副三話 魔法陣

 しばらくして全員が食事を終えたが、食事終ギルドの全員が全員とも立ち上がるタイミングを逃したようで、しばらく陰鬱な顔で黙りこくって椅子に座っていた。

 さらにしばらく無言の時間が続き、ハシモトの一声でギルドのミーティングが始まった。


「まあみんな食べ終わっタところでミーティングでも始めヨうか。」

「「…「はーい」…」」

「君もギルドメンバーということでイいね。」

「はい。」

「自己紹介して!」

「……はい。」


 俺が自分の名前や歳、ここに来た経緯などを簡単に説明したあと、ギルドの各々が自分の研究の進捗を話し始めた。

 午後二時から四時半まで、午後の明るい時間の大半がこのミーティングなるものに費やされ、ちらほらと寝たり離席したりする人が出てきたあたりで、全員の話が終わった。

 地下にいる人たちの話は俺には難しくてよく分からなかったが、二階に住んでいる人の研究は少し理解できた。それを簡単に説明すると、

 ヨシは精神的なバフを掛ける魔法陣の研究。

 鍾馗は異世界の生物を召喚する魔法陣の研究。

 ハカムは近くの森にいる動植物の分布の研究。

だった。大変そうな割にはあまり面白くなさそうな研究だなと失礼なことを思う。


 地下の人の話を含めると、多くの人は魔法陣の研究をしているらしい。

 俺も何か研究をするのだろう。しかし研究のケの字も知らない俺に何ができるのか。


 ミーティングが終わり、全員が自分の部屋に帰っていくのを見ていて、視線を動かすとハフがまだ席についていたのでその方向をちらちら見たり目を逸らしたりしていると、ハシモトが重そうな本を何冊か持って帰ってきた。

 前のめりで不安定そうに歩きつつ、ハシモトはテーブルに本を置き、先程と同じハフの隣の席についた。


「ここにたどり着いた人は皆、最初は何もなかっタ。だから僕がいつも導いているのサ。」

「はあ。」

 いきなりポエティックなことを言い出したが、どういう意味だろうか。

「僕らは魔法を使えない。しかし、努力を重ねれば、普通の魔法より素晴らしい力を手にすることが出来る。」

「例えば?」

「三時間後に木星に当たるビームを射ったり出来る。」

それをしてなんの意味があるのだろうか。

「いずれ、その面白サにきみも気づクだろうサ。」

ところで。

「二階と地下、どっちに住みタい?」

ハシモトが俺に聞く。

「二階で。」

俺はすぐに返す。

「分かっタ。なら階段を上って左の一番奥を使うとイい。本は置いておこう。あと、このギルドはアットホームだから、ため口でしゃべっていてもイい。いまさらだガ。」

「……オッケー。」

慣れないが、積極的にため口っぽくしていこうかな。とやってみるが……やっぱり慣れないレベルでのため口は無理そうだ。やめよう。

「……まあイいや。まあ今日は疲れただろうし、寝るとかこの本を読んだりとかするとイい。」



 俺はハシモトに案内されつつ、部屋に入った。

 そのままベッドに座って一番上の本を手に取り、表紙を見る。

「魔法陣全集 第一巻 -魔法陣とは何か-」

 革に金の文字で、そう書かれている。

 魔法陣というのはなんだかよく知らないが、確か、街を守る結界とかに使われているんだったか。

 

なるほどね。どうりで皆魔法陣の研究をしていると思った。これが原因か。

 下にも文字がある。どうやらサインのようだ。だれか有名人のだろうか

「……著者 ハシモト・ミチヒサ」

 なんだ、著者名か。というかこの本はハシモトが描いた本じゃないか。

 初版の出版日は六十年ほど前だ。しかも、他の本を確認してみたが全て同じ年に出版されている。研究のまとめのような位置にあるのだろう。

 構想や研究の年月を考えると、ハシモトが百二十歳というのもうなずける。

 全集だし、別に最初から順に読む必要はないだろう。目次を開いて面白そうな章を見つけ、そのページを開く。

 章題は「魔法陣の構造」魔法陣の構造や書き方が載っているらしい。


 ふむ…

 えー、まず…

 取り敢えず、魔法陣は三つから五つ程度の円を基本とするらしい。

 ……それぞれの円を境界円と呼ぶ。

 それに、中心から、円を四から十分割する線を引く……これを分割線と呼ぶ。

 線の名称とかどうでもいいな。

 しかし読んでいるだけではいまいち頭に入ってこない。


 図も載っているから描いてみよう。鞄の中から紙を出して……机があるからそこで描こう。筆記用具はなかったが、机のわきの引き出しを開けるとペンと定規とコンパスがあったので、それを使う。


