副七話 森

 まるでピクニックの直前のごとく目が冴え、眠りが浅かったのか、昨晩は遅めに寝たはずなのに、今日は朝日が出る前に目が覚めた。

 朝食を作るまではすることがないので、明かりをつけて、今日使おうと思っていた魔法陣を一通り描き上げる。

 街の門は日の出から開いて外出できるようになるから、朝食を食べ終わって片付けをしたときにはもうすぐに森に行くことはできるから、予定より早めに森に行ってしまってもいいかもしれない。


 魔法陣全集を開いていくつかのページを見る。

 本を読んだ時点で魔法は一通り覚えているので、そのうち森の中で使えそうな魔法のページを確認して紙に魔法陣を写していく。


 使う魔法陣は五つだ。


 一つは「風の刃」。ナイフなどの刃物の刃先に風で鋭い刃を作る魔法で、刃物の切れ味が鈍るのを防ぐ。

 この魔法陣は刃物の刃の部分に貼り付けて使う。

 両刃用と片刃用があって、俺は自分の手を切るのが怖いので片刃用を使う。

 この魔法陣をつけたままではナイフを鞘にしまうことができないので、何回も貼り替えることになる。なので、これは紙に書いたものを何枚も持っていく。

 木の板に描いても良いかと思ったが、ふとしたときに剥がれてしまうと困るので止めておく。


 二つ目は「アーマーシールド」。腕の周りに硬いマナの膜を巻きつけ、腕を守る。

 魔法陣の質にはよるが、鉄の鎧ほどの防御しか出来ず、俺の技術では狼に噛まれれば壊れるくらいの脆いものしか作れないだろうが、動物の革を巻いたときくらいの強度はあるだろうし、軽い切り傷を防ぐことはできるだろう。

 これは腕に何かの方法で取り付けて使う。本に書いてあるおすすめの方法は木の板に魔法陣を描いて、それを紐で腕に巻きつけるというものだったから、俺もそうしてみるつもりだ。


 三つ目は「よく飛ぶ矢」、四つ目は「照準」で、この二つはペアで使う魔法陣だ。

 よく飛ぶ矢はめちゃくちゃに複雑な魔法陣で、空気抵抗を受けづらい複雑な形の矢を作り出す部分と、カメラと呼ばれる、見えるものを別の場所に映し出す部分に分かれている。やや長い棒の先端に付けるといいらしい。

 照準は目の脇に貼り付けて使う魔法陣で、片目の視界をカメラと共有しつつ、中心を示す十字を表示する。

 これはどうしても遠距離に攻撃をしたりしなければいけないときに使う、いわば万が一のための魔法陣だ。扱いも難しいらしいので、できれば使いたくない。


 最後は「狼煙」の魔法陣で、煙を立ち上らせながら色とりどりに光る。

 これは森の中で遭難したときに使う魔法陣で、夜は光が遠くまで届くように、昼は煙がよく見えるように、試行錯誤を繰り返したものらしい。

 これも、できれば使わないでいたい魔法陣だ。

 

 魔法陣を書き終えた頃にはちょうど普段の起床時間くらいになったので、一回に降り、朝食を作る。


 珍しく、ハシモト夫婦が早めにダイニングに来ている。

 食料庫にじゃがいもが入っていたので、それを洗って茹でつつ軽く雑談をしていると、次第に他のメンバーも集まってきて、丁度いい頃にじゃがいもが茹で上がった。


「今日は森に行くので、昼食は各自でお願いします。」


 と伝えると、


「えーーーーーーー!」

「腹減ったらどうすんだよ。」

「俺も森に行くから、お前らでなんとかしろ。」

(クズかしらね。)

