第6話 デプレッション (始まりの時と出会い)

 5年程前の事だった。

彼が目を覚ますと青空が円形になっていた。

そうでは無く、窪みの中にいるのだと気づくのに数秒かかった。

自分が暗黒の底にいるような錯覚に陥る。

それほど深く、そして大きな窪みの底にいた。

裸である事に気がつくと、冬で無くて良かった。と、ぼんやり思った。

「なんでこんなとこにいるんだ?」

頭がまだ回っていない。

それでもまず、ここから脱出しなければと言う判断は出来た。

蟻地獄の様な巨大な穴の側面は脆く、上手く這い上がれない。

砂丘を登るような感じだった。

それでもなんとか登り切る。

周りを見渡すと、街が吹き飛んでしまったかのような風景が広がっていた。

先程まで自分がいたところが爆心地であったかのようだった。

”砂丘”を登ってくる間に思考は正常に戻ってはいたが、何があったかが思い出せないでいた。

「おーい、誰かいるか」

大声を出してみるが返答はやはり無かった。

その代わり、聞き覚えのある音が聞こえてくる。

「ヘリの音だ」

徐々に大きくなり、ヘリは彼の頭上でホバーリングしている。

「軍用ヘリか」

数人が垂らされたロープで下りてくる。

「助かった」

そう思ったが、降りてきた隊員達の様子がおかしい。

纏っている宇宙服の様な格好もそうだが、彼に対する態度もだ。

救助と言うより、連行と言った方が適切だろう。

「何だ、お前達は」

返答は無い。

何かを腕に当てられ、鋭い痛みを感じたがそこで意識を失う。


 目を覚ますとそこは病院の様だが、何か変だ。

病院と思ったのは、白衣を着た数人が彼をのぞき込んでいるからだった。

「をごば!」

上手く発音出来無い。

「まだ薬が効いているだけだ。しばらくすれば直る」

体を起こそうとして気がつく。

どうやら拘束されているらしい。

混乱する思考の中で、どこか冷静になってゆく自分がいた。

記憶を辿ろうとするが、あの底で目覚めた以前の自分自身に関する記憶だけが無い。

「ここはどこだ?そしてお前達は何者だ?」

「もう正常に話せるようになったのか驚いたな。しかし質問するのは我々で、君では無い。名前は」

「誰の」

「お前以外に聞く必要のある者が他にいると思うか」

「…判らん」

「自分の名前がか」

「全てだ。窪みの底で目覚めた以前の記憶が飛んでしまっている」

「それにしては落ち着いているな」

「これでも内心、動揺しているさ」

「そうは見えんが。まあ、良い。この後の検査で全て判る」

「何をするって」

「検査だ」

その後は検査の毎日だった。

フィジカル検査に始まり、知能検査、心理検査等は当然だが、それだけでは無かった。

ある日、軍の演習場に連れてこられ、いきなり銃で撃たれる。

次の瞬間、半径2Mが消滅した。

自分では何かをした意識は無かった。

しかし、あの穴ほど大きくは無いが、同じ風景が見える。

裸になっている事も同じだ。

あの大穴は彼が作ったらしい。

「俺があの大穴を開けたのか?」

”蟻地獄”から何とか這い出た彼に

「やはりあなたの能力でしたね」

「能力?俺には何かをした感覚は全く無い」

「もっと調べる必要がありますね」

又、男達が彼の腕に薬を打つが、今度は意識がなくならない。

「もっと強いものにしろ」

言われて再び打つが効かない。

「もっと強くしろ」

「これ以上強くすると、死んでしまいます」

「構わん」

再び打つが効かない。

あきれた様子で注射器を地面にたたきつけると火花がちり、その瞬間爆発が起こる。

高飛車な男や検査員毎消滅していた。

再び出来た穴から這い出た男に誰も近づこうとはしなかった。

「何が何だか、訳が判らん」

彼も何が起こったのかさえ判っていない。

小一時間ほど経過した頃だった。

大型バス並みの装甲車が近づいてくる。

男の10M手前で停車した車両から数名降りてきた。

「我々は君に危害を加えるつもりは無い。君と君の能力について調べたいだけだ。君も知りたいだろう」

「そうだな、判るのなら教えてくれ。俺も知りたいから我慢して付き合っている」

「では、我々に協力を願いたい」

頷くと着替えを持って来た。

「その服を着てこちらに来て欲しい」

言われるまでもなく裸でいる趣味は無い。

着るものがあれば着る。

軍服のように見えるが所々にセンサーらしきものがついている。

動きには支障は無いが、若干重いような気がする。

そして装甲車のあるところまで行くと

「君の検査責任者となった八神です。いきなり銃で撃ったりして悪かった。君の能力についての仮説を確かめたかったのでね」

「何か判ったのか」

「まだです。ただ、このまま本部施設に戻る事は出来無い。すぐに仮設住居を建てます。しばらくはそこにいて欲しい」

「空けちまった穴が理由か」

「そうです。あの力を解明してからで無いと戻れないでしょう。あなたが何者かは今、データベースから検索しています。まだヒットはしていませんが」

「それで俺の記憶は戻るのか」

「戻るよう今後も色々と検査させて頂きたい」

「協力するしか無いようだな」

「それとこれまでの検査結果をお伝えしましょう。まず、身体検査では20歳前後で、身体能力は平均値より少し高い。知能も同様です。心理テストは…まだ検討中のようです」

「いきなり銃で撃ったのは何の検査だ」

「あなたが発見された現状を分析した結果、何らかの外的要因であなたの能力が発動した…との仮設から前任者が勝手にした事です。今回の結果も踏まえ、今後の方針を上層部が検討しています」

「やはり軍部の者たちか」

「隠すつもりはありません、その通りです。まあ、当然導き出される答えですね」

「あんたはさっきの奴とは違って話が出来そうだな」

「永く顔を合わせる事になるかもしれません、よろしくお願いします」

「検査が終われば、自由になれるのか」

「多分無理でしょう。ですから永い付き合いになると」

「野放しには出来ん危険人物と言うところか」

「少なくとも私は危険人物とは認識していませんよ」

「そう言われても、素直に喜べんがな」

八神との付き合いはこうして始まった。

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