃げられ無いようにするためだ。

八神の作った”場”の中で”実験”は繰り返された。

データベース上には男にヒットする情報が無かった。

名前が無いのは不便という理由で井上譲司と言う仮の名前が付けられた。

何故その名前にしたかを八神に尋ねたが、良い名前だろと言うだけで答えようとはしなかった。

本当の自分が何者なのか判るまでの仮の名だ。

特に気にする事も無い。

その名で呼ばれ続けるとそれが本当に自分の名前のように思えてくるから不思議だ。

「井上、毎回素っ裸になるのはお前の趣味か」

「好みで言えば、女性の裸の方が良いな。自分の裸はもとより男の裸に興味は無い。露出癖も無い」

「性的感覚は正常なのはわかった。が、俺たちも男の裸を眺める趣味は持ち合わせていない。何とかならんか」

「何とかしろと言われてもな」

気がつけばタメ口をたたき合うようになっていた。

「これまでのテスト結果では、お前に加わる物理攻撃の破壊力に比例して消滅範囲が広くなる事、その後周期表の1番、水素から8番の酸素まで原子レベルで物質が分解されている事が確認出来た。お前にとって害となる薬物や毒物の投与に対しても同じ事が起こる事も判っている。次回から精神的な攻撃が項目に追加された」

「こんな所で毎日モルモットのように実験される以上の精神攻撃があるのか」

「次からは話し相手を連れてきてやる。それで気を紛らわせろ」

「若くて美人な相手か」

「そう思うか」

「はじめから期待して無いよ」

そんな会話が出来るのも、お互い気が合うからだろう。

奇妙な親交関係が出来つつあった。


 次の日、海老名という男がやってきた。

「これからのテストは彼が同席する。気の良い奴だから気楽にな」

彼が何者かはテストが始まるとすぐに判った。

「気の良い奴がこんなえげつない事をするのか」

海老名が具現化した様々な武器で絶え間なく攻撃してくる。

まるで持久力検査だ。

「武器ってのは金がかかる。しかしこれなら給料と手当ですむ」

「俺の裸を長時間みたい奴がいるのか?」

「知らん。だが、いい加減身につけたものまで消さないように出来んのか」

「意識して消しているんじゃねぇ」

「じゃあ、意識して消さないようにしてみろ」

「そうか、そんな事、考えもしなかった。可能がどうかやってみる」

二人の会話を楽しげに聞いている海老名。

そんな日々が続き、身につけているものは消さないよう出来る様にはなった。

しかしそれは物理攻撃の時だけで、テレパシストによる精神攻撃時には出来無かった。

身につけているものを消さないようにするにはかなり精神を集中させないといけないようだ。

もっとも研究者達が興味を示した点は、物理攻撃だけで無く精神攻撃にも"反応”がおきる事と、精神攻撃を加えたテレパシストは消滅こそしないが、肉体と精神の両方にダメージを受ける結果となった事だ。

ダメージは脳に与えるものがほとんどであったが、目や耳といった部分の者もいた。

精神を病んだ者に共通するのは

「闇に飲み込まれる」

と、怯えながら言う点であった。

どういった精神攻撃がどういうダメージになるかを研究するには至らなかった。

理由は”自殺志願者”がほとんどいないためと、実験のたびに能力者を失うのは”もったいない”という判断からだった。

軍部にとって能力者は”物”や”道具”でしか無かったが、その存在はやはり稀少であった。

その日からテレパシストによる精神攻撃の実験は無くなった。

その分、海老名による様々な武器による攻撃が試されるようになった。

これまでのテストで井上の分解は彼の能力では無く、無意識下での”反応”の様なものとされた。

分解発動までの能力者特有の脳波変化が無い事と、能力使用時の残存思念が検出されない事から判断不可という理由で研究者達はその異能をそう呼んだ。

軍上層部からの要請で物理攻撃テストは当分の間続けられる事になった。

繰り返される実験は、八神と海老名の能力向上という副産物がついたためでもあったのだろう。

そんなある日、八神が井上に言う。

「唯一判った事は、身につけているものを消さないようにしているのはお前の”能力”らしい、と言う事だ」

「なんか悲しい能力だな。それでモルモットの外出許可は下りるのか」

「…まだ検討中のようだが、無理だろう。もし、出られるとしたら最低条件はこのまま軍部に所属し、命令には絶対服従する事だろうな」

「俺に自由は無い、と」

「俺たちも似たようなものだ。いずれにしろ今、上と掛け合っている。時間をくれ」

「判った」

井上は八神という男を信じるに足る人物と感じていた。

八神がそう言う以上、今後何かしらの変化はあるだろう。

それからもしばらく様々なテストが繰り返された。

最近になって少し変化に気がついた。

単なるテストから、実戦形式の訓練要素を感じるようになった。

八神の言ったように、井上は軍属にされるのだろう。

彼には選択する権利は与えられないようだ。

日に日に訓練要素が強くなって行く。

そんな日々が続いた。

感覚が麻痺してしまったのか、それが日常と思える。

ああ、こうやって祖国に忠実な兵士に洗脳してゆくのだろうなと、客観的にまだ捉えられる事と、自分自身を見失わない精神力が彼にあった事を幸運と片付けてしまうのは適切では無い…のだろう。

自分が何者かが判らない事の不安と不満は、実際に記憶を無くした者で無いと理解出来ない。

(俺は自分自身の記憶を取り戻す為、外の世界に触れたい)

彼にあるのはその強い思いだ。

その思いと八神という男を面白いと感じている自分に不思議な感覚があった。

八神は本当に上を説得していたようだ。

様々な条件を付けられた事は言うまでもあるまい。

それでも実験場からは出られる。

それ故特殊部隊に身を置く事を容認した井上だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る