 準備完了、ということで今までの図を模写してみる。

 中心を定めて三円を描き、上下左右に四本の線を引く。中心の円は空けて、中心から一番目と三番目の間のみに線を引いた。

 全く図の通りだ。

……次は、二番目と三番目の円の間に文字を書く。見慣れない文字だが、注釈によるとのアジアの文字らしい。文字それ自体に魔術回路としての意味があると……魔力を成形する役目か。ライターで言う火打石の部分だな。


 適当に四つほど選び、書く。うまく書けなかったが最初だし仕方がない。

 ええと次は魔力導線を書くと。図にあるように… 二番目の円と四本の線の交点を通るようにひし形を描く。

 導線ね。

 最後に中心に文章を書く。


 「空気から

  マナを

  吸収する。」


…ずいぶんと素っ気ないな。こんなもので使えるのだろうか。



 少し待っていると、中心から広がるようにして魔法陣の線に光がたまっていった。

 そしてその光が一番外側の円にたどり着いたところで、

 紙に火がついて一瞬で消し炭になった。

 机には焦げ付いた跡はないが、炭は赤熱しているし、煙も出ている。

 ペンの尻で軽く散らして冷まし、…

 後ろでガチャっという音がして、慌てて振り返る。そこには鍾馗が立っていた。



「焦げ臭いにおいがする。」

「……そうかな?気のせいじゃない?」

「魔法陣を描いたか?」

 真顔で鍾馗が言う。

「……はい。」

「どこで描いた?」

「…机の上で、…」

「それでどうなった。」

「灰になりました。」

 申し訳ない……と言いたいところだが、あんな本を渡しておいたのが悪いのではないか。あれを見ていたら誰でも魔法陣を描きたくなるだろう。

 あまり責めないでほしい。そういう思いで鍾馗を見ると、なぜか破顔していた。怖っ。

「紙に描いたのか。」

「……?そう…だけど?」

「君は、判断力に優れているな。」

は?

「合格だ!皆、合格だよ!」

 開いたドアに向かって鍾馗が叫ぶ。するとドアの左右から人が出てきた。六人いる。つまり鍾馗を含めると全員集まったことになる。

 ハシモトが前に出てきて言う。

「いやあ、よかったネ。合格だヨ。」

「何が?」

「ギルドに加入するための試験だヨ。十一年前から、ギルドに加入試験を導入することが義務化されたんダ。だからウチでは魔法陣の本を渡し、言われなくても魔法陣を描くかどうかを試験としたんダ。」

へえ、ここにも加入試験があったのか。

「それで、描いた魔法陣はどこかナ?」

「燃えて無くなってしまって…。」

「?……机はあるようだガ?」

机?もちろん机はある。

「彼ね、紙に描いたんですよ。」

 確かに紙に描いたが……紙以外のどこに描く場所があるのか。

「へえ、紙にネ。この部屋に紙なんてあっタっけ?」

「ちょうど持ち合わせていて。」

「そっカ、なるほどネ。」



「紙に描くのはそんなに珍しいことなのか?」

 俺はハシモトに聞くが、ハシモトは答えず、鍾馗の方を向いて言った。

「鍾馗は確か机に魔法陣を描いて、机全体を凍らせタんだったっケ?」

「鍾馗はバカだから!」

「ヨシだって机を爆発させたじゃないか。というか、ここにいる皆、似たようなものじゃないですか。…キューが机を消したときはびっくりしましたが。」

…キューって意外と凄いやつなのか?

(……キューはその系統の魔法陣を研究してるんだけど、未だにその時のひとつしか成功してないのよ。)

なんだ、じゃあただの偶然か。

「ああ、あのときはびっくりしたネ。」

 しかし、この中に魔法陣を描いた試験に受かった人しかいないのならば、逆に…

「試験に落ちた人も結構いるのかな。」

「いや、実は試験を受けたのは君が初めてなんだ。」

訊くと、ハシモトがすぐに返した。どういうことだろうか。

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