副二話 ハシモト
「お前、逃げるとき、魔法を使わなかっただろう。普通なら強化魔法を使うはずだった。」
「……」
思いもよらなかったが、言われてみればそうだな。
「というのもあるが、オネスから頼まれてたんよ。お前が路頭に迷うかも知れんから見守っておけってな。」
オネスとは院長の名前だ。本当に優しいな。しかし過保護というか…
「話は戻るが……、取り敢えずギルドにいって話くらいは聞いてみないか?」
そう言って職員のおじさんは返事も聞かずに歩き出す。
町役場から出て住宅街に入り、少し歩いたところに、木造二階建ての家がある。その家の前でおじさんは立ち止まる。
右隣も左隣も、更にその隣も似たような木造建築である。
「おじさん。ここ?」
「おじさんて言うな。俺にはジョーっていう名前がある。」
ジョーっていうのか。たしか意味は顎だったかな。変な名前だ。
生まれた頃は顎がしゃくれてでもいたのだろうか。
今は顎の輪郭も丸くなって、顎の骨が張り出てているかどうかは見ても分からない。
「それならジョーおじさんって呼ぶね?」
そうからかうと、
「うるせえ、呼ぶならジョー兄さんと呼べ。」
大声で叫びつつ、ジョーおじさんが家の扉を叩いた。すると、家の中から痩せ細った色白の男が出てきた。
赤い血が通った生物にはあるまじき限界の白さ。砂浜もびっくりな究極の美白だ。
「ああ、太陽が眩しいナ。今何時?」
「午後の四時だよ、ハシモト。夕方だ。昼食食べたか?」
ジョーとは似ても似つかないハシモトなる男だが、旧知の友人のような雰囲気である。
過去に熱いドラマでもあったのだろうかと勝手に想像してみる。
「食べたヨ。重湯を一杯、グイッとネ。…あれ、誰かと思ったらジョーじゃナいか。」
相手が誰かも分からずに喋っていたらしい。色白で痩身の人間は総じて神経質だという偏見があったが、それは今この男のせいで撤回しなければいけないらしい。
「そうだよ。今昼食作ってやるから皆呼んで来い。」
ジョーがそう言うと、ハシモトは急いでよたよたと階段を降りていった。足取りが今にも段を踏み外しそうなほど危うく、見ていて怖くなる。
一階なのに下り階段があるってことは地下室があるのだろうか。もしかして市に隠れて怪しい人体実験でもやっているんじゃないだろうか。
「早々に変なものを見せちまってごめんな。」
ジョーに声をかけられ、どう返答しようか迷う。
「いや別に、…なんだろう……。何て言えば良いのか…。」
あいつ、ああ見えても百二十歳越えてるんだよな……
俺が言葉に窮していると、ジョーが小さく言う。
俺に対して言ったのか、独り言かは分からないが、その言葉はハシモトという男の性格を的確に示しているように思えた。
ジョーは家を知り尽くした様子で、勝手に入ってスムーズにどこかに向かっていく。
俺はまごついて玄関で立ち止まる。
するとすぐに、地下から何人か人が上ってくる。男女それぞれ二人ずつであり、全員が全員、陰鬱な雰囲気を全身から薫らせている。
ハシモトはそのなかでもやはり際立っていていて、暗さという概念が体から染み出ているようにすら見える。
「何かあった?」
「ジョーが、昼食作るって言っテる。」
二階から声が聞こえ、ハシモトが返答すると、小走りで走っていく音も聞こえた。
二階にも人が住んでいるのか。
もう既に四人、上の階にも四人くらい住んでると考えると、この一軒家に住むにはあまりにも人数が多い。
ハシモト達に付いてダイニングに行き、そこで少し待っていると、二階からも何人かずつ人が降りてきて、全員が一階のダイニングに集まった。
ジョーが立ち上がり、僕を隣に立たせて話し始めた。
「おはよう根暗ども!…突然だが、こいつ、何だと思う?」
こんなに陰な空気の中で大声を張り上げられる気概は素晴らしいと思うが、突然意味のわからないクイズを始めるのはやめて欲しい。
「
犬のエサって……
「お前、犬飼ってないだろ。ハズレ、一回休み。次!」
「最近飼おうと思い始メたんだけどナ…」
「はい!はい!わたし!わたし!」
「違う。お前はお前だけだ。」
「ちげえよ。わたしにも答えさせろって言ってんだよ。」
「お、おう。どうぞ?」
「新しい魔力袋!」
「違う。」
魔力袋ってなんだよ。…俺は人間として見られてないのか?
