副四話 最強とは


「試験とか関係なく、みんな魔法陣を描いたのよ。」

と、ハフが言う。

「まあ、そこから試験を発想したっていうのもあるけどね。」

と、鍾馗も続ける。

なるほど。以前は試験は無かったが、全員、ある意味試験をクリアしてるということか。

 しかし、十一年前というと明らかに年齢の合わない人がいる。キューなんかはまだ十一歳にも達していなさそうだし、それに

「ヨシさんとかは、…」

 試験を受けたときにはまだ赤ん坊ではないのか?

「ああ、ヨシはこう見えてもっ…!」

鍾馗が謎の軌道を描いてドアの角に頭をぶつけた。

 倒れたまま動き出す様子はない。鍾馗はなにを言おうとしたのだろうか。

(……女性の年齢を勝手に言うなんて最低だと思わない?)

……本当にその通りだと思います、はい。

「……皆、若く見えるけど、結構な歳なのかな。」

(……口に出てる。次はない。)

おっと。

「私たちからはそれだけだヨ。ギルドカードを渡しておくネ。」

 そして俺が受け取ったのはただの金属の板だった。これがギフトカードか。

「それは本来は魔法を使って起動するものダけど、魔法陣を使っても起動するから、やってみるとイい。第三巻の二章、『いざというとき便利な魔法陣』に載っているから上手くいかなかったら見てみてネ。」

「はい。」

「夕食食べる?」

キューが声をかけて来た。

「もう寝るからいらない。」

「あっそう。分かった。」

…そういえば、

「キューは何歳なんだ?」

(……キューは十三歳。ギルドの前に落ちていたから拾ったのよ、ハシモトが。)

なんだ、年下か。

「要らんこと言うなよ、サダ…。」

「やっぱり年下って感じするな。」

「うるせえ!」


 そんなこんなでギルドメンバーは自分の部屋に帰っていった。








 魔法研究師ギルドに入り、それから一週間が経ったが、俺はまだ自分の研究テーマを見つけてない。ハシモトは一ヶ月くらいなら悩んでも良いというが、食事で顔を合わせるたびに少し気まずい。

 しかし、研究テーマが見つからないのには幾つか理由もある。

 まず、ハシモトから受け取った本を読破してない。まあ研究テーマを探すために渡された本だから読破する必要はないけど、十二冊あった本の十一冊目も終わりかけているのにいまだに興味のある研究は見つからない。

 さらに、コックや洗濯等の家事は全部僕がやっている。というのも、ハシモトを含めてこのギルドの誰も、洗濯したり料理を作ったりしようとしない。服は脱ぎっぱなしで、部屋の扉の隙間からシャツがはみ出していたり、廊下にパンツが落ちていたりする。

 特に地下階の衛生環境が恐ろしい。

 ハカムだけは自分の分の家事を完璧にやっているが、他の人の分までやるのは面倒くさいらしく、週末以外は外食で、食事のときにはいないし、汚れた服が落ちていても避けて通るだけでなにもしない。


「俺も家事をやっていたことがあったが、無理だった。お前も諦めた方がいい。研究が出来なくなるぞ。」


 とハカムに言われたが、研究が見つかるまでは続けようと思って一週間近く続けている。

 驚くべきことに、俺は食事以外ではメンバーをほとんど目にしていない。というか大体のメンバーには部屋から出てくる気配が全く無い。よっぽど研究に熱中しているのだろう。羨ましいことだ。


 ちなみに今は、先ほど夕食が終わり、食器を洗い、自分の部屋に戻ってきたところだ。


 研究はしていないが、実験によって色々な成果は出している。食洗機も作ったし、洗濯機もフードプロセッサーも作った。その全てに使ったモーターの魔方陣の仕組みには感動した。確か八巻だったかな?「モーターとそれを応用した道具について」の巻に載ってた。

 物質同士の反発力を利用して物を回すとは。そんな発想は俺には全く浮かばない。



 十一巻は「大規模で有用な魔法の発動とその魔法陣」というテーマだったが、最終章の利用方法についての紹介を今読み終える。

 都市を覆うシールドはこの本に載っている魔法の一つだったが、これはハシモトが開発した魔法らしい。

 ハシモトは案外凄い奴だなと思う。

 十一巻を机に置いて、十二巻を手に取る。

 十二巻は「魔法陣の利用場面と魔法研究の可能性」だ。一巻から一冊づつ読んでいたから十二巻の題名は今初めて知ったが、先にこれを読むべきだった。



 本の前半が魔方陣の使われた事例の紹介だった。挿し絵が豊富で、見ていて楽しい。

 事例の半分ほどはハシモトのものだったが、残りの半分は別の色々な人の研究だった。

 舌の裏に仕込むだけで魔力の回復速度が大幅に向上する微小な魔法陣が、特に興味深かったかな。ハシモトが東方で一晩飲んだ相手からもらった作品で、それがどうやって設計されたのか未だに分かっていないと書いてある。いわゆるオーパーツってやつだ。

 後で聞いたところ、今は作り方が分かっているらしいが、本を書いた時点では見当も付いていなかったらしい。


 八章からは、ハシモトの夢が書いてあった。夢というか、実現可能とは思えない魔法の研究だ。

 どこにでも行ける扉、光よりも早く飛ぶ飛行機、絶対に壊れない箱。

 強いダンジョン主の中には音速を超えて動けるのもいると聞いたことがあるけど、光速を越えるのは無理だろ。

 「どこまでも真っ直ぐ進む道を一メートル、二メートル、三メートルと等差数列的に進み続けたら、いつかは後ろに下がってくるのだろうか。」

 とか。ただの意味のわからない問いかけでしか無いものもある。

 そんななかに一つ面白い研究があったから、俺はそれを研究することに決めた。

 八章は面白くて夜通し読んだから、朝早くに読み終わったが、それから十二時間ほど寝てしまった。


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「週末なノに、エイルズ君は来ないネ。」

(エイルズ君って誰?)

「最近ギルドに来た子だよ。」

ハシモトが説明すると、いつも誰が食事を作っているのか思い出したらしく、キューが言う。

「誰が朝ごはん作るんだよ。」

「俺が今作ってる。ちょっと待ってろ。」

 キッチンにいるハカムが言う。

 鍾馗がヨシと笑いながらダイニングに入ってくる。

「あれ、彼は?」

 ハシモトはまだエイルズがダイニングに来ていないことを伝える。

「へえ。彼はエイルズって言うのか。」

 一週間経ったのにギルドメンバーのほとんどは未だに新メンバーの名前を覚えていない。

 しかし、食事以外では顔を合わせない上に、食事中の会話も自分の研究成果を話して相手の進捗を聞くだけだから、名前を把握する必要もない。

「考えてみると、このギルドって冷たいよな。ほとんどの奴は新しいメンバーの名前すら覚えて無いんだから。」

 そう言いつつハカムが食事を持ってくる。

「お。おいシそうな目玉焼きだ。」

「ハカムは名前を覚えていたのかい?」

「そりゃ、相談とか受けてたからな。」

 ハカムが答えると、鍾馗は意外そうな顔をする。こんなに取っ付きにくそうな奴に懐くなんて不思議だと顔が言っている。

 新人が研究に没頭しすぎて週末の食事にも出てこないことはよくあることだ。一緒に食事をすることはルールではないし、週末に食事に来るのも人を感じたくてやっていることに過ぎない。

「自分の研究が見つかっタんだネ。よかったよカった。」

 ハシモトは呟き、そのあとは終始、メンバーの研究を聞いていた。


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