「………………うん。」


 などと言われる。ハシモト夫婦は何も言わないが、すねたような様子は表情から分かる。ハフはまだしも、ハシモトが口先を尖らしたところで可愛げもなにもない。

 この人たち、一週間前まではどうやって生きてたんだと不安になる。


 なんにせよ、俺が森に行くことはもう決まっているのだから、あからさまに暗い雰囲気を出したり、最後の食料を分け合う貧しい夫婦のモノマネをするのはやめてくれ。



 朝食を食べ終えたらすぐに部屋に戻り、魔法陣を描いた紙と木の板といくらかの金をカバンに入れてハウスを出る。あと、鞘付きの薄いナイフも持つ。これは普段鉛筆を削ったりするのに使っているもので、九つの誕生日にオネス院長からもらった思い入れのあるものだ。


 持った金は街の入口のあたりで昼食と木の棒を買うために使う。

 街の入口で売ってるものについては、朝食のときにハカムから聞いた。

 そういえば、紙の魔法陣は風の刃のものだけだが、これはナイフに糊で貼り付けて使うから、糊もカバンに入れなければいけなかった。


 他はすべて木の板に描いた魔法陣で、よく飛ぶ矢の魔法陣は、描いた板の裏にナイフで小さなくぼみを作ってそこに木の棒をはめ込む予定だ。

 おそらく、それで全集に書いてあった「長い木の棒の先につける」という使いかたを満たせるだろう。



 ギルドハウスを出て冒険者ギルドの横を通り、街の入口の門に着く。


 修道院を出た日に会った衛士長のダルグが詰め所の奥の方にいるが、僕のことには気づいていなさそうなので声をかけるのはやめておく。

 

 棒と昼食を買って、街からほんの十分ほどのところにありそうな森に向かう。森は、町の入口からすでに樹冠が見えるほど近い。

 棒は勇者伝説にも出てくるひのきぼうで、実用性はあまり無いが、験担ぎで買っていく人が多いらしい。ニスも塗っていない、あからさまに武器にはなりえないような棒だが、新人の無謀な冒険者なんかはよく、この棒だけを持って森に行ったりもするらしい。

 俺もそのクチかと勘違いされ、カバンからナイフを出して、魔物に遭ったらこれで戦うのだと言うと、店のおばちゃんはさらにがっかりしたような目で俺を見た。


「魔物が出たら、いちいちカバンからナイフを出して戦うのかい?」


 とのことである。確かに。言われてみれば、そのことを考えていなかった。

 幸いにも、ナイフの鞘にはベルトに装着するための金具がついていた。しかし取り付け方が分からなかったので、言うと、おばちゃんがその場で装着してくれた。

 俺は衆人環視の中でおばちゃんにベルトをカチャカチャされて赤面するほど恥ずかしかった。

 お前はおかんか?と心のなかで突っ込みを入れてみたが、自分の身の上を思い出し、少しノスタルジックな気分になった。


 その後、樹冠の見える方にまっすぐ歩くと、 目測通り、森までは十分ほどで着いた。森までの範囲は街の管轄になっているのか、きれいに整備され、高い草や大きな岩などがないきれいな草原だった。

 森も、特に暗いということもなく、木漏れ日を見ていると修道院の裏のやや鬱蒼とした植物園を思い出す。

 こんなにも自然を感じる場所に来たのはいつぶりか。…一週間ぶりか。

 そんな自己完結をしながら森に踏み入る。



 森を少し進むと、自分がどこにいるのか分からなくなった。まさか道の無い場所がこんなにもあるきづらいとは思ってもみなかった。

 より深いところまで入って、後で戻れなくなると困るので、一旦、入ってきた入り口に戻ることにした。


 森は、さっきも言ったように、決して鬱蒼としているわけではないが、すぐに周りの状況がよく分からなってしまう。

 今まではまっすぐ歩いてきたはずだったが、後ろを振り返ると全く見覚えのない景色が広がり、今まで歩いてきた道がどこだったのかさっぱりわからない。


 当てずっぽうでも、来た方向に近い方向に歩いていけばいずれ森を出られるだろうと思ってしばらく歩いていたが、気付くと空もやや暗くなってきていた。

 腹も減ってきたのでとりあえず昼食を食べようと思って地面に座る。

 方位磁針を持ってくればよかったと後悔したが、そんなことを考えてももう遅いか。

 

 

 


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