「いやまあギルドの加入希望者でしょ…。」
「当たり。」
当たりなのか。俺はまだ加入するとは一言も言っていないが。
「正解した小僧にはこの俺のオムレツを少しあげよう。」
「いらない。俺の皿に乗ってる物が見えてないの?てかあんたさ、いっつもここに来るとオムレツ作るよな。」
「俺はオムレツが好きだからな…」
…俺、ちょっとこのギルド入れないかも知れない。みんな口調キツくないか?
「じゃあ気を取り直して、自己紹介だ!」
いつの間にか少年の皿に自分のオムレツを乗せ、ジョーは話を続ける。
「じゃあ俺の左から頼む。」
「わたし!ヨシ!」
「こいつがヨシ。実はこの中で一番性格が悪い。気を付けてな。」
「あ?」
ヨシはどことなく子供っぽく、年齢は一七か八かそれくらいだろうか。やせ形で健康的だが肌の色や服装に異国風の雰囲気がある。アジアかアフリカか。
「まあまあ。じゃあ続いて僕、
鍾馗は声からして、さっき階段の上から話していた人だろう。
「わたしも!」
「そうだね、ヨシは近くの島国出身だ。といってもここで出会ったのは全くの偶然だったけどね。」
「俺はハカム、アラブの生まれだ。趣味は狩猟だ。よろしく。」
ハカムは浅黒いイケメン。
(………サダよ。)
は?
(……私の名前)
驚いて周りを見回すが、誰もいない。今の声はどこから聞こえたんだ?
「お前の目の前にいるのがサダだ。性格も能力もよく分からないが、こう見えて悪戯好きだ。」
黒い長髪で色白、片目は髪で隠れ、もう一方の目には隈もある。この中で一番ヤバそうだ。ハシモトよりヤバい。いつからいたんだろう。
仲良くなれるかな。
(…
苦笑いすると、ジョーににらまれた。
「僕はハシモト・ミチヒサ。別の世界出身だヨ。」
さっきの不思議な男だ。なるほど、別の世界の出身だと言われても自然と信じられる。
「私はハシモト・
ハシモトの妻。見た目は金髪の美少女といった感じで、年老いている様子はない。ハシモト家は不老不死なのか?この人のことは誰もおばあちゃんとは呼ばないだろう。
「俺はキューだけど、別に覚えてなくて良い…。」
陰鬱そうな少年。多分オタクだ。それも知らない人に対してはほとんど喋れないタイプのやつだ。というかキューとか絶対偽名だろう、まあいいけど。
他のメンバーも自己紹介をした。
ああ、見た感じ正常なのは鍾馗とハカムだけか。両方とも二階に住んでいる人だ。俺もここに住むなら二階がいいな。…あ、でも二階にはヨシもいるのか…
「どうやら坊主も完全に、ギルドに入るつもりらしいな。」
ギルドに入っていないと市民権が無いのとほぼ同じなんだから、とりあえず入るしかないだろう。首を縦に振る。
「ギルドのことは僕が説明しテおくヨ。」
ハシモトがそう言うと、
「なら、魔法研究士のこともあえて説明しなくて良いか。…じゃあ帰るからあとよろしく!」
ジョーはそう言って帰っていった